第4話 昼飯だろうと同様だ。
昼休みにはまだ少しだけ早いためか学食には猩丸以外に生徒は誰もいなかった。適当に日替わりを注文して受け取って、ガラガラのくせにわざわざよく座る窓側の席を取る。
猩丸はいつも一緒に飯を食べる緋羽のことを思い出し姿が見えないことを心配していた。そこに頃合いよく緋羽がよく食べるチキンソテー定食が対面から猩丸の視界に滑り込む。
「あ、お前学校に来……」てっきり緋羽と思った猩丸は声をかけ
トレイの手元からなぞりあげたところにあった相手の顔は緋羽ではなく襲撃者の男だった。
「い!?」ガタンと椅子を引き立ち構える。
「そんなに身構えるな。食事とはゆっくりしっかりするものだ。」箸をそろえていただきますというと男はそのまま食事を始める。
「どうした? 食わないと冷めるぞ。」
猩丸は警戒しながらも席に戻る。
「なぁ、猩。胡椒とってくれ。」
「お前なぁ。」
「別にいいだろうお前のほうが近い。」
できる限り距離を開けるためビンをつまみあげて底の方から男に渡す。
「ん。ありがとう。」
男は丁寧に鶏の皮をはいで端によけると胡椒をさっとかけ。ギッと蓋を言わせてタンと置いた。
「お前、皮嫌いなのか?」
「違う。何を言うか。皮が嫌いなやつなどいるものか。これでご飯を巻いて食べるのが最高にうまいのだ。」
「その食い方するやつほかにも知ってはいるが結構やる奴おおいのかねぇ。」ずっと味噌汁をひと啜り。
「お前、錦木からの告白に答えたのか?」
「あ? お前なぁ。朝から追い掛け回してただろうが。んな暇あるかよ。」
「そうか。ならばよし。」
――かちゃりかちゃり黙々と食器が鳴る。
「お前。なんで俺を追い回すんだよ。」
「何度も言っているだろ。お前に俺の愛に答えてもらうためだ。」
「自分が何言ってるかわかってるのか?」
「あたりまえだ。ちゃんと言葉は選んでいる。そういうやつだぞ俺は。」男はツッと口元を懐紙でぬぐう。
「ふぅ。ごちそうさまでし、た!」食べ始めと同じく両手をそろえて礼を言うと胡椒のビンを張り倒し猩丸めがけてぶちまける。
「てめぇ、そのために!」
「あたりまえだろう、俺の全ては俺の愛に貴様を答えさせるためだ。」
「飯はゆっくりしっかり食うもんじゃねぇのかよ!」
「問答不要! だがあえて一言! それは貴様のためとは言ってない!」
「てめーのだけかよ畜生が!」猩丸はテーブルを、男の乗ったテーブルを乱暴に蹴り倒すとそのまま一目散に外へと逃げる。
「っきゃ!」
「い!? 人ぉ!?」タンと横っ跳びに女生徒の誰かをかわす。
「ったぁごめん! ごめん!!」食堂の入り口でぶつかりそうになった生徒にかけぬけざまに謝る。
「驚いたぁ。あれ、深山君よね? 何があったのかしら。」女生徒は飛び払われた髪をなでつける。すれ違った女生徒は錦木綾香だった。
「食堂になんかあるのかしらね?」すっと覗き込んだ食堂には朝教室へ飛び込んで来た男が立っていた。
「あら。あなた?」
「貴様は、錦木綾香ぁ。何故ここにいる。」
「なぜってここの生徒だしごはん時だしに決まってるでしょ。ところであなただれ? あなたは私を知っている。だけども私はあなたを知らないのだけれど?」錦木にとっては見知らぬ他人が自分を知っていることを不思議とは思わないのだがそれでも尋ねる。
「俺を知らんだと? 嘘をつけ。貴様は俺を知っているぞ。」
「まぁ、それはいいわ。ところで、あなたなんで彼を追い回してるの? 教室にまで乱入したりして。」
「俺の愛にあいつを答えさせるためだ。誰よりも早く答えさせるためだ。」
「愛!? 愛、ね。まぁ、いろんな形があるものね。」男の口から飛び出した単語に驚く。
「彼も変だけどあなたのほうも変わってて結構きになるわ。ねぇ。」
「やめろ、俺にそっちの趣味はない。」
「今よくわかった。貴様など端から敵じゃなかった。ただ俺が独り相撲をとっていただけだ。消えろ。失せろ。もう出てくるな。」振り払うように手を振った男は食堂から駆け出して行った。
「趣味?そっち?なんかとんでもない勘違いされちゃったかな?でも、んふ。やっぱ深山君に関わると面白い。」
錦木が深山に興味を持った理由はクラスメイトの中で深山だけが言い寄ってこなかったことが始まりだった。
彼女のクラスどころか同学年の男で錦木に告白してなかったのは深山猩丸ただ一人だけであった。焦れてこちらからそれとなく声をかけても、他の誰とも何ら変わらないふつうのクラスメイトの女子として普通の接し方をされた。しかも彼は他の男子生徒や女生徒のように声をかけただけで舞い上がったり、不適に自分をちやほやとすることがなかった。持ち上げられ慣れた彼女にそれはないことだった。だから、少し、少しだけちょっかいかけたつもりだった。彼の反応を見てみたかった。それは彼より上位にいるという無意識下での身勝手な認識からのいたずら心のようなものともいえた。
「私を端にのけ者。やってくれるわ。もう! 追いかけなくっちゃ。」優等生の彼女が初めての無断早退を決めた瞬間だった。
「ったく。なんだってこんな修羅場めいたことに。」
勢いそのまま猩丸は学外へと飛び出していた。
遠足でもしているのか小学生にもなれてないような子供がぞろりと列をなし彼の前をさえぎる。
「ったっとぉ。ごめん!」
「ガキンチョども! そいつを捕まえろ!!」チャンスとばかりに男の声が後ろから響くと。途端に子供の目の色が変わり一斉に猩丸へと押し寄せた。
「うぁった!? 何だこりゃ! くそ蹴るな! 掴むな! 抱き着くな! ズボンを引くなあ!」
「くっそ。力任せに引っ剥がすわけにもこのまま走るわけにも! どうしろってんだぁ!!」相手が相手だけに乱暴なことができずに猩丸は手詰まりを起こしていた。
「いいぞガキどもそのままだ! 足止めしてろぉ!」
「きゃー。あっちの公園にのし猫がいるわー。」聞いたことがある誰よりも透き通った声は指で男の方を指し示しながらそう叫ぶ。
「のしねこ! まぢで!?」子供たちは目を輝かせながら指さされた公園めがけて走っていく。
「こっち!」声の主に猩丸は手を掴まれる。
「に、錦木さん。なんでここに?」
「くそ!餓鬼ども邪魔だ。どけくそ! 頼むから!」男は子供の波にのまれていた。
「いいから。早く!」錦木は猩丸の手を強引に引いて男の目の前から連れ去っていった。
「あぅらぁやだ。三角関係みたいになっちゃった。」フディオは書類もそっちのけにスナック菓子で小腹を満たしつつ観戦していた。そんな愉悦の時間も長くは続かない。
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