第八話 飲ミュニケーションはほどほどに
コーヒーを一口飲む。
今日は魔王様も来ていない。ロジと私だけ。
じっくりと処理を行える素晴らしい時間だ
いや、普通に考えれば当たり前のことだが、ここは混沌極まる魔王城。普通や当たり前なんて言葉は忘れたほうがいい。
では、と紙を一枚手に取る。
すぐに顔を顰めることとなった。
『仕事が終わると、毎日上司へ飲みに連れて行かれます。毎日仕事して飲んで寝て仕事するだけです。給料ももらえないのに金を払って酒を飲み、毎日プライベートな時間を削る。毎日毎日毎日……。匿名希望』
毎日という単語を使い過ぎだとは思ったが、それくらい悩んでいるのだろう。
……しかし、これは難しい問題だ。
コミュニケーション、というものがある。上司としては年若い部下と、酒でも飲んで腹を割って話そう! 無礼講だ! と思っているに違いない。
喜ぶ部下もいるだろう。だが、喜ばない部下だっている。
そもそも、だ。
飲んでコミュニケーションをとろうとしているのならば、嫌がられている時点で失敗だ。お互いの仲は確実に悪化している。目に見えておらず、気付いていないかもしれないが。
少し悩みつつ、もう一枚の紙を手に取る。
『最近、部下が悩んでいるようです。気分転換が出来るよう、日々飲みに連れて行っていますが、あまり効果が現われていません。……やはり、もう少しいい酒でも奢ってやったほうがいいでしょうか? 匿名希望』
うちはクレーム対応課であり、なんでも相談室ではない。
なのに、この手の投書が最近増えている。二枚目の明らかに上司っぽいものは困るが、一枚目は間違いなくクレームだろう。パワハラ、というやつに当たる。
特に軍人気質は酒を飲めば解決、と考えている節があり、リオン将軍も頭を抱えていた。
……うむ、こうしよう。
私は一筆したためることにした。
◇
仕事が終わり、帰る時間となったときだ。いや、もう終わらないからこの辺で帰ろうと決めただけなのだが。
扉がノックされ、中へ若い兵が入って来た。
「キース様、よろしいですか」
「ふむ、君が飲み疲れている匿名希望者かな?」
「そ、その通りです!」
彼を見つけ出したわけではない。あの条件へ当て嵌まりそうな若い兵、その全てに連絡をしたのだ。
しかし、いきなりここを訪れることは簡単ではない。だが、一度投函した者ならばどうだろうか? 他の者よりも抵抗少なく来れるはずだろう。で、予想は大当たりというわけだ。
猫の獣人らしき彼は暗い顔をしている。
疲れがとれず、睡眠も足りていない。そんな顔だ。
「用件は分かっている。では行こうか」
「は、はい! ありがとうございます!」
私は彼とロジを連れ、その場を後にした。
向かった先は一件の酒場。すでに店内には人が溢れており、大いに儲かっているようだ。
こちらの姿に気付いたのか、一人の男性が片手を上げる。
「おう、こっちだ! 席はとっておいたぞ!」
悪い男ではなさそうだ。部下へ席をとらせるのではなく、自分がとる。これだけでも、本当に心配していることが分かった。
しかし、私に気付いたのだろう。キョトンとした後、目を泳がせていた。
「今日は彼と一緒する約束をしていてな。同席させてもらうが構わないか?」
「も、もちろんです。どうぞどうぞ!」
「失礼する」
熊の獣人である上司。アベド。
猫の獣人である部下。トウキャ。
若干緊張した面持ちの二人と、私は夕食を共にすることとなった。
「「……」」
だが、どちらも口を開こうとしない。牽制し合い、ちらちらと目を向けてくる。特にアベドは状況が理解出来ず困っているのだろう。
肉をロジへプレゼントしていたのだが、私から切り出すべきだろうと口を開いた。
「
「で、ですね! ハッハッハッ!」
「本当は毎日でもいいのだが、それでは体がついていかない。若いときも、体に無茶をさせていたのではないか、と反省するばかりだ」
「……そうですね」
ベアドの顔が曇る。何を伝えたいのか、ということを理解しつつあるのだろう。
次にちょっと嬉しそうな顔をしているトウキャを見た。君にも当然問題はあるのだよ?
