第3話

あれは中学三年生の時だった。

まだ育ちゃんと付き合ってはいなかったが、昔から変わらず彼の家に入り浸っていた私は、その日も育ちゃんの部屋でアルバムを見せてもらっていた。

運動会で彼が撮った写真の、どれを焼き増ししてもらおうかと思いながら。

育ちゃんは笑いながら、ごゆっくり、と紅茶を入れに出て行った。


アルバムを見終わり、棚にしまおうとしてふと棚にある本と本の間に、写真が一枚挟まっているのを見つけた。

 取り出してみると、三組の中川君がアップで写っていた。

写真を撮られた事に気が付いていないらしく、こちらに背を向け、隣にいる誰かに笑って話しかけている、写真だった。

組み体操をした後の、泥だらけの体操服が日焼けした横顔に格好よく似合っている。


 違和感が、あった。


 中川君は知っている。育ちゃんの中学生になってからできた友達の一人だ。育ちゃんの仲良しグループ五、六人(男子の仲良しは何故かいつも大所帯だ)の中に入っていて、いつも皆でつるんでいるのを見かける。

今まで見せてもらった育ちゃんの写真の中にも中川君はよく写っていた。育ちゃんや他の仲間達と一緒に。

いつもグループで。

それはそうだ。友達なんだから。

 でも、違和感が。

 この写真は、中川君一人だ。

一人。

まるでこっそりと撮ったような。

 写真の中の中川君が笑っている。

 棚に隠された写真。


 違和感が。


 どれぐらいその写真を見つめていただろう。

 気が付くと、階段から足音が近付いてきていた。

我に返り、慌てて写真を元の場所に戻そうとしたが、それより先にドアが開いた。

マグカップを二つ持った育ちゃんが、私を見て天使のように笑う。

その視線が私の持つ写真に届く一瞬前に、私は声をあげた。

「い、育ちゃん。だめじゃない、これ、忘れてるよ。早く中川君にあげなきゃ」

 声がうわずっている。座ったまま右手だけ高く掲げ、写真をひらひらとぎこちなく振りながら。

 何で声が震えるの。

 何で育ちゃんの顔が見られないの。

 何で。


育ちゃんは、十子ちゃん何か面白いの見つけたの、と笑った。マグカップを机に置いて、目を細めて写真をじっと見つめる。

一瞬、彼の顔から笑みが消えたような、気がした。

「あ、本当だ。忘れてた」

 育ちゃんはそう言うと同時に、素早く私の手から写真を取った。


 ほんとだ。忘れてた。

すっかり忘れてたなあ。

 育ちゃんの大きく、明るい声が聞こえる。

 私も笑った。

できるだけ大きく口を開けて。

楽しそうね、何か良い事でもあったの、とおばさんがケーキを持って入って来るまで、私達は笑っていた。



 そうしてそれから一週間後に私は突然育ちゃんから告白され、付き合うようになった。

 その後は何もなかった。

育ちゃんは変わらず中川くん達とつるんでいたが、私と一緒にいる事の方が次第に多くなった事以外は。

似ているのだ。

私は先程の唐沢エイジを思い出していた。


日に焼けた肌、

意思の強い瞳。

どくん。

雰囲気が似ている。

どくん。

心臓が早くなる。

あの時のように、

あの、

中川君の写真を見た時のように。


あいつは、危険だ。

 私にとっても、


育ちゃんにとっても。

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