第十二話 勇者がやって来た
魔王様を探しに来たリゲネラ様が部屋を後にする。
見送った後、部屋の一点を見て首を傾げた。
なぜだろう。机が一つ増えている。
新人が入るわけではない。私が話を聞いていないのだから間違いはない。
では、この机はなにか? 分からない。
そして椅子も気になる。
作業をする椅子、というよりは、ゆったり座れます、という感じ。少し触ってみると、かなり後ろまで倒れ、気持ちよく寝れそうな作りになっていた。
なぜ寝れそうだと思ったのか? それは恐らくこのふかふかの布のせいだろう。肌触りがよく、いつまでも触っていたい柔らかさ。
私は椅子に戻したのだが、敏感にロジが反応をする。
人の物であるため止めようとしたのだが、臭いを嗅いだ後に叩き落とした。いやいや、それは良くないだろう。椅子に掛け直しておく。
しかし、この机は本当になんだろうか?
勝手にいじるのもあれなので、引き出しを開けたりはしない。人の家に勝手に入り、物を漁って壺を割る。そんなことをするのは良からぬ輩だけだ。
だが、気になるものは気になる。チラチラ見つつ仕事をしていると、クッションを抱きしめている魔王様が、猫と共に入って来た。
「おっはよー」
「おはようございます」
「おやすみー」
クルクル回りながら謎の机に向かい、椅子へ腰かける。クッションへ頭を乗せ、布をかけ、寝息を立て始めた。膝の上には猫又のコマ。同じくグッスリだ。
……うん、なるほど。そうではないかと薄々思っていた。こんな訳の分からないことをするのは、大体アッパラパー魔王様だけだ。
私は納得し、業務を再開した。
自宅から持ってきたコーヒーを魔法で温め直し、大き目のカップへ注ぐ。
私はブラックで飲むことをしない。適度な甘みを欲しているため、砂糖とミルクを少量ずつ入れてある。
ちなみに甘いお菓子があるときはブラックだ。苦い、甘い。あの無限コンボがたまらない。
そして個人的には酸味が強いコーヒーよりも――。
「ここじゃな!」
五分ほどの小休憩。
コーヒーについての思いを馳せていたのだが、憤怒の表情を浮かべたリゲネラ様と、双子のメイドが部屋へ入って来た。
向かうは寝ている魔王様の元。これも想像通りの展開であり、なにも言わず成り行きを見守った。
「部屋にも! 玉座にも! 訓練場にも! 調理場にもおらん! かなり探し歩いたぞ!」
「すやぁ……」
そもそも、最初にこの部屋。次に自室。それから玉座? 出現率の多い順だと思われるが、色々とおかしい。
そして訓練場はともかく調理場?
もしかしてだが、
『最近いきなり完成した料理が消える。きっとブラウニーの仕業だと思うので調べてください。匿名料理人』
というクレームの犯人は、魔王様だったのでは? 魔王ブラウニー。うむ、少しだけ可愛らしい。
まぁ体だけ成長し、相も変わらず子供みたいな魔王様だ。
しかし、そこが好かれている理由なのかもしれない。全面的に悪いとは言えない魅力が魔王様にはあった。
などと考え、関わらない体をとっていたのだが、リゲネラ様に睨まれる。
目を逸らし、シーニイに声を掛けた。
「今度、またおいしいコーヒーが売っている店へ行かないか? 君の見立ては確かなものだ」
「もちろんであります。見返りに、クリームがたっぷり乗ったパンケーキを所望するであります」
「うむ、当然の要求だな」
「あたしも食べたいぜ!」
「どいつもこいつもおおおおおおおおおお!」
なぜ我々が目を逸らすか。簡単なことだ。寝ている魔王様を起こすのが面倒。たったそれだけのことだ。
シーニイ、クラースニイは立場上強く出られない。
私は絡まれ疲弊するのを避けたい。
つまり、用があるリゲネラ様に任せる。
私たちは目を合わせ、無言のまま親指を立てた。リゲネラ様が、殺すぞと言わんばかりの目をしていた。
「くそっ、もう時間が無いというのに……。仕方ない、キース、シーニイ。命令だ、玉座で時間を稼げ」
「時間を」
「稼げでありますか?」
「さっさと行かんか!」
事情の説明ができないくらい焦っているようだ。私たちは肩を竦め、命令に従うべく玉座の間へ向かった。
玉座の前、二人で茶菓子について話をする。シーニイはこういったことに詳しく、疎い私には助かる相手だ。
しかし、バーンッと勢いよく扉が開かれる。
