第七話 孤児院を訪れることになった
私は魔王様、リゲネラ様、シーニイ、クラースニイと共に孤児院を訪れていた。ついでに足元にはロジもいる。
今この世界で戦争はなく、領土を争っての小競り合いのみ。他種族間でのものが多い。
……だが、被害は出る。死者も。
城下町には大きな孤児院が一つ。全ての孤児を同じ所へ集め、子供たちが楽しく過ごせるよう、と考えてのことらしい。寂しい子供が減るのならば良いことだろう。
室内ではリゲネラ様と院長が細かな打ち合わせを行い、魔王様は静かに腕を組んでいる。口を出す気はないようだ。
話が終わると、魔王様が机の上に大きな袋を置く。一体なんだろうか?
「いつもありがとうございます、魔王様。子供たちも喜びます」
「良い。子供の笑顔を守るのも魔王の務めだ」
私はこの言葉を聞き、顔を背けて目元を拭った。魔王様が、このような素晴らしい行いをしておられたとは……。感激で言葉が出ない。
開かれた袋の中には大量のお菓子。また目元を拭った。
庭ではたくさんの子供たちが遊んでいる。微笑ましく思い遠巻きに見ていたのだが、魔王様が近付くと、子供たちがわらわらと寄って来た。
「まおーさまー!」
「まおーさまだー!」
「ハッハッハッ! 元気にしていたか、我が将来の配下たちよ!」
言い方には問題もあったが、子供たちも慣れているらしい。なによりも好かれているのだから、これも遊びの一環のようなものだろう。
クラースニイも駆け回っており、相手をするのがとてもうまい。
だが残り二人はそうでもないらしく、リゲネラ様は私と共にベンチへ座り、シーニイも隣へ佇んでいた。
「子供が元気なのは良いことです」
「うむ。わしらは金を出すだけだったのだが、魔王様はできるだけ孤児院を訪れておるようにしているようじゃ」
「なるほど、とても良いことかと」
子供たちと遊ぶ二人、見守る年寄りが二人、付き添うのが一人と一匹。
仕事ではあるのだが、悪くない。どうにも頬が緩んでしまう。積もり積もったクレームの山を忘れてしまいそうだ。
足に頬を擦りよせるロジを撫でていると、少し離れた場所から、こちらを見ている一人の少女に気付いた。
視線はロジに集中しており、なにがしたいかは一見して分かる。……だが、ここからが難しい。すぐに近づいて来ないことから、内気な子であると想像がつく。手招きしても、恥ずかしがって逃げてしまうだろう。
「ロジ、あの子がお前を撫でたいようだ。頼めるか?」
「……」
無言のままロジが歩き出す。少女は左右をキョロキョロ見て、どうすればいいか戸惑っている。なんとも子供らしい。
足元に辿り着いたロジは、少女の靴へ鼻先をチョンッとつけた。
恐る恐る、少女がロジの頭へ触れる。そして触れたか触れないかというところで引っ込めた。
なぜか手に力が入ってしまう。頑張れ、もう少し勇気を出すんだ、と。
少女が何度か手を伸ばした後、ようやくちゃんと撫でることができた。
ロジもその手に甘え、たまに舌で舐めている。無事成功してなによりだ。
「キースは子供が好きか?」
「……難しいですね。笑顔を見ると心が温まりますが、忙しいときなどは鬱陶しく思ってしまうこともあります。まだまだ未熟者ですので」
「いや、そりゃそうじゃろ。常に心安らかに子供と接することなどは、年寄りでもできない。叱るべきときは叱らねばならんしな」
なるほど、と納得する。いくつになっても歳の差などは埋まらず、そういった目で見てしまうのだろう。
子供に群がられ、少し困っているロジを見つつ嘆息した。
しかし、仕事の上では年齢ではなく能力を加味せねばな、と考えていたときだ。
なんとも言えない顔をした魔王様が、腕を組みながらロジの周囲を歩き回っていた。一体なにをしているのだろうか?
「お前たち、その犬は危険だ。噛むぞ」
「噛まないよー」
「むむむ」
ロジは賢い犬だ。決して人を噛んだりはしない。初対面のときのあれは例外として。
だが、確かにあの二人は仲が良くない。魔王様とロジは、お互い距離を取り合っている。二人を残して席を立つと、戻れば息を荒げていることも多かった。
じゃれていただけ、と思っていたのだが……まさか、喧嘩でもしていたのか?
