第十三話 ついに乗っ取られた
勇者の襲撃から一日。
平穏な生活を取り戻した私は、ロジを膝に乗せ作業を続けていた。
「キーちゃん、ワタシを座らせてあげる方がいいと思うよ?」
「私はロジがいい。あぁロジ、無事で良かった。これからも壮健であってくれ。長生きするんだぞ」
「アウー」
甘えるような声で頭を擦りつけてくる。
魔王様とコマは、とても複雑な表情を浮かべていた。
しかし、この状況はよろしくない。
私への仕事だけでなく、魔王様への用事で人々が訪れる。
玉座の間でやってもらいたいのだが、勝手にソファを使って面談のような形式で行われていた。
リゲネラ様もリゲネラ様で、「立っているより楽じゃ」と満足そうだ。玉座の間に椅子を置いていただきたい。
「コーヒーであります」
「ありがとう」
救いがあるとすれば、シーニイがお茶を入れてくれること。クラースニイが仕事を手伝ってくれること。そういったところだろう。
……まぁ一時的に環境を変えたい。そんなところか。
「失礼しやーす!」
「ど――」
「入れ」
「入って良い」
あれ? ここは私の仕事部屋だよな?
魔王様とリゲネラ様が返事をし、シーニイとクラースニイが対応をしている。んんん? さすがにそれはどうなのだろうか?
いや、一時的なことだ。目くじら立てる必要はあるまい。
返事をもらい入って来たのはオーク族。
オーク族の数人は部屋の中へ荷物を運びこんでいる。一人と一匹では広すぎる部屋ではあったが、次々に机や棚が置かれていく。
……もしかして乗っ取られているのか?
「では、失礼しまーした!」
引っ越し業者のようなノリで、オーク族たちが出て行く。
私の机の位置は変わっていないが、隣に魔王様の机。前にはリゲネラ様、そしてメイド二人の机が置かれていた。
「ふぅ……」
「ガッ、ガウ」
ロジが同情的な声を上げる中、私は隣の空き部屋へ向かい、掃除を始めた。
扉を開いてやっていたのだが、トントンとノックされる。振り向くと、なぜか勇者オウカがいた。
「これは勇者様。いかがいたしましたか? 魔王様でしたら、隣の部屋におります」
「どうも師匠」
「……これは勇者様。いかがいたしましたか? 魔王様でしたら、隣の部屋におります」
「どうも師匠!」
すぐに察した。
こいつも人の話を聞かない、強引に押し通すタイプだ。
――よし、聞かなかったことにしよう。
今は隣の部屋への移動が優先。面倒事を二つも三つも十も百も抱えてなるものか。
ロジと掃除を続けていると、勇者様が雑巾を手に取り窓を拭き出す。
「あの、勇者様。客人にそのようなことをしていただくわけにはまいりません。それに国では待っている方々がいるのでは?」
さっさと帰るがいい。と、丁寧に告げる。
しかし、勇者様はニッコリと笑った。
「自分は驕っていました。師匠の元で一からやり直すつもりです。国にも手紙を送りました」
「そ、それはまずいのではないか?」
「いえ、これが平和への架け橋になるかもしれません。勇者と魔王。そこから始めるべきです! 後、自分は強い男性が好きです!」
「……そうか。期待しているよ」
後半は聞かなかったことにし、彼女の望みは尊いものだと受け入れた。
恐らくうまくはいかないだろうが、小さくとも一歩踏み出す機会になるかもしれない。
結局、勇者様は手伝いをやめてくれず、なんとも気まずいまま掃除を終える。
だがこれで移動の準備は整った。
「助かりました、勇者様」
「オウカでいいですよ?」
「ありがとうございます、勇者様」
「師匠のそんなところも……うへっへっへっ」
なにもかもを聞かなかったことにしたい。そうだ、旅行へ逃げるのはどうだろう。長い休みをとって……余計なのがついてきそうだ。やはり仕事をしよう。
「あれ、キースさん? もしかして掃除をしてくれたんだぜ?」
「クラースニイ?」
「助かったぜ!」
よく分からないことを言い、彼女は廊下へ出て行く。そして箱を持って中へ入り、出て、箱を、中へ……。
気付けばたくさんの箱に手狭な部屋は埋め尽くされていた。
「これでよしっと」
「……ハッ。いかん、意識が飛びかけていた。クラースニイ、これはどういうことだ?」
