第十話 クラースニイの姐さん!

「ゴブリンとスライムの喧嘩が続いている?」

「うむ、わしも頭を悩ませておってな」


 本日、リゲネラ様が訪れている。で、問題解決の手伝いを申し込まれていた。

 どうにもゴブリンたちはスライムを舐めているらしく、横柄な態度をみせているらしい。

 もちろんスライムたちも納得せず、とても険悪だと。

 リゲネラ様が言い含めて表面的に仲良くなろうとも一時的なものでしかなく、頭を抱えているとのこと。


「なにか良い案はないか?」

「話し合えば良いのでは? とはいきませんね。それで解決するのであれば、とうに済んでいるでしょう」

「うむ」


 難しい問題だ。そして、両方からの投書がうちには届いている。


『スライムが生意気で困る。匿名ゴブリン』

『ゴブリン調子のんなしー。匿名スライム』


 といった感じに。

 つまり、これは私の仕事でもあるわけだ。

 ならば断わる理由はないというか、むしろ手伝っていただければありがたい。

 私は頷き、両方の話を聞きに行くこととした。



 手伝いとしてクラースニイを連れ、ゴブリンたちの元を訪れる。ちょうど休憩だったらしく、都合が良かった。


「さて、ゴブリンの諸君に話を聞きたいのだが。スライムの件でだ」

「話すことなんてねぇよ!」

「そう言わず、スライムたちとのことを教えてくれないか?」

「ボールの扱いなんて知ったこっちゃねぇな」


 う、うぅむ。思っていたよりもひどい状況らしい。

 話もままならないと思っていたのだが、腕を組んだクラースニイが一歩前へ出ると、状況が一変した。


「あ、姐さん!」

「よう! お前たち! ちょっと話を聞かせてほしいんだぜ!」

「うっす! 任せてください!」


 な、なんだこのガキ大将的なあれは? もしかしてクラースニイは、ゴブリンたちに人気があるのだろうか?

 驚きを隠せないまま耳を傾けるに、どうやらゴブリンたちはクラースニイに心酔しているらしい。気風の良さや、メイドおっぱいというコンボに惹かれているとのこと。少し納得した。


 で、話を戻すにだ。

 ゴブリンたちはスライムを長く蔑ろにしていた歴史があるらしい。

 しかし、スライムたちもただやられていたわけではない。穴を掘り、落としたゴブリンを溶かして回ったとか。

 今、殺し合いになっていないだけで感謝しやがれ! と言われた。


「つまり、オレたちゃスライムとはただならぬ仲ってことだ! 大体、あいつらが先に攻撃してきやがった!」

「なるほど、えんえんの仲ってやつだな。それじゃしょうがないぜ」

「ただならぬは意味が違うからな? 後、犬猿な犬猿」


 上機嫌なクラースニイとゴブリンたちへ言う。まるで聞いていなかったが。



 理由はなんとなく分かったので、今度はスライムたちの元へ。

 彼らもタイミングが良かったらしく、うまいこと集まっていた。


「それで、ゴブリンたちとのことを聞きたいんだが」

「ゴブリン調子のりすぎー」

「さっさとどうにかしてほしい、みたいなー」

「う、うむ」


 スライムとはこのような話し方だっただろうか?

 聞いてみると、なにか人間たちの本を拾い、流行しているとのこと。どうにも私にはついていけないが。

 話がうまく聞けず困っていると、クラースニイが颯爽と前へ出る。スライムたちも

彼女を見て盛り上がった。


「姐さん! クラースニイの姐さん!」

「ちょっと話を聞かせてほしいんだぜ!」

「まじやばー!」


 なにがやばいのかは分からないが、スライムたちが素直に話をしてくれている。胸に大きなスライムを二つつけていることが、彼らにとっては尊敬の対象らしい。こいつらも胸か。仲良くなれそうだ。

