第5話 悪事は隠し通せない。

 同じころ、フロハのところにアルレから書類を確認したかの連絡が来ていた。

「書類? ああ、ハイ。受け取りましたが。」

「それの中にある稟議書確認してサインして早くこっちに回してちょうだいな。早めに処理できることは早めにやっときたいから。ぎりぎりになるとあなたもあの子もめちゃくちゃするでしょ。」

「稟議書? そのようなものは受け取っていませんが。」

「フディオに持っていくように渡したのだけれど??」

「ええ、フディオからは確かに書類を受け取りましたが、稟議書はついていませんでしたよ?……。ええ、今確認しましたがついてません。」

「あらぁ? おかしいわね? ちゃんと確認してからフディオに渡したのだけれど。私のほうでも探してみるから、あなたのほうでも一応探して頂戴。」

「ええ。わかりました。」

 通話が切れる。

 フロハは少し考える。

「そういう書類を持ってきたとしたら、置くとしたらまずこの執務机なのだが。」

 視線を落とした執務机には広げたばかりの今取り組んでいる環境対応についてのものしかない。挟まっていないかと再度それを一枚づつめくり上げても見るが混入はない。

「あの時は私は席をはずしていた。その時にフディオが来ていた。私が戻ってきたときにフディオはどこにいたかな?」

 記憶の中のフディオの動きを確かめる。

「そうだ、あいつはここじゃなく奥の調合机のあたりにいたな。」



 調合机をよく見ると。自分が使い慣れた配置ではないことに気づいた。

「あいつまさか。いやあいつ、ここをいじったな。」フロハの顔が多少青ざめる。そして周囲を見て入念に見て回る。

「ないな。あの薬の研究シートがない。ほかには?」視線は自然とフラスコへ。

「栓がされてないな。栓をしないことはない。揮発しては精度がでない調合なのだから。あいつがこれをいじったとしてそのままにするか?しないな。ならあいつは……。」ほかにないかほかになにか? と皿の眼で見て回る。すると、トレイの下に挟まっているドッグイヤーのようにこちらを覗く見知らぬ紙を見つける。引っ張りぬくとそれはドッグイヤーのような部分だけだった。だが、よく見ると端がもやもやとしている。

「こいつは切れ端ではないな? 中途半端に異空間にのまれているのか。」異空間を薄く開口し、書類を引き抜くとそれは署名欄がある書類だった。

「ああ、これが稟議書か。ふむ。なぜこれが異空間の中に?」

 変わったことと言えば試験調合中の秘密薬のふたが開いている。

「フディオの馬鹿が何かをしたようだが。聞けば早いか。」通話機を取ると通話相手にこういう。

「ああ、ノマル。すまないが今すぐフディオの居場所を確認してくれ。それと私が頼んだことなど伝えてはならないよ。そういうところだけはあいつは勘がいいからね。いいね。それで、どれくらいかかりそうかな?」

 少しおいての折り返しの必要もなく電話が標的の居場所を伝えてくれる。

 さて、ゴキリと指を鳴らして獲物を狩る準備に入る。

「ばれてしまっては元の木阿弥だからな。もう少しで理想世界に変革できるのだから。」



「あやー。フロハさんにもうばれちゃいましたか。これはフディオさんがピンチですね。……でもこれ、私チャンスだね!」


 通話を切ったノマルは、この事態をアルレの自分に対する評価を上げる事に利用することにした。ほどなくして、“ぎにゃー”とフディオの悲鳴が建物内に毎度のようにこだまするだろう。

 それが開始の合図とノマルはフロハの個室へ侵入した。




 手を引かれたまま見せつけるようにランナウェイをした二人は息が切れるまで走り続けた。

「っはぁ! はっ!。錦木……さん! 学校は!?」足らぬ空気を無理に出そうと大声になる。

「っ!? ん!。っはぁ! 早退してきちゃった!。」錦木も体を曲げ地面に向かって宣誓する様な声で言う。

「早退ィ? ええ??」

「うん。勝手に。」錦木はあっけらかんと言い放つ。

「勝手ってそれ。さぼりになるんじゃないか?」

「だって、心配だったんだもの。気になっちゃったし。」

「あー。もうわけわかんねぇ! くっそ。」猩丸は天を仰いで一声吠える

「走りっぱなしでしょ? 私なんか買ってきてあげるからここにいて。」錦木はつないでいた手をパッと放す。

「あー。ありがとう。」猩丸はあふれだしてきた疲れにまけて手近なアーチ状車止めにどかりと腰を預ける。地面に引かれるほどに腕が重たい。

(こんなとき、こんなときあいつがそばにいてくれたらなぁ。どんだけ気が楽なんだろうな。)猩丸は緋羽のことを考えていた。

「声、聴きたいな。」

 喧嘩別れみたいになってかけづらかった電話を意を決して掛ける。コールの音がもどかしい。ブツッとコール音が切れ

「ああ、緋羽昨日は……」猩丸はつながった嬉しさに弾みかけた声で話し出す。

「俺だ。なんだ。猩。」出たのは緋羽ではなく男だった。

「!… お前が、なんで。」その声に猩丸のトーンは急転直下に叩き落される。

「貴様がこの電話をかけてきたからだろう。」

「てめぇもしかして…。あいつになんかしてたら…! ぶっとばす!」

「ははは、ようやく俺に会いたくなったのか?ならばあそこしかあるまい。俺はあそこで待っている。」

「あそこ?? わからねぇな。」

「俺とお前の思い出の場所だ…。」

「おめぇとの思い出なんてねぇよ!」

 忘れたというのかと一言言って苦汁を絞るように男が場所を言う。

「あぁ!? 照葉台の桜のある公園!? おう、わかった首洗って待ってろ!」猩丸は通話を終えると眉間の皺を解く。

「錦木さん、助かった。ありがとう。それじゃ。俺はこれから行くところがあるから。じゃあね!」猩丸は錦木に礼を言うと振り返らず走っていった。

「あ、深山君ジュース!」

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