「どうって、リゲネラ様に言われたんだぜ。一時的な保管庫に使うって」
「わ、私の仕事部屋にするつもりだったのだが?」
「キースさんの仕事部屋は隣にあるぜ?」
首を傾げ言われてしまう。胸が揺れた。いや、そうではない。
私は元の部屋へ戻り、魔王様とリゲネラ様へ抗議をした。もうここでなくともいい、別の部屋を用意してくれと。
「確かにもっと広い部屋のほうがいいか?」
「わしも賛成じゃ」
「いえ、このままで結構です」
一瞬で心がへし折られた。どこまでもついてくるつもりらしい。
せめてもの抵抗にと、机の周りに敷居を作る。すぐに退かされた。ひどすぎる。
だが、こうなった理由はちゃんと説明をしてもらえた。納得はしていないが。
魔王様は、どうせここにいる時間が長いのだから、仕事もここでしようと思った。効率的な考えだ。
リゲネラ様は、魔王様を探し歩くのならば、ここで共に仕事をすればいいと判断した。これも効率的だ。
双子のメイドは言わずもがな。リゲネラ様に付き従ったということになる。
頭が痛い。私に安息の地はない。
スッと紙束が差し出された。
「師匠、分けておきました」
「……ありがとう」
これが驚くことに、勇者様はしっかり仕事をしてくれている。むしろ、私が分けるよりも丁寧に熟していた。
そしてこちらが指示を出さずとも、テキパキと動いている。素晴らしい人材だ。
「勇者様」
「はい、どうしました?」
戦闘狂いとは思えない理性的な態度。
だが、勇者だ。
共に働きましょうと言いかけたが押し留まる。さすがに客人を雇うわけにはいかない。後、少し怖い。
「ところで師匠。これに判を押してもらえますか?」
「あぁ、なにかな?」
確認が必要な書類だったのだろう、と目を通す。
婚姻届けだ。しかも、こちらとあちらの形式のものを用意している。
引き千切ってやりたい衝動に襲われたが、先に銀髪の少女が両方を破り捨てた。
「勇者――」
「魔王――」
「転移」
私は即座に二人を遥か彼方へ転移させた。
よし、これで静かになったな。
すると、次にロジとコマが喧嘩を始めた。
「転移!」
同じ場所へ送った。まぁ死にはしないだろう。
「はぁ? シーニイは自分のほうが上だと思い過ぎだぜ? どう考えてもあたしのほうが使えるぜ!」
「ふっ、クラースニイは雑な仕事しかできないであります」
「転移!!」
メイド二人もおさらばしてもらった。
そして残されたのは、私とリゲネラ様という年寄り二人。
ようやく静かになったと、お互い微笑み合う。こういう環境を欲していたのだよ。
「失礼する。……なんだこりゃ?」
今度はリオン将軍が現れた。
次から次へと、まぁよく人が来ることだ。
しかし、彼ならばいい。彼だからこそいい。問題を起こさないと信用できる。友とはいいものだ。
少しだけ会話をし、事情を説明する。とても同情されたが、助けてくれる気は無さそうだった。仕事の前では友情も儚いものだ。
二人の打ち合わせを聞かないようにし、仕事を続ける。
転移魔法は便利だ。これからはドンドン多用していこう。問題を起こしてくれるほうが助かる。使うことを躊躇わないで済む。
そう考えていると、二人の語気が荒くなりだした。
「だから! 軍部では!」
「知るか! わしらは! 全体を考え!」
なぜか剣呑とした空気となっている。聞く気もないのに、お互いを罵り合う声が耳に入ってしまう。
止めるべきか? 逡巡していると、二人の魔力が膨れ上がった。
「このつるぺたババアが!」
「ぶっ殺すぞ娘大好き猫! 猫じゃらしで遊んでやってもいいのじゃぞ!」
徐々に二人の姿が膨れ上がっていく。
本来の巨大な竜、巨大な獅子の姿へ戻ろうとしている。
一つ息を吐き、魔法を唱えた。
「……転移」
私以外の全員があの場へ送り込まれた。
背もたれに体を預け、コーヒーを口へ含む。
「今日も平和だ」
現実逃避は最高だ。
遥か遠くから響く、雷が落ちたときのような轟音を無視し、一人頷く。
大変ながらも平穏と言える日々。この安寧が続くことを願いつつ。
魔王軍クレーム対応課の日常 黒井へいほ @heiho
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