「いや、子犬相手にそんなことはないか」
一人で納得している私を見て、リゲネラ様が首を傾げている。なんでもないと片手を上げておいた。
子供の相手に疲れたのか、はたまた限界に達したのか。ロジがこちらへ逃げて来る。よく頑張ってくれたなと、抱き上げ撫でてやった。
綺麗な赤い髪をボサボサにしているメイド、クラースニイが大股で近づいて来る。
彼女は満面の笑みで、ロジへ手を伸ばした。
「可愛い犬だぜ! さすがキース様の犬だな!」
パシッとその手がロジに叩かれる。クラースニイの頭の上に疑問符が浮かんでいた。
思わず私も唖然としていたのだが、不思議そうにしながらも、また彼女が手を伸ばす。また叩かれた。
「な、なんでだぜ? あたし悪いことでもしたか?」
「ロ、ロジ? 一体どうしたのだ?」
「グルル……」
威嚇するように声を上げている。
私はクラースニイへ謝罪をし、理由を考えた。
ロジが敵を見るような顔をしている。なぜ? リザードが苦手なのか? そうか、そうなのかもしれない。
シーニイへ目配せをする。彼女も分かってくれたのだろう、小さく頷いた。
「いい子でありますよー」
「ガウッ」
やはり叩かれる。これは予想していたことであり、シーニイも「なるほどであります」と頷き下がった。
リザード族と過去になにかがあった、ということかもしれない。なんせ私は、ロジのことをなにも知らないのだから。
「仕方あるまい。苦手な相手というものはおるじゃろう。のう、ロジ」
リゲネラ様が手を伸ばす。すぐに叩き落とされた。
「わ、わしは竜族じゃぞ!? リザードではない!」
「……」
無言のままロジが目を逸らし、リゲネラ様が口を尖らせる。
先ほどの考えは間違っていた。なら、理由はなにか。
三人の共通点を思い浮かべる。……女性、というだけならば少女も拒絶されたはずだ。ならば、大人の女性が駄目なのかもしれない。
そう告げると、三人も納得する。魔王様と相性が悪かったことも、大人の女性と判断していたからだったのだろう。
「直に慣れるさ。なぁ、ロジ」
「ウー」
手へ体を擦りよせている。一体どんなトラウマがあったのかは分からないが、早く払拭されるといいものだ。
ふと、気配に気付く。それは孤児院の院長だった。
「あらあら、可愛いワンちゃんですねぇ」
「待っ――」
院長がロジへ手を伸ばしている。彼女は初老の女性だ。条件は満たしており、ロジが拒絶することは明らか。
だからこそ止めようとしたのだが、気が緩んでいたこともあり間に合わない。謝罪の言葉が頭には浮かんでいたが、ロジは嬉しそうに撫でられていた。
「躾が行き届いておりますね」
「え、えぇ。ロジは賢いですから」
「本当、人懐っこい子で」
一切の抵抗をみせず、ロジは撫でられている。だが私は混乱の渦中にあった。
それは、共通点がさっぱり見いだせないためだ。
女性であることは関係ない。
年齢も、種族も関係ない。
駄目だ、まるで分からない。
他三人も同じらしく、頭を悩ませている。
だが、私の前に誰かが立つ。顔を上げると、それは魔王様だった。
険しい顔のまま、手を伸ばす。ロジがすぐに指先へ噛みつこうとし、魔王様は手を引っ込めた。
「見たか? この犬は危険だ」
「グルルルルルルルルルル」
「お、落ち着けロジ。申し訳ありません魔王様。しかし、責任は飼い主である私にあります。どうか、この子を躾けるために、少しばかりの時間をいただけませんでしょうか?」
「黙っていろキース! ……ようやく合点がいった。その鼻か? それとも別のなにかか? まぁいい、やることは変わらん」
魔王様は全てを理解したらしく、凶悪な顔でロジを睨みつけている。そしてロジも負けずと、凶暴な目で魔王様を睨みつけていた。私はオロオロしている。
「噛む相手と叩く相手。その違いもよーく分かった。いいだろう、駄犬。戦争だ」
「ガウッ! ガウッ!」
「魔王様落ち着いてください! まだ子供の――」
「キースが誰のものか! それをしっかりと教えてやる!」
二人がバチバチと火花を立てて睨み合っている。これは比喩ではない。魔力が衝突し合い、本当に火花が発生していた。
しかし、だ。
まぁ理由は分かったので、私は顔の前で手を小さく振った。
「確かに配下としてで言えば、魔王様のものでしょう。飼い主、といった意味ではロジのものです。だが根本的には、私は私のものですから」
嫉妬じみたもので所有権を争っている。ならば、私が別に誰のものでもないと伝えれば収まるだろう。
と思っていたのだが、全然駄目だった。
助けを求めるべく、リゲネラ様を見る。ブツブツ呟き悩んでいた。
クラースニイを見る。目が合った瞬間、走ってどこかへ行ってしまった。
ならばとシーニイを見る。一人納得したように頷いていた。
一度、空を見上げる。助けてくれリオン。お前だけが頼りだ。
しかし、ここにリオンはいない。空には彼の顔が浮かび上がり、「すまんな」と笑っていた。
「かかってこい駄犬!」
「グガアアアアアア!」
「転移」
争いが始まる直前、転移魔法を使い家へと帰った。
ロジは周囲をキョロキョロと見ていたが、家だと分かり落ち着きを取り戻したようだ。
……子犬相手に魔王様も大人げない。子供が親を自分の物だと所有権を主張するのは普通のことだろう。
私は小さく息を吐いた。
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