 ……もうクラースニイだけでいいのではないか? 私はロジを撫でつつ、耳を傾けることにした。


 どうもゴブリンたちは、スライム狩を行っていたらしい。さっき聞いたことと大体は変わらない。

 しかし、違うところもあった。


「あいつらが先にやりだしたんだしー」

「最悪ー」

「なるほど、ゴブリンが悪いぜ!」

「待て待て」


 短絡的に決めつけ、飛び出そうとするクラースニイの首根っこを掴む。

 ゴブリンたちはスライムが先に、と言っていた。しかし、スライムたちはゴブリンが先に、と言っている。これは非常にややこしいことになってしまった。


 両方の話を聞き終わり、一度相談すべくベンチへ腰かける。

 お互いお茶を片手に、話し合いを始めた。


「クラースニイ、君はどう思う?」

「ゴブリンが先に手を出したんだぜ!」

「だが、スライムが先に手を出したとも言っていた」

「スライムが先に手を出したんだぜ! ……キースさん、つまりどうすればいいんだ?」

「それを相談しようとしたのだが?」


 考えるよりも先に動くところはあるが、クラースニイは決して頭が悪いわけではない。だからこそ、頭を抱えて悩んでいた。

 直感で動くタイプだけに、私とは違う答えを導き出してくれるだろう。

 だが自分の考えも言うべきだと、悩んでいるクラースニイへ告げた。


「お互いが接さないようにするのはどうだろうか?」

「それは駄目だぜ。仲の悪い種族を全部分けるなんてできるはずがない」

「確かにその通りだ。特例、というのもまずいか」


 分かっていたことではあるが、口に出すことは大事だ。言うことで頭の中が整理される場合もある。

 ……正直なところ、悩んでいたというのもあった。解決策が見いだせない。

 しかし、何かを思いついたのか。クラースニイが勢いよく立ち上がった。


「いい案があるぜ!」

「ほう?」

「仲良くするように言えばいいんだぜ! 解決だ! いっくぜー!」

「そんな簡単にいけば苦労はするまい。しかし、言ってみることは……クラースニイ?」


 隣に座っていたはずなのに姿がない。

 不思議に思っていると、ロジが遠くを手で差す。どうやら、あの砂埃の先にクラースニイがいるらしい。

 彼女らしいと思い、私も後を追うことにした。


 クラースニイの後姿を見つけたとき、すでに両陣営が集まっていた。

 争っていないのは、一重にクラースニイがいるからだろう。

 とりあえず様子を伺おうと、一歩後ろで話を聞くことにした。


「お前たち仲良くするんだぜ!」

「そりゃ姐さんの頼みでも無理だ。……こいつらがどうしてもって言うなら考えてやるけどな」

「無理すぎー。ゴブリンうっざー」

「仲良くなるといいことがたくさんあるんだぜ? できることもたくさんだ!」


 彼女はいいことを言っているが、反応はよろしくない。話は聞くが、従うことはできない。当然の反応だった。

 それでもクラースニイは説得を諦めない。必死に、あたふたとしながらも続けていた。


「きょ、今日が変わるときなんだぜ?」

「いや、無理ですよ姐さん。普通に配置とか変えてくれません?」

「顔を合わさなければいいしーみたいなー」


 私の提案と同じことを両方が言い出す。

 元気が取り柄のクラースニイが肩を落としていた。痛ましい。

 その姿を見て、どうにかできる、ではなく、どうにかしてやりたい、と思い一歩前へ出る。


「お前たち――」

「あっ、虫だぜ」


 クラースニイの腕がぶれ、強い衝撃が起きる。地面は罅割れ、虫は恐らく粉微塵にされていた。

 虫相手に強すぎだろ、と首を横へ振る。


「もう少し優しく倒せないのか」

「キ、キースさん。ごめんだぜ」

「「……」」


 魔法で地面を修復し、ゴブリンとスライムを見る。なぜか私とクラースニイを真顔で見ていた。


「キース……いや、キースの旦那」

「旦那? まぁいいか、どうした?」

「い、今のを見てなんとも思わないのーって感じ?」

「ちょっと強く叩いだけだろ? あれくらいロジにだってできる」


 目配せをすると、ロジが地面を強く叩いた。同じような現象が起き、魔法で修復する。なぜか辺りが静かになっていた。

 さて、だが困ったな。

 説得の材料を探していたのだが、一体のゴブリンがポンッと手を叩いた。


「よ、よーし! これからはなるべく仲良くやっていこうじゃねぇか!」

「異論はないっぽい! よろしくね、クソゴブリン!」

「おう、よろしくな! ゴミスライム!」


 お互いを罵倒しつつも、争う素振りをみせてはいない。剣呑な空気は消えており、どこか緊張してすらいた。

 一体なにがあったのか? 首を傾げていたのだが、クラースニイは嬉しそうに頷いている。


「こうやって段々みんなが仲良くなっていくんだぜ」


 まぁ、彼女が喜んでいるからいいのだろう。

 私も頷いたのだが、ロジだけは「そうじゃない」といった感じに首を横へ振っていた 

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