第10話

次の日授業が終わったところで、育、とエイジが声をかけた。

「ちょっと話があるんだ」

 彼は育ちゃんの傍にいた私を見て、一瞬考えた後、言った。

「十子もいいか」

 何か言おうとした私を無視して、エイジはじゃあついて来いよ、と先に立ってさっさと歩き出す。

 何だろうね、と平和な笑顔でこちらを見る育ちゃんに答えず、私も黙ってついて行った。


 剣道場の裏に着くと、エイジは振り返りざま言った。

「育」

 すごむような、真剣な表情で。

「俺達に何か隠しているだろ」

 私は、ああ、とうなだれた。

 ああ、やっぱり。

 それは、

 きいてはいけないのに。

 そっと私の右側を見る。

 育ちゃんは変わらず清潔なベールをまとっていた。

 穏やかな顔で聞き返す。

「何、隠してる事って」

「それがわからないから聞いてるんだろ」

育ちゃんがふっと笑う。

穏やかに。

静かに。

「ないよ」

エイジが育ちゃんをにらんだ。

「はっきりしないのは嫌いなんだよ。でもまだ俺はいいけど」

 そこで私を見る。

「十子が昨日泣いた」

 育ちゃんが私の方を見た、気がした。

怖くて彼を見られない。

エイジの声が響く。

はっきりと。

大きな声で。

「俺は十子が好きだ」

「だから育の事許せない」


 恐らく、私と育ちゃんは同時に衝撃を受けたと思う。

 私達二人の空気が固まった、のが分かった。

 その空気を先に破ったのは私だった。

 驚きと、それ以上の何かで心臓をばくばく言わせながら、私は、

育ちゃんを恐る恐る見上げた。

育ちゃんは。

いつもの穏やかな彼はそこにはいなかった。

大きな瞳はいっぱいまで開き、どこか空を見つめている。

唇は色を無くし、手がかたかたと震えていた。


エイジが訊いた。

「だから、どうなんだよ」

顔面蒼白の育ちゃんは答えない。

いや、答える事ができない。

エイジが再び訊いた。

「何を隠してるんだよ」

 私は育ちゃんから目を逸らした。

 気持ちが痛いほどわかる。

 もう育ちゃんには、そんな、

「どうして黙ってるんだよ」

 そんな質問はどうでもいい。


「エ、エイジ」

 育ちゃんの声が聞こえた。

微かに震えている。

「エイジは、と、十子ちゃんのこと、」

 エイジが苛立ちながら答えた。

「ああ、好きだよ、だから!? 」

 育ちゃんがつばを飲み込む音が聞こえた。

  だめだ。

 育ちゃんを、

 これ以上苦しめては。


 エイジが再び口を開きかけた時、予鈴が鳴った。

 エイジが舌打ちする。

「育、明日また聞くからな。十子、戻ろう」

 育ちゃんはその場に立ったまま、銅像のように動かない。

「放っといて、行こう」

 エイジはためらう私の腕を取り、半ば強引に引っ張って行った。


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