黒髪ポニーテール。動きやすそうな軽鎧。腰に剣。背には盾。
そして驚くことに、彼女は人間のようだった。
なるほど、客人が来るということだったのか。
得心がいき、挨拶をするべく頭を下げようとしたのだが、先に少女が剣を抜いた。
「勇者オウカが魔王を撃ち滅ぼすためにやってきた! お前が魔王か!」
剣先は私を指している。
勇者、勇者か。リゲネラ様が焦って理由が分かり、眉根を寄せる。
勇者とは人族の最終決戦兵器。
女神の祝福があり、恐るべき力を備えている。
目的は、当然魔王軍の撃滅。
我々魔王軍の宿敵なわけだが、勇者に対して一つの決まりごとがあった。作ったのは現魔王様だ。
「戦えば戦死者も増えるし、どこまでも強くなる。あ、強くなるのはいいかもしれんな。……いや、良くない。領地を素通りさせてやれ。城内もだ。玉座の間でワタシが自ら相手をしてやろう。決して関わるでない。……これでいいな? だから睨むなリゲネラ!」
魔王様ではなくリゲネラ様が作ったようだが、魔王様が作った決まりだ。そういうことにしておこう。
で、彼女はここまで難なく辿り着いただろう。一切の妨害なく。
時間稼ぎがてら、話でもするか。
ついでにシーニイにお茶でも用意させようと思ったのだが、私を指差していた。
「こちらがキース様であります」
「ようこそ勇者殿。遥々遠方より――」
「魔王! 撃ち滅ぼすべし!」
ただの自己紹介だったのだが、なにか勘違いをしている。
誤解を解くよりも先に、シーニイが深々と頭を下げた。
「では、後はキース様にお任せしますであります」
「シーニイ?」
そそくさとシーニイは部屋の端へ移動する。
いただけない態度だ。まるで私が魔王だと勘違いしかねない。
で、それは現実のものとなった。
「ふしゅー! ふしゅー! 魔王! 殺す!」
「いや、私は――」
「キース様頑張ってくださいであります」
「お前、トコトン邪魔をするつもりだな!?」
「まおおおおおおおおおお!」
話を邪魔する小娘と、話を聞かない小娘。
どう見ても穏健派な私を魔王様と間違えるか? ひどい話だ。人の良さを醸し抱いている平和主義者だろ。
勇者オウカが剣を振り、稲妻が奔る。
ロジが氷の壁を出現させ、攻撃を弾いた。
「召喚獣! 両方相手にしてやる!」
「ガウ?」
「うむ、気持ちは分かる。だがな、状況を変えるのは難しい。見ていろよ? 私は魔王――」
「キース様であります!」
完璧なタイミングだ。個々には別の意味合いの単語だが、続ければ魔王キースの誕生。
な? とロジを見る。大変っすね、と足に手を置かれた。
「ままままままままおまおまおまお魔王おおおおおおお!」
「あれは本当に勇者か? バーサーカーとかではないのか? 改造か洗脳されているとしか思えん。頭の線が百本くらいイッてるぞ。……ロジ、お前は下がってろ」
ロジは素直に従い、シーニイの元へ向かう。彼女も彼女で、待っていましたとばかりにロジを撫でまわしていた。いや、手伝うか誤解を解くほうに尽力してくれないか?
愚痴りたい気持ちを抑え、勇者殿と戦闘を続けるべく身構えた。
飛んでくる雷を弾き、剣を避ける。
徐々に威力があがっているところから、撃てば撃つほど強くなるのだろう。勇者とは恐ろしいものだ。
魔力が尽きるのを待ちたいところだが、元気一杯な様子。
ほとほと困っていると、扉がバーンッと開かれた。
「ワタシが来たぞ! 勇者はどこだ! 勇者大好き!」
「邪魔だあああああああああああああああああああ!」
やばいやつがもう一人来たと思ったのだが、勇者はすかさず雷を放った。
おぉ、なんてことを……。厄介なことになるのは分かっていたが、私の代役は終わり。
転移で逃げ出そうと思ったのだが、キャンセルされた。
「む」
「すまん、わしが止めた」
「リゲネラ様?」
厭らしく笑い、親指を立てている。どうやら魔王様を起こさなかったことへの意趣返しらしい。困ったものだ。
しかし、そんなことには気付かず、勇者がもう理性を失った感じで叫ぶ。
「魔王! 殺す! 勇者! 運命!」
「ヒャッハー! イキがいい勇者だ! よぉしかかってこい! 遊んでやろう!」
勇者と魔王様が戦闘を開始する。
だが私ではなく魔王様を見ている。さすがに無視できる相手ではない、と理解したのだろう。そもそもそっちが魔王様だからな?
