第7話

夏なんてあっと言う間に過ぎていく。いつの間にか。特に受験生にとっては。

 夏休みは何となく学校の補講を受けたりしているうちに終わり、高校生最後の体育祭で、残りの夏も慌ただしく過ぎ去って行った。


いつの間にか、なのだ。何もかも。

図書新聞の発行を三人でやるようになっていた事も。

エイジが育ちゃんの事を「育」と呼び、育ちゃんが「エイジ」と呼ぶようになった事も。

育ちゃんの話題の中に、度々エイジの話が出るようになった事も、全て。 

 学校が終わるといつも、育ちゃんと一緒に帰る事にしている。その日、日直だった私は用事を片付けた後、育ちゃんの待つ教室に飛び込んだ。

「お待たせ。帰ろうよ」

 育ちゃんは窓の外をじっと見ている。

「育ちゃん? 」

 私も横に並んで外を見た。

 運動場が見える。

 様々な運動部が活動している真ん中で、サッカー部が練習試合をしていた。

 メンバーの中にエイジが見える。とっくに部活は引退しているのに、時々無理やり参加させてもらっているらしい。

 私は心がざわざわしてきた。

 育ちゃんが感心したような声を出す。

「やっぱり上手いねー」

「・・・誰が? 」

 答えはわかっている。

「え? エイジだよ。スポーツ推薦の話が来るだけはあるよね」

「あ、すごい、十子ちゃん見た、今のシュート!? はは、エイジすごく喜んでる、あ、こっちに気付いたよ、ほら手を振ってる」

 育ちゃんも手を振り返す。私は後ろを向いた。

「・・・帰ろう、育ちゃん」

「え」

「早く、帰ろうよ」

 強引に育ちゃんの上着を引っ張る。

「え、うん」

 

 帰り道を一緒に歩きながら、ふと、育ちゃんを見上げる。

 柔らかそうなくせ毛の

__短く切られた硬そうな髪は、

 茶色がかった髪。

__闇を閉じ込めたような色で。

 二重の大きな目は。

__一重の鋭い目が。

 おだやかに笑う。

__おだやかに、笑う。

 駄目だ。

私は頭を振った。

育ちゃんといるのに、何故こんなに悲しくなるのだろう。

「十子ちゃん? 」

何故こんなに、

泣きたくなるのだろう。


 いつのまにか斜め下を見ていた顔を上げた。胸をぐっと反らしてみる。

「よし」

 思わず声に出た。

 怖いほど赤い夕焼けが正面に見える。

 日は半分ほど傾き、日差しが弱々しい。

 秋の夕焼けは清潔だ。

 鼻で深呼吸をする。

「十子ちゃん? 」

 育ちゃんの問いには答えず、私は前を見たまま右手をぐいっと彼の方へ差し出した。

 一瞬間をおいて、育ちゃんが軽く笑った気がした。

 そうして静かに、硬く細い指が私の指に触れ、広い掌が私の手を包み込んだ。

 そっと。

おだやかに。

私は少し強めにその手を握る。

温かな手。

冷たくなっていた私の手が温まってゆく。

手が温かいひとは

心も温かいんだって。

すぐ冷たくなる私の手に、どれだけ息をはきかけても、いつでも育ちゃんの手には敵わなかった。

 育ちゃんはその度に笑って両手を握ってくれた。

 これからもずっと、温めてくれるのだろうか。

 心の内で育ちゃんに問う。

心の温かなひとは。


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