第3話 学校だろうがあいつは容赦ない。

 朝、昨日を洗い流して始まる朝。どれだけ悩んでいて来てほしくなくても必ず来る。

 ああ。その朝を、露をぬぐった風が冷ややかに猩丸の顔を拭いて眠気を奪いいく。シャンとなりたい気分だがいつも億劫になるのが学校への道のり。なのではあるが今日はいつも以上に足が重い。



 錦木に告白されたこと。それが原因で緋羽と喧嘩別れみたいになったこと。それらが猩丸の足に重しを乗せていた。

「まずは、あいつに謝っとくか。それが一番早いよな。」少しでも足を軽くしたい彼はそう決めた。どうせ通学路ですぐに会えるのだから。

(大体このくらいであそこの角から……。)早くと少し期待するような心持で、いつも緋羽がヌッと風切り出てくる角に視線をやる。

(おかしいな。出てこない。)覗き込むように首を伸ばすとヒュッとその鼻先をかすめるように何かが伸びてくる。

「うぉ!?」猩丸はそれに驚きクンと首を引いてわずかに一歩後ろに引く。

「ったく。昨日のあれが気に障ったからってこりゃねぇだ……」緋羽のいじわるかと思い笑いながらそう答えた猩丸の前に

 角から姿を現したのは

 緋羽ではなくオールバックの知らぬ男だった。

「誰だお前!」

「俺がわからないのか深山猩丸! さぁ俺の愛に拳で答えろ!!」

 と開口一番猩丸へとんでもないことを要求するオールバックの見知らぬ男。

「あ、愛ぃ??」

「そうだ。愛に答えろ!」再度の詰問に猩丸は脱兎の逃走で答える。

「あ!!? 逃げるか!? 猩! 男らしく戦え!」

「逃げるに決まってんだろ! この馬鹿!なんで、なんだこれ。錦木さん関連かぁこれ!?」

「一体全体なんだってんだ。」

 目の前にある角から影がまた伸びてくる。

「くっそ!」猩丸はとっさに身構えた。

「おんやぁ。なんだよそんな怖い顔して。」出てきたのは見慣れた顔のクラスメイトの男だった。ほっとした猩丸はそのクラスメイトの横をするりと抜けてまた走り出す。

「なんだ急いでるんか? まだ時間あるよな?」クラスメイトは追いかけながら当然の疑問を述べる。

「知らねぇ男に追い掛け回されているんだよ! あれ! あいつだ!」猩丸は男を見もせず後ろを指し示す。

「おー、怖い顔してんねぇ。どこぞで恨みでも買ったのかい? あー。あの錦木さん関連か?」

「なんでお前までそれ知ってんだ!?」

「ははは。知らないやつなんているわけないじゃないか。なんせ、もうすでに全校生徒教員の九割九分以上が撃墜されたエースの彼女自らが告白したんだぜ? 話題にならないわけがない。そうだな。それを考えればお前を恨まないやつが全くいないわけがない。亡き者にして状態遷移をリセットしてしまおうと考えつく愚かしくくだらない情熱的なやつがでてきてもおかしかねぇやな。後ろの男もそういうやつじゃないか?」

「……。頭垂れて詫びたら許してくれるんじゃねーか?」クラスメイトは一つの解を提案する。

「冗談じゃねぇ。俺は悪くねぇ!」

「そらそうだけどもだ。とりあえず下げとけば何とかなるんじゃないか?」

「なってもそのあとがダメだろ!」

「そりゃ、そうだが。でも、このままだとそのあとがそもそもないかもしれないぞ。折れたほうがいいと思うぞ。僕は。」

「悪くねぇのに下げる頭は持ってねぇし。それになぁそんな負けるが勝ちみてぇなのは俺大っ嫌いなんだよ! それにだ、あいつは俺に……」



「へぇ……(うらやましいほどに雄々しいな。なるほど、これは)。」その時トクンと世界が鼓動した。



「ったぁ! くっそ! 息が続かねえ!」

「捕まえた!」タタッと足を緩めた猩丸の背中にそういって抱き着くものがあった。

「はぁ! 誰だお前。」それは見知らぬ少女だった。

「僕を忘れるとは失礼な奴だな。」少女は口をとがらせブーと言う。

「あんたみたいな女の子は知らねぇよ!」丸眼鏡に丸瞳の少女の顔には覚えがない。

「見つけたぁ!」騒ぎがオールバックの男を呼び寄せる。

「くそ! 追いつかれた! 離してくれって! くそ!」

「だめ、絶対。ぎゅー。」彼女は抱き着いたまま放さない。

「えいくそ! すまん!」見知らぬ女子の脇腹をツンとつつけば

「ひゃん!?」と応える。

「よし、緩んだ! じゃぁな。ごめん!」ベリッと引きはがして逃走経路を飛び駆ける。

「あーん。逃げられちゃったぁ。」

「くっそ。ほんと朝から一体全体なんだってんだ。」




「やーだ。あの薬こんなことになっちゃってるの。やーだ。なにこれ。面白いじゃん。やー、やっぱあたしって天才ね。」一休みしてノマルが持ってきた書類から目をモニターに移したフディオは自らを称賛した。

