〈 Ⅰ 〉Fate is beginning to move

第1話 空の色

 ――今宵も、あの国へ。


 誰かが肩を揺する。そして、呼んでいる。


「――!  ――!」


 目を強く瞑った後、目を開けると、茶髪のボブの少女がいた。緑かかった黒色の瞳が、青年の姿を映す。


「ハルキ!  起きて! 今日は大事な日なんでしょ!」


 ――大事な日?

 眠気なまこの頭の上にその文字が浮かんだ。

 そうだ、今日は大事な日だった。

 青年は、バッと飛ぶように起き上がった。


「ねぇ、ユキャナ、今何時?!」


「五時よ」


「もうそんな時間かよ!? 早く支度しないと!」


 茶髪の少女、ユキャナは一つため息を吐いた。青年は、すぐにベットから降りて服を着替え始めた。あれどこだっけ? あったあった、と青年は独り言をぶつぶつこぼしながら準備をしている。


「ねぇ、あのバックどこ?」


「ここにあるわよ」


 ユキャナと手には、腰に巻くタイプのバッグがある。青年はそれを見て、さすがユキャナ、と言って褒めた。ユキャナは、当然よ、と自慢げに言った。


「朝ごはん、テーブルに置いてあるから、走りながらでもいいから食べて」


 おい、走りながらって、と青年は苦笑いをした。もちろん、まだ忙しそうに手や足は動いている。


「仕方ないじゃない。走って三分以内に食べれば誰も見られないよ。第一、こんな時間に起きてるの私達だけだし」


 まぁ、そうだけど、と青年は渋々頷いた。時計を見るとあと一分以内に家から出ないと間に合わない。

 手袋、マント、バッグ、防風用メガネ、そして夕日色のガラスのペンダント。青年は、手で一つ一つ確実に素早く点検した。ユキャナが言った通り、朝ごはんは、走りながら食べるしかない。青年はそう判断した。


「あぁもう、分かったよ。貰ってく」


 テーブルの上には、食パンにとろけるチーズの上に卵焼きを乗せたものがある。青年は、それを手に取り玄関まで走った。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 青年は、元気よく、ドアの向こうの世界へ駆けて行った。



 ***



 朝から爽やかな西の風が吹いていた。山々に囲まれたこの村は、紫色に染まっていた。朝の訪れをみんなに知らせるかのように。

 青年は、走って職場へ向かった。すると、大きな山と崖が見える。円型で、中心に穴が開いている。上下左右に、一メートルほど地上まで隔てている。山側に二つの崖の割れ目が寄り添っている。崖の下には、エメラルド色の湖があり、山側の崖の上には、ガラス張りの建物がある。あの建物は、所謂空港のようなもので、ここでは飛行船場と呼ばれている。そして、建物の前に、「ユメル 」というエンジンがない飛行船が並んでいる。

 今走っている青年、ハルキは、ユメルの操縦士をしている。彼は今日、ユメルの第二操縦士から第一操縦士に昇格する日だ。そのため今日は、昇格を祝ってもらうことや、上司からの説明などで、朝早くから出勤をしている。

 ハルキは、崖の下に着いた。大きなゴンドラのそばには、細いが筋肉がしっかり付いているおじいさんがいた。


「おはようございます、ゴヴェルトさん」


「あぁ、おはよう、ハルキくん」


 彼は、崖の下から上へ登る人の為の機械を操っている。崖の下から上まで張ってある、何本ものチェーンには、多くの滑車が付いている。人をゴンドラに乗せて、中にある取っ手付きの滑車を回すことによって、崖の上へ登ることが出来る。てこの原理の有効活用した手動エレベーターと言ったら分かりやすいだろう。

 ハルキとゴヴェルトは、ゴンドラに乗り、一緒に取っ手付きの滑車を回した。例え滑車が付いていたとしても、重労働であることは言うまでもない。


「お前さん、今日は早いんだねぇ」


 ゴヴェルトは、せっせと回しながら言った。


「今日は、第一操縦士の祝杯があるんです」


「あぁ、この前言っていたね。おめでとう」


「ありがとうございます」


 男二人分の重さを滑車で崖の上まで持ち上げた。ゴンドラから降りたハルキに、ゴヴェルトはハルキの肩をポンと置いた。


「君も知っていると思うが、人の命を預かる以上、自分の身を滅ぼしてでも、お客さんのことを護るんだよ」

「はい!」


「改めておめでとう、頑張ってね。いつか、わしも乗せてっておくれよ」


 いつかゴヴェルトをユメルに乗せる約束をし、激励の言葉を貰ったハルキは職場へ向かった。現在の時刻は五時二十五分。職場を見上げると、中心部の屋根の真ん中に時計が飾られている。あと五分あれば、いつもの会議室へ行くことが出来る。ハルキは、周りを見渡しながら職場の中へ入った。

 家を出たときには、空は紫色が混じった朝焼けだったが、今では日が昇り、暖かくて眩しい光が山から射し込む。その光を受けて、ガラスの格子が廊下に影を踊らせている。そして、廊下には一人の青年が早足で音を立てて歩く影が映っていた。


 それから、ハルキは会議室へ向かった。会議室は広く、長机と椅子が縦が三台、横が約二十台が並べられている。ハルキは、目の前にある黒板(のようなもの)を前にして座った。操縦士のトップである、オレフド・タートンから第一操縦士の祝杯について説明をする。厳つい容姿のオレフドは、喜ばしい今日この日に、笑顔など見せない。本当は邪魔者が一人増えたから怒っているのではないか、とハルキは少し不安を抱いた。

