第十一話 キースさんの休日
朝、目を覚ます。
「休みだ」
起き上がり、朝食を用意する。ベッドの足元で寝ていたロジを揺すると、ピンッと耳を立たせて起きた。
二人で朝食。食後に読書。
一時間ほどが経ち、動きやすい服へ着替えた。
ロジと二人、ジョギングを始める。体を動かすことは大切だ。
普段も朝に行っていることではあるが、休みの日は長めに動かすこととしている。体を鈍らせてはいけない。
家々の間、開けた空間で体を動かしていると、子供たちが近寄って来る。いつも通り用意してあったお菓子の袋を渡し、会話を行った。
子供たちの情報、というのは馬鹿にできない。大人では気付かぬことに気付いており、子供ならではの視点でこそ、ということは多い。
……どうも最近、パン屋の地下で妙な声が聞こえるらしい。子供の泣き声によく似ているらしい。
礼を言い、向かってみることにした。
汗だくの状態ではあれなので、魔法で汗を流し、乾かす。それから店へ入り、さも昼食を買いに来たという体でパンを選ぶ。
しかし、こっそりと魔法を使う。……ふむ、地下に小さな生き物の熱源が複数ある。これはまさか、そういうことだろうか?
人の良い店主だ。何度か利用している。
疑わしいだけであり、良からぬことをしていると決まったわけではない。
少し悩みはしたが、いざとなれば力技での解決もできる。意を決し、会計をしつつ聞いてみた。
「そういえば小耳に挟んだのだが、店の地下に可愛い子を揃えているとか?」
店主の表情が変わり、どことなく気まずそうにしている。
「興味がある。見せてもらっても?」
「キースさんも興味が? もちろんですよ!」
私の言葉をどうとったのか。店主は店を店員へ任せ、私を地下へと案内してくれる。
正直、この時点で疑いは晴れつつあった。やましいことがあれば店員に、地下へ行ってくる! などと嬉しそうに伝えることはないだろう。
で、その予想は大当たりだった。
「ほう、猫か」
「いやぁ野良猫に餌をやるのはあれじゃないですか? だから、うちで飼うことにしたんですが、数が数だったもんで……。飼いたいという人に譲りつつ、面倒みてるんですよ」
猫の鳴き声は子供の泣き声に似て聞こえることがある。私も何度か間違えたことがあった。
まぁ真相などはこんなものか、と色取り取りの猫を見て歩く。人に慣れているもの、慣れていないもの。だがそのどれもが私たちを警戒している。……あぁ、ロジがいるせいか。すぐに納得した。
「グルル……」
「む?」
おかしい。
猫たちが警戒しているのはともかく、ロジまでもが唸り声を上げ、威嚇している。
視線の先になにが? 不思議に思い目を凝らすと、暗闇の中で目を光らせて一匹の猫がいた。
尾が……二本?
長く生き、力をつけた猫に出る特徴だ。尾の数が増えるほど力が増す。
これはあまりよろしくないな。
ただの猫ではない。知性があり、力のある猫だ。
しばし悩んでいると、肩に手を乗せ、顔を覗かせた者がいた。
「ほう、猫又がおるな」
「魔王様」
「ガウッ! ガウッ!」
「なんだやるのかロジ! えぇい、相手になるぞ!」
なぜか二人は臨戦態勢に入っている。引き剥がし、息を吐く。店主と猫たちが怯えているではないか。
途中から魔王様がつけて来ていることには気付いていた。なぜなにも言わなかったか? 休日だからだ。ゆっくりしたい。
まぁそんな希望はすでに閉ざされてしまったわけだが、今は猫が問題だろう。
引き取るか? それがいいかもしれない。
特に他の案も無く、決める。
しかし、それを告げるよりも早く、猫又が火を操り、ロジが氷を放った。
「ひぃっ」
「おぉ、すでに魔法を使えるのか。良いではないか良いではないか」
「魔王様、それどころではありません」
腕を組み、嬉しそうに頷いている。あわよくば混ざりたい、と言わんばかりの笑みを浮かべていた。二匹以外に結界を貼り、守っている私の気持ちになってもらいたい。
だが困った。
