第九話 面接どうでしょうか?

第九話 面接どうでしょうか?


 最近、クレームが少しずつ減っている。代わりに魔王様が室内に留まる時間が増えた。

 投書量が減ること、処理量が減ること。全体的にみたらいいことだろう。確実に助かっている人は増えている。しかし、私的にはどうだ? あまり変わっていないように思えた。


 やはり人手だ。もう一人いるだけで、処理能力が勝ってくれるはず。かもしれない。たぶん。そうであるといい。希望的観測。

 ……よし、決めた。

 私は立ち上がり、ロジと睨み合っている魔王様へ声を掛けた。


「クレーム対応課の人員を増やそうと思います」

「それならばワタシが――」

「いえ、自分でやります。そうですね、適性が高そうな人物がいい。主に精神力の強い人物がいいでしょう。少々のことではめげず、気にしない。そういった相手がいい。でないと潰れてしまう」

「いや、ワタシが――」

「では早速手筈を整えます。私の仕事が楽になれば、小休憩だけでなく、休日も増えるでしょう。私のためにぜひ許可を。私のために」


 別に仕事が嫌いなわけではない。しかし、仕事を減らし、効率よく進める努力を捨ててしまうのは、意味がないことだ。仕事のために生きるのではない。生きるために仕事をするのだから。

 私のために、という言葉は思いの外に効果があったのだろう。魔王様は、「度量が広いところを見せるのも必要なことか」と、そもそも自分が原因でこうなっていることは忘れ、許可を下さった。

 さすが魔王様、器の広さは海よりも広く、底には穴が空いているようだ。


 ◇


 三日後。

 私は仕事をしつつ面談を受ける人を待っていた。

 そもそもの状況が悪いため、多くは望んでいない。悪い噂だけならば事はかかないと、自分でも知っていた。なので、逆のアプローチを試みた。


 しっかりとした休暇。残業はほぼ無し。安定した給与。


 この三つだ。

 素晴らしい、私なら飛びつく条件だ。

 仕事内容については、少しだけ小さい字で書いておいた。卑怯かもしれないが、そうでもしなければ誰も来ないだろう。


 誰か来てほしい、とソワソワしながら待つ。

 ――扉がノックされた。


「どうぞ」

「おう、ちょっといいか?」

「採用」


 私は顔をみた瞬間、彼の採用を決めた。


「いつから来れる? 今日からでもこちらは構わんぞ」

「待った待った。あれだろ? 面談のことだよな? 悪いが、オレは魔王様を呼びに来ただけだ。会議の時間になっても姿が無かったため、そろそろ宰相がぶちぎれそうでな」

「なるほど、では明日からでいいぞ。まずは私の補佐を――」

「目を覚ませ! 違うと言ってるだろ!」

「……」


 私は肩を落としたまま、リオン将軍に連行される魔王様を見送った。まぁそりゃそうだ。将軍が面談を受けに来るはずがない。

 扉を開き、長い廊下を見回す。……誰もいない。誰! 一人! いない!


 そんなに魔王様の問題を処理したり、魔王様が壊した場所を修復したり、魔王様に攻撃されたりするのが嫌か。嫌だな、私も嫌だ。

 しかし、悪くないこともあるのだぞ? 例えば、そう。……そう。そう! 可愛い犬へ触れることができ、癒されるとか。様々な場所へ顔が利き、同情されるとか。

 うん、駄目だな。素晴らしい三つの条件を提示したつもりだったが、三日に一日しか働かないでいい、くらいの好条件でなければ厳しそうだ。


 少し切なさを覚えつつファイルを開いていると、また扉がノックされた。


「どうぞ」


 素早く椅子へ座り、姿勢を正す。

 ドキドキしながらも少しだけ期待をしていると、オーク族の青年が扉を蹴り開けた。


「邪魔するぜい」

「ふむ」


 とりあえずマイナス評価をつけておく。

 彼はズボンに手を突っ込んだまま、室内をジロジロと見回し、ソファへ座って足を机に乗せた。

 面談だ、面談。希望者が来たぞと、そそくさとコーヒーを差し出す。ロジはゴミを見るような目で、青年を見ていた。


「おいらは軍で働いているんだぜい。でも、まぁ見張りとかで夜通し立たされるし、ハッキリ言って面白くない。もっと楽して稼ぎたいんだぜい」

「ふむふむ」


 話を聞きつつ、マイナス評価を増やしておいた。

 彼の名前はポンチョラン。話を聞くに、軍に入ったはいいが、女にはモテないし、夜まで見張りをさせられたり、給料は安いし、女にはモテない。そういったことで不平不満が溜まっているらしい。

 そんな中、クレーム対応課の求人をみつけた。これはチョロそうだ、ぜひ受けてみよう。と、思い至ったらしい。


「日々、細かな紙を整理したりクレームへの対応をする。頭を下げることも多いが、夜に働くことはあまりない。女性と接する機会も多いため、希望に添えるかもしれないな」

「頭は下げたくないんだぜい。紙の整理? まぁ、それくらいならいいか。女に会えるってのはいいんだぜい!」

「なるほどなるほど」


 粗野な振る舞い、言葉遣い、仕事へのやる気のなさ、女目的。このようにの問題はあるが、図太く鈍そうで、悪くない人材に思える。

 私はポンチョランを即日採用することにした。


「今日から部署異動ということでいいかな? 話は私がしておこう」

「助かるんだぜい!」

「それはこちらの台詞だ。では、話を通してくる。その間は、こちらの紙を――」


 投書の仕分けを頼み、軍部へ向かう。上司であろう人物は、あのゴミを引き取ってくれるのなら助かる。クビにしようと思っていたので、むしろ助かった、と言われた。


 無事に手続きが済み、笑顔で戻る。

 ポンチョランはソファへ横になり、いびきを掻いていた。

 恐らく慣れない仕事で疲れたのだろう。私はこのくらいで怒りはしない。なんせ、ちゃんと仕分けはしてくれているのだから。


 まだ判断も難しいこともあるろうし、多少乱雑なのは目を瞑ろう。仕分けられた物を再度チェックしようとし、私は止まった。

 これは、あれか? もしかしてだが、上から順に等分して置いただけ、ということだろうか?