「書いてあった予定効果とは逆方向だけどベースになってる変化効果出てるからこれで間違いないんじゃないかしら。でもこれならまぁ、世界は無事だからそんなに……。それに、それに何より面白いし。」眺めるモニターには予鈴が鳴る中校門をゴールテープのようにきっていく猩丸の姿が映っていた。




 猩丸はホームルームぎりぎりに教室へと入ることができた。級友が猩丸を質問攻めにすることも錦木が席に来ることもできない時間だったのは幸いだったがそれでもこちらを向いてにこりと笑う彼女には心かき乱される何かがあった。視線を逃がすように猩丸は緋羽の姿を探す。

「あいつ、まだきてねーのか。」彼女の姿が見えないことに彼は少し寂しかった。

 そのまま、緋羽は姿を見せず授業が始まった。

 あけ放たれた窓からさわやかな風が吹き込み荒れた頭を整理させようとする。一限の授業。つまらないと感じていた授業でも普通で、いつもがあるというのは心安らぐ。くすぐるような風がうとりと眠気を誘う。その、のんきな窓の外から影が猩丸の机の上を流れていく。何事かと猩丸が船こぐ頭を上げると。影を追いかけるようにあの男がオールバックの男が教室に飛び込み机の上のものを蹴散らしながら着地する。

「驚いたか! 猩! さぁ、神妙に俺の愛に答えるんだ!」そしてオールバックは開口一番またもや愛を説けという。

「こんなとこまで!」

「なにを言うか! ここは俺のホームグラウンドだ! さぁ!」

「んなこと知ったことかぁ!」猩丸はオールバックが飛び込んで来た窓から外へ。

「また逃げるかぁ! 男らしく相対せ!」


(どっか隠れられそうな。逃げ込めそうな場所。とりあえず手近な!)焦っているなかで真っ先に見えたよさそうな場所。それは保健室だった。

 軽く息を整えて保健室へと駆け込む。

 妙齢の保険女医が椅子をキィと鳴らして迎え入れる。

「あら? どうかしたの? 深山君。」とっ散らからないように長い髪を軽く結わえた保険医はやさしさを声と表情にたたえて尋ねる。

「え? なんで名前?」

「どうかしたの?」さらに優しく尋ねてくる。

「えっと、あのその……ちょっと気分が悪くて。」

「そう、なら少し休む? ベッドは空いてるから。奥を使って。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 猩丸は眠る気はなかった。いつ男が来るかわからないのだから当然ではある。だが、錦木のことで浅く短くなった昨日の睡眠と先ほどのまどろみが相まって十二分に満たそうと猩丸を眠りに落とし込んだ。



 時計の短針がたっぷり二周半したころ、

 カツンとカギをかける音が保健室に一つなる。



「ん? なんだこれ。重っ! 体が動かねぇ。これ金縛りってやつか。くそ。うー!」ぱちりと目を覚ました猩丸が見たのは保険医の姿だった。正確には猩丸にのしかかる保険医の姿だった。

「あら、目が覚めちゃった? もう少し寝ててくれたらよかったのに。」結わえから逃れ、垂れた一房の髪を頬のあたりでつっと指で整えつつ猩丸の顔をのぞき込む。女医の表情からはやさしさは抜け艶めいていた。

「な? 先生なにやってんですか!?」

「なにって、品定めよ?」

「品定めぇ?」色のある女医の顔を彼は見ることが出来ず横を向こうとするが女医はそれを許さない。

「だって気になるじゃない。あの錦木さんが告白する相手だもの。どんなものなのか知りたいわ。よぉく。奥の奥まで。ね。」フォッと女医が吐き出した熱い吐息が頬を撫でていく。

「それに、私自身あなたに少し嫉妬してるの。わかるかしら?この意味?」

「わかりません! どいて! どいてくださいって!!」保険医を押しのけベッドから転がり落ちる。

「あらつれない。」

「くそ、カギが!! よし開いた!」猩丸は転がるように保健室を後にした。

「ふふ。まだ青いのね。でも、なら。まだチャンスあるかもしれないわ。」



「くそ、いったい今日はなんだってんだ。朝のテレビ占いでも女難なんてどっこも一言も言ってなかったぞ。」校舎の端まで走り逃げ。荒れた息を整え足らない酸素を補うために深く何度も呼吸をする。鼻から吸い込んだ空気においしい匂いが乗っていることに気づいた猩丸は携帯で時間を確認する。

「昼か。腹、減ったな。」騒々しい中でも減るものは減るのである。

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