どうやらこの猫又、ロジと相性が悪いらしい。いまだに争いを続けており、眉根を寄せつつ告げた。
「やめろ」
ピタリ、とロジが止まる。同じく猫又も止まり、物影へ隠れた。
知性があるとはいえ動物。必要なことは力を見せつけること。魔力を膨れ上がらせ、威圧すれば、こんなものだ。
……そうか、クラースニイの一件もそうだったのかもしれない。
彼女の力の一端を見て、こりゃやべぇ仲良くしておこう。ゴブリンとスライムはそう考えたのかもしれない。
あまり褒められたやり方ではないのだが、時と場合によるか。
場は落ち着きを取り戻したのだが、首筋に痛みが走る。顔を引きつらせて見ると、魔王様が口を離し、血を滴らせながらウットリとしていた。
「キ、キーちゃん。ワタシ、興奮してきちゃった」
頬を紅潮させ、一見ドキリとする表情。えぇい、
とりあえず、この場に留まったら大変なことになりかねない。
「店主、あの猫は引き取らせてもらうが良いな?」
「それは駄目です! 猫さんが良いと言う人でなければお譲りすることはできません!」
先ほどまで怯えていたにも関わらず、しっかりとした口調で言う。そもそも、猫が自分で「いいですよー、いきますー」とは言わないだろう。いや、そういうことではないな。分かっている、分かっているとも。
では、どうやって猫を納得させるか。
しばし悩んでいたのだが、すでに限界に達しつつある人物が魔法を使った。
「ハァハァ……もう、無理。転移!」
「ばっ――」
気付けば町の外。広い草原に私と魔王様、ロジと猫又がいる。
しかも、私以外の三人はやる気に満ち溢れていた。どいつもこいつも……。
諦め、結界を貼る。近場の岩へ腰かけ、穏やかな気持ちで空を眺めることにした。
「ハッハッハッ! かかってこい駄犬と駄猫が! ……駄猫? 駄猫でいいのか?」
「アオオオオオオオオオオン」
「キシャアアアアアアアアア」
轟音と声もうるさいため、音も遮断する。やれ、今日はこれ以上なにもできそうにない。
先ほど買ったパンを食べ、飲み物を飲む。
せっかくの休日だ。微睡の中へ落ちることにしよう。
温かい日差しを受け、静かに目を閉じた。
ふと目を覚ます。
空は茜色に染まっており、少し冷たい風が流れており心地よい。
理由は、私が暑いからだ。
体にまとわりつき寝ている魔王様と犬と猫。おびただしい戦闘の跡に手を伸ばし、修復魔法を使う。
草一本残らぬ状況となっているため、精霊にでも頼んでおかねばいけないだろう。
後始末を終え、魔王様を抱き抱えて犬と猫も抱える。
「転移」
無事に家へと戻り、犬と猫をベッドの端へ。そして魔王様を横にする。だが腕を回され、そのまま引きずり込まれた。
魔王様はもじもじとし、耳元で小さく呟く。
「優しく、してね?」
馬鹿なことを言うアホ娘の頬を優しく撫でる。
「魔王様、しばしお待ちいただけますか? 道具をとってきます」
「ど、道具!? いきなり道具!? でも、キーちゃんの頼みなら……!」
許可が出たので、その場を離れ棚から道具を取り出す。
魔王様折檻用試作品パートⅢ。所謂、ハリセンと呼ばれるものだ。
拳骨するほどのことではないときのために作成したのだが、ようやく納得できる逸品が作れた。
必中・貫通の効果を持っているため、絶対に当たるという優れ物だ。
「ドキドキ……」
その擬音は口に出して言うことじゃないぞ? あざとくすら見えるからな?
では、と目を閉じている魔王様へ向かい、ハリセンを振り下ろす。
パーンッ! と素晴らしい音、そして魔王様の叫び声が響き渡った。
その後、猫は魔王様が引き取った。
どうやらロジへ敵対するもの同士、息が合ったらしい。仲良くしてもらいたいものだが、うまくいかなものだ。
しかし、今日も普段と変わらぬ平和な休日だだったと言える。
私は満足し、眠りについた。
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