「トウキャ、君の趣味はなんだ? 私は若い人の流行には疎くてな。できれば教えてもらいたい。……ちなみに私の趣味は、ランニングと読書と寝ることだ。ハハッ、大した趣味では無いな」
「いえいえ、そんなことはありません。体を大事になされているようで、さすがキース様です。自分は、そうですね……。実は最近、木彫りに嵌まってます」
「ほう」
私より先に反応したのはベアドだった。
コミュニケーションとは幅広いものだ。決して酒を飲み話すことだけではない。
最初のとっかかりとしてはいいだろうが、そこから広げるべきだろう。
トウキャは話していく内に表情が明るくなっていく。どの木がいい。道具も選ばなければならない。
こちらには分からないことまでも、とても楽しそうに。
私とベアドは彼よりも年齢が上だ。よって温かい目で見守っていたのだが、ハッとした顔をトウキャがした。
「も、申し訳ありません。こんな話つまらないですよね」
「そんなことはないさ。ベアド、どうだい?」
「あぁ、もっと話してくれ。そうか、木彫りか。子供のころはよくやったもんだ……。よし、今度教えてやろう」
「え……」
年上としての見栄なのだろう。
せっかく良い状況だったのに、と思ったが、それは杞憂だったらしい。
「なーんてな。冗談だ、冗談。久々にやるのにうまくできるはずがない。しかし、木彫りをまたやりたいのは本当だ。良ければ教えてくれないか?」
「も、もちろんです。自分なんかで良ければ!」
「おいおい、普段は上司かもしれんが、木彫りに関しては後輩だ。自分なんかとは言わんでくれ。仕事も、趣味も。頼りにしているし、期待している」
今日一番、トウキャの顔が明るくなった。
そうか、そうだったのか。
恐らくだが、彼は悩んでいたのだろう。自分は仕事をしっかりやれているのだろうか、と。
ベアドだって一度は通った道。それを払拭してやろうとしていたのだろうが、不器用な男らしい。酒を飲むことでの気分転換という手しか思いつかなかった。……もしくは、彼はそうやって立ち直ったことがあるのかもしれない。
しかし、今は違う。
頼りにしている。期待している。
なんて美しい言葉だろうか。
疲れ切っていた若者の顔が、これほどまでに眩くなるのだから。
私は終わらない話を楽しむ二人へ断りを入れ、席を立った。
支払いを済ませ、店を出る。追加分は、その、なんだ。自分たちで払ってもらおう。どうすればいいか分からないし。
多目に払えばいいのか? その場合、お釣りはどうなる? 分からない。
星に見下ろされながら歩く中、今日は良い日だったと感じた。
そうだ、良いことは真似をするべきだ。私も部下をしっかりと誉めてやろう。
しかし、すぐに気付いた。
私には部下がいない、という事実に。
ならばと屈み、ロジの首筋を撫でた。
「いつもよくやってくれているな。お前はとてもいい子だ。これからもよろしく頼むぞ」
「ガウッ」
ふむ、こんな感じでいいだろう。ロジはうちの課員みたいなものだ。
個人的には満足していたのだが、少し離れたところから、こちらを窺っている青髪のメイドに気付いた。
「シーニイ?」
「なんでもないであります。なにも見ていないし聞いていないであります。えぇ、シーニイはなにも知りません。キース様がロジを部下に見立て、誉めていたところなどは見ていないであります。ではこれにて」
「待て、待ってくれ。本当に待て! シーニイ!」
立ち去って行こうとするシーニイを追いかける。
えぇい、折角の良い気分が台無しだ。
私は結局シーニイを捕まえることができず、悶々としたまま一日を終えた。
そして翌日。
通りすがる人たちが気の毒そうに私を見ていた。
別にペットと話しても良いだろう!
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