 祝杯の説明に加えて、オレフドは言った。


「実は今日、君の船に乗せて欲しいという人がいるんだ」


 誰ですか? とハルキは聞いた。出てくる言葉がそれしかなかった。


「入りたまえ」


 会議室のもう一つのドアが音を立てた。ハルキが使ったドアから少し先にある。

 ギギギと音を立てて、誰かがドアを押している。


「失礼します。本日はよろしくお願いします」


 短髪の青い髪に、白のコットンシャツ、白のズボン、銀色の模様が入った刺繍がされている青のジャケット。顔長で、鼻が高く、顔立ちも整っている。威厳がある服装は、王家の者だと誰でもすぐに分かる。ハルキは、立ち上がり、思わず口角が上がった。


「く、クレト!? 何でお前が」


 クレトパス・ф《フルーク》・ジャンリスタ。愛称はクレト。フルーク国の第二王子で、ハルキ、ユキャナと幼馴染みだ。

 クレトは、二人の元へ歩いた。品がある立ち居振る舞いだ。彼は、ハルキに優しそうな笑顔を見せた。


「久しぶり、ハルキ」


「久しぶり、クレト。今日はどうしたんだ?」


「今日は、西風会まで連れて行って欲しいんだ」


 西風会とは、周辺の隣国をまとめている機構だ。いわゆる国連とほぼ同じである。この飛行船ユメルも、西風会の運営によって成り立っている。

 それに、第一操縦士になったら、一番最初の船に乗せてくれるって約束しただろ、とクレトは加えた。

 その約束が、まさか本当に実現するとは思っていなかったハルキは、喜んで二つ返事で承諾した。



 ***



 飛行場の外にある広い乗客スペースに、人が賑わっている。二人の男と、その周りに大勢の人がいる。

「本日をもって、ハルキ殿に第一操縦士と認める。おめでとう」

 先程会議室にいた、オレフド・タートンから、証明書と空色のガラスのネックレスを頂いた。証明書を片手で持ち、空色のガラスのネックレスを首にかけてもらった。青年に拍手が送られる。青年は、お辞儀をした。

 拍手喝采が終わると、青年は今日滑空する船に王子とその召使を案内した。王子に何かあってはいけない、と心配性の王家が召使を派遣させたのだと、後からクレトから聞いた。三人が、中型の大きさの船に乗った。出航の準備が終わった後、クレトがネックレスを見せてほしいと言ったので、首にかけていた茶色の紐のネックレスを外して渡した。


「これが、第一操縦士の証のネックレスか。綺麗だな」

 空色のネックレスを目の高さにまで上げて太陽を照らしながら、感心したように言った。

「羽、金色になってるだろ?」

 クレトの横に並び、ハルキはニッと笑って言った。

「噂で聞いていたが、本当だったんだな」


 第一操縦士の証であるガラスのネックレスには、羽が一枚彫られている。第二操縦士のネックレスにも羽が一枚彫られているのだが、太陽に照らしても金色にはならない。この話はフルーク国では有名で、よく知られている。しかし、第一操縦士の人口が少なく、なれる確率が少ないため、めったにお目にかかることができない。(操縦士になる為には、試験に合格する必要がある)


 朝九時のあたたかい光は、空色の上に金色の線を走らせていた。

 すると、クレトがひとつ気になった。


「なぁ、ハルキ。ガラスと紐の繋ぎ目にある、この石ってなんだ?」

「石? あーそれ、良く分からないんだよね」

「この石も、綺麗な色してるな。まるで湖と同じ色だ」


 深く黒交じりのエメラルドグリーンの石は、光沢を生むだけで、わざわざネックレスに付ける意味が分からない。後で上司に聞いてみたら分かるだろう、とハルキは気にしなかった。


「そろそろ出発すんぞ、クレト」

「おう、よろしく頼むな。船長」


 ***


 崖の下から、竜巻のような突風が起こる。その自然の力を借りて、船を上空に飛ばす。

 上空約三百メートル。西風会に向かって、北東に直進中。

 ユメルの後方にあるプロペラを縄で引っ張りながら、回転させる。滑車を使って高速回転させている。

 クレトは、外の景色を眺めている。城からではなく、空の上から眺める町の景色に新鮮さを覚えているようだ。


「朝焼けだと、もっと綺麗なんだぜ」ハルキは、自慢げに言った。朝焼けの町の顔も見せてやりたい。

「朝焼けかぁ。それも見てみたいな」クレトは感慨深そうに、朝焼けの姿を想像した。

「紫から黄色に変わる頃が一番綺麗だとオレは思ってる」

「他にはあるのか?」

「南瓜際の時期に玄関にさ、オレンジ色の飾りをつけてるよな。日が沈むか沈まないかギリギリの夕方に眺めたらさ、町中にオレンジの明かりがいっぱい広がって綺麗なんだ」


 ハルキは、あのときの興奮を思い出し語った。

 クレトは、外の景色を見るのをやめて、内側へ振り向いた。

「いいな、ハルキは。外の世界をいっぱい見ることができる」

 クレトは、ハルキに憧憬の眼差しを向けていた。しかし、その目は、どこか切ない色をしていた。城の中でずっと業務をこなしているから、外に出る機会も少ないのだろう、とハルキはみた。だから、それを吹き飛ばすほどの笑顔で言った。


「せっかく第一操縦士になったんだ。好きな時に呼んで、好きな時に飛ばしてやる。いつでも外の世界へ連れてってやるよ」


 クレトの目にハイライトが浮かぶ。


「おう! 期待してる」


 クレトはくしゃっと笑って見せた。第一操縦士は、好きな時に専用の船で移動することが出来る。その為に操縦士になった理由でもある。

 一方、もう一人は冷ややかな目をしていた。


「動くな」


 召使いは、クレトの首に腕を回し、ナイフを突きつけた。


「目的地を変えろ。西風会本部からゴルド国へ行け。さもないと、コイツを殺す」





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