 そんなまさか、と苦笑いを浮かべる。ちらりとロジへ目を向けると、首を横へ振っていた。


「ふぅ……」


 まぁまだ初日だ。いきなりうまくできるはずもなく、こういったことだってある。来客用の茶菓子を勝手に漁り、全部食べていることもいい。寝ていることも許そう。仕事が雑なことも。女性の連絡先をメモっていることも――。

 いや、許すはずがないだろう?

 私はポンチョランの胸倉を掴み、起き上がらせた。


「あ、あぁ?」

「仕事中に寝るな。勝手に物を漁るな。女性の連絡先を調べるな」

「別にいいだろ。やることならやったぜい!」

「転移」


 ロジとポンチョランを連れ、私は訓練場へ転移をした。

 突然現れた私たちを見て、リオン将軍が近づいて来る。


「どうした?」

「少し端のほうを借りるぞ」

「それは構わんが、理由を――」

「借りるぞ?」

「……好きにしてくれ」


 私はどんな顔をしていたのだろうか。リオン将軍は顔を引きつらせ、後退った。

 ポンチョランを放り投げる。憎たらしい顔で睨みつけてきた。


「んだてめぇ! やるつもりかっていうんだぜい!」

「正座」

「はぁ?」


 両足を強く蹴り払い、無理矢理正座させる。立ち上がろうとした瞬間、ロジが凍らせた。強制正座だ。

 さて、では真っ当になってもらおう。これも新人指導の一環だ。なに、安心してくれていい。私は決して君を見捨てたりはしない。

 笑いかけると、ポンチョランが短く悲鳴を上げた。


 ◇


 次の日。


「ポンチョラン、本日の投書は仕分け終わったか?」

「ハイ、モチロンデス。コチラニナリマス」

「早いな。少し休んでくれていいぞ」

「イエ、次ノ仕事ヘ取リ掛カリマス」

「そうかそうか。根を詰め過ぎないようにな」


 心を入れ替えたポンチョランは、少し頑張り過ぎている節があった。私の方で適度に休憩をとらせてやらねばなるまい。これも上司の勤めだな。ふふふ……。

 これからドンドンと仕事は減っていくだろう。私は先を想像しにやけていたのだが、とある相手が室内へ入って来た。


「……キース、ちょっといいか?」

「魔王様、リオン将軍、アズラールさん。お三方が揃っているとは珍しいですね。今、なにか飲み物を――」

「オ茶ヲ、ゴ用意イタシマス」

「いや、その必要はないよ」


 アズラールさんはそのままポンチョランへ近づき、目を開いて見たり、体をチェックし出した。はて、なにか病気にでもかかっていたのだろうか?

 特におかしな点などは無かったはずだが、もしかしたら見落としていたのかもしれない。まだ一日の付き合いとはいえ、上司として不甲斐なさを覚えた。


「うん、こりゃ駄目だね。ほら、これをお飲み」

「ナニモ、問題、アリマセ――げふっごほっ」


 なにかを無理矢理飲まされ、ポンチョランがハッとしたような顔になる。周囲を見回した後、彼は私に土下座をした。


「申し訳ありませんだぜい! 心を入れ替えて仕事をするので、一兵士に戻らせてほしいんだぜい!」

「え、いや、あの……」

「アズラール、連れていけ」

「はいよ」


 唖然としている内に、ポンチョランは背を擦られながら連れ出された。

 な、なんだこれは? せっかく素晴らしい人材となると思っていたのに、どうして連れて行かれたんだ?

 困惑していると、魔王様が深く深く溜息を吐いた。


「キース、お前に面談をさせなかった理由がこれだ。もしかしたら変わっているのではと思ったが、やはり駄目だな。もう自分でも分かっただろう?」

「さっぱり分かりません」

「……うぅむ」


 私が首を傾げていると、魔王様がなんとも言えない顔で説明をしてくれた。


「適正がある人物でなくとも、まずは試してみるべきだと考えてしまう。そしてひどい人材だと、心を折ってから仕事をさせる。……村で自分がなんと言われていたか知っているか? 悪い子はキースに預けるぞ、だ」

「またまたご冗談を」

「事実だ」


 魔王様が言うに、私に預けた子供はとてもいい子になるらしい。それこそ子供らしさを忘れるほどにだ。

 素行が悪くなければいいのだが、かなり悪い子供、大人の場合、同じ人物だとは思えないほど変わるらしい。そんなことはないと思うが……。


「お前に面談をするなとは言わん。だが、面談相手はこちらで選ぶ。いいだろ? な? そうしてくれ。そうしよう。よし、決定だ!」

「う、うむ」


 結局、よく分からないまま魔王様とリオン将軍に押し切られてしまった。

 私のなにが悪かったのか。一人、首を傾げる結果となった。

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