後は防ぎつつ事の成り行きを見守る。早く終わるといい。仕事に戻りたい……。
――小一時間が経つ。
無数の傷を刻まれ、慢心相違の勇者。
無傷でとても楽しそうな魔王様。
すでに雌雄は決した、といっても良い状況だった。
魔王様も戦えば戦うほど強くなる戦うことが大好きな存在だ。最初から結果は分かっていたとも言える。
しかし、勇者もかなり強くなった。良い戦いだった。
そろそろ潮時だな、と止めるべく足を進める。
だが、勇者はこれっぽっちも諦めていなかった。
「――隙を見せたな」
雷光の如き速さで勇者が駆けた。
魔王様も間に合わず、リゲネラ様も動けず、このままでは胸が穿たれる。
もちろん、なにもしなければ、だ。
避けるか防ぐか。そんなことを考える余裕すらあったのだが、私の前に一つの影が飛び出した。
「ロ――」
剣を刺され、雷が落ちた。
満足そうな目を向けたロジが、瞼を閉じようとしている。
瞬間、力を全力で解放した。
回復魔法でロジの怪我を癒す。そのまま落ちないようにゆっくりと地面へ下ろす。
シーニイの元へ向かい、用意されていたお茶を一口飲む。よし、落ち着いた。
勇者の元へ向かい、剣を奪って鞘へ戻す。ついでに勢いなども消し、状態異常解除の魔法をかけ、座らせる。バーサクでもかかっていたのだろう。そう信じたい。
む、魔王様が魔法を放っているな。相殺すべく同じ魔法を放つ。よし、これで被害は最小限だ。
この後は話し合いが行われるだろう。
魔王様のボロボロの服を修復し、髪を梳く。
勇者の服も修復、傷も治療。身嗜みも整える。
壁や床などの壊れた箇所も直し、勇者が入って来たときと変わらぬ状態。
――よし、これで完璧だ。
指をパチリと鳴らし、超加速状態となる魔法を解除した。
「殺った! ……あれ?」
「シーニイ、お茶の準備を」
「な、なにが……分かりました、であります?」
首を傾げつつもシーニイが動き出す。
リゲネラ様がこちらへ近づき、口をパクパクとさせた。
「お前、今なにをした? いや、なんだこれは?」
「ただの幻術ですよ」
説明が面倒なため嘘をついてロジを撫でる。良かった、傷一つ残っていない。お前がいなくなったら、私は誰に癒してもらい、頼ればいい。本当に良かった。
ふと、強い魔力を感じる。ロジとリゲネラ様を庇う。放たれたのは、魔王様の極大魔法だった。
轟音と共に、玉座の間の半分が吹き飛ぶ。
「やっぱりキーちゃんはいい。すごくいい。とってもいい。だから、やろう。さぁやろう。燃え尽きるまで! 存分に!」
「……」
砂埃を風の魔法で吹き飛ばし、大股で魔王様へ近づく。なぜか勇者がビクリと震えた。
「勝負――」
「たわけたわけたわけたわけたわけ」
「うべべべべべべべべべべべべ」
完全に熱くなっている魔王様へ往復ビンタをする。やると思ったのか? やるはずがないだろう。私が平和主義者だと知らないのか。
落ち着くまで続け、涙目になったところでやめる。
「ご、ごめんなさい」
「うむ、次は気を付けるんだぞ? 無闇に喧嘩をしない。そう何度も言っているだろ」
「け、喧嘩……!?」
反応した勇者が愕然とした表情となり、ふらついたまま私の前へ辿り着き……なぜか深々と頭を下げた。
「魔王、いえ、魔王様! 完敗です! どうか弟子にしてください!」
「……と言われていますが、魔王様?」
「……ワタシにじゃないと思うけど」
「え?」
仕方なく、誤解をしている勇者に説明をすることとなった。
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