第6話

雨が図書館の窓をつたい、ぽたぽたと落ちている。空はどんよりと暗く、じめじめとした空気を一層強調する。

今日は一日こんな天気らしい。文句を言うと、梅雨だからな、と素っ気無くエイジが言う。

「仕方ないよね」

育ちゃんが私の気持ちに寄り添うように微笑む。


今日は用事があって図書新聞が書けないと言うエイジに、育ちゃんが手伝ってくれるから大丈夫だと言っても、「三十分くらいはいられるから」とエイジは帰らない。

変なところで律儀だ。


たった三人だけの図書館は雨の音をはらんで、いつもよりも静寂さを増している。

梅雨の、この何とも言えない気味悪さ。

今の私の気持ちそのものだ。

二つの感情が相反している。

育ちゃんがここにいる事が嬉しくもあり、そして。

あとの気持ちは何と言っていいのかわからない。

ただ私は、エイジと育ちゃんとをせわしなく見ている。

「月イチ新聞発行って結構大変だよね」

推薦図書の表紙コピーをはさみで切り取りながら育ちゃんが言う。

「育ちゃん、これも切ってくれる? 」

「いいよ」

「お勧めの本はあるか? 育チャン」

「育でいいよ」

エイジの問いに、育ちゃんが静かに答える。

育ちゃんが何となくエイジに素っ気無い事にほっとする。


しばらく三人で作業をした後、

「十子」

 意地悪そうにエイジが笑った。

「一昨日と昨日電話したのに出なかったな」

「そうだっけ?  」

私はエイジをにらんだ。

全く。

最近エイジは有香から、私の携帯番号を勝手に聞きだしていたのだ。私はそうそう人に番号を教えない。なぜなら、

育ちゃんがふわり、と笑う。

「十子ちゃんに電話しても無駄だよ」

 エイジが怪訝な顔をした。

 訊かれる前に答える事にする。

「一昨日?あの昼間の? いつも鞄の中に入れてるから気付かないのよ。何度も電話してくれなきゃ。でも食事中とか他の友達と会っている時はとらない事もあるわよ、邪魔されたくないから。後でかけ直しはするけどね」

「・・・昨日はどうなんだよ」

「昨日? いつ」

「十一時すぎ」

「もう寝てたわよ」

「普通起きるだろ」

「寝る前に電源切るもの」

「切る!? 」

「当たり前でしょ。起こされたくないもの。よほど緊急なら家の電話にかければいいのよ」

「それ以外で電話したい奴はどうしたらいいんだよ」

「そんな夜中にかけてくる友達なんかいないもの。大体そんな時間の、緊急以外の電話なんて認めないわ」

エイジは私をまじまじと見てから吹き出した。

「ケータイ持ってても、見事に携帯されないんだな」

「何それ」

いや、いい、とエイジは言い、忍び笑いからやがて、本当にお腹を抱えて笑い出した。

憮然とした顔の私を見て、

「わ、悪い。褒めてるんだ、本当に」

と、冗談かどうかよくわからない事を言い、笑い続ける。ふと、私の右隣から笑い声が聞こえてくると思ったら、育ちゃんまでもが笑っていた。

「育ちゃん! 」

 ごめん、だってさ、と育ちゃんはくすくす笑っている。

 私は抗議の意味を含めてエイジをじろっと見つめた。

 彼はそんな私を全く無視して笑い転げている。

 低く、きれいな声が図書館に響き渡る。

頬を赤く上気させて。

大きく開けた口から、白い歯がこぼれる。

それは、いつものような生意気な笑い方ではなく、

強気な自信はそのままに、

清々しく、楽しそうに笑う。


本気で笑うといい顔するんだ。

つい、見とれてしまっていた。

ふと気付いて、恥ずかしさに育ちゃんの方を向いて苦笑しようとした。

育ちゃんは。

笑いを止め、真剣な顔でエイジを見つめていた。


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