第六話 城内の書庫には危険がたくさん

第六話 城内の書庫には危険がたくさん


 ピラリ、と紙を捲る。


『魔王様が書庫の本をドミノ代わりに使い、満足して帰って行きます。片付けが追いつきません。どうにかしてください。司書』


 本で遊ぶ魔王様は叱る必要があった。しかし、片付けるのは司書の仕事だろう。こういうのはうちではなく司書へ……司書からの手紙だ。匿名希望だと決めつけていた。

 となれば無碍にもできない。

 人手が足りず、どうにもならなくなっているのだろう。

 本日はまだ来ていない魔王様へ、書置きを残す。


『本はドミノではありません。書庫の整理を手伝ってきます』


 これでいい。反省し、整理へ来るかもしれない。

 ということで、本日は書庫の整理に向かうこととなった。



 城内の一階に書庫はある。人はそれなりに来るらしいが、主には研究者などだ。

 中は吹き抜けとなっており、一階部分二階部分を広々と使っており、立ち入り禁止の地下まであった。


 もしかしたら、地下書庫にも入らせてもらえるかもしれない。

 そんな淡い希望を持ちつつ、書庫の扉を開いた。


「だ、だめっすー!」

「ん?」


 扉はピタリと止めたのだが、なにかが倒れていく音、悲鳴が聞こえる。

 空いた部分から覗き込むと、次々倒れていく本を追いかける司書。そして高笑いを上げる魔王様の姿があった。どうやら本日も楽しくドミノに勤しんでいたらしい。

 で、扉がスタート地点となっており、本が倒れていっている、ということだ。


 すでに始まってしまったものはしょうがない。

 諦めて書庫の中へ入り、魔王様へと近付いた。


「魔王様」

「フハーッハッハッハッハッ……キ、な、転移!」


 魔王様は転移魔法を使い、即座に逃げ出した。やれやれだ。

 では本を追いかけている司書と話し、整理を……。

 ダーンダーンダーンと音が鳴り、本棚が倒れ出す。あの大馬鹿魔王様はなにをしてくれちゃっているのだろうか? 労力をかけ過ぎというか、本気で作り過ぎだろう。


 音が止み、目の前には散々たる惨状が広がる。

 あぁ、これでは本の片付けが終わらないわけだ。終わる前にまたドミノが作られ、仕事ばかりが積み上げられていく。まるで私の仕事と同じだ。

 半泣きで崩れ落ちる司書を目にし、深々と溜息を吐いた。



 ふら付きながらも起き上がった司書長の肩を叩く。


「ひゃい!?」

「ペントさん、お手伝いをさせてもらいに来ました」

「キース様ぁ……」


 丸眼鏡を愛用している三つ目の魔族。司書長のペントは、泣き笑いで私を見ていた。

 この広い書庫に司書は四人、司書長が一人。計五人業務を行っている。

 四人の司書たちは疲労困憊といった様子で、机を起こして本を乗せていく。見ているだけで痛ましい。


「なにをすれば?」

「まずは全ての本の傷み具合をチェックするっす……」

「保護魔法が掛けられているはずでは?」

「はははっ、多少落としたりしても大丈夫っすけど、本棚ごと倒されたりしたらその限りじゃないっすね……」


 ペントさんは遠い目で、乾いた笑いを上げている。

 それ以上慰める言葉も浮かばず、私も作業へ取り掛かった。


 本の傷み具合、といったチェックは司書たちへ任せる。私は落ちている本を魔法で集め、司書たちの前へ積み上げていく。

 すぐに終わったので、今度は本棚を立て直す。中に入っていた本を、できるだけ棚毎に分別する。

 ふと気付くと、ペントさん含む司書たちは手を合わせ、私のことを拝むように見ていた。


「キ、キース様がいると仕事がめちゃくちゃ早いっす」

「それはなによりです」


 どうも話を聞くに、普段は一冊ずつ本を集め、みんなで力を合わせて棚を戻すらしい。想像するだけで大変そうだ。

 だが手持無沙汰になってしまった、と思っていたのだが、今度は本を棚へ戻す作業が始まる。よく利用させてもらっているので、棚番を見れば戻すことは難しくなかった。


 司書、か。いいかもしれない。地道な作業、中々誉められない仕事。しかし、私の性格には合っている。

 故郷に戻ったら、村へ図書館を作るのはどうだろう? きっと子供たちも喜ぶに違いない。

 日々本の整理整頓を行い、たまに新しい本を仕入れに旅へ出る。……あぁ、なんとも楽しそうだ。


 まだ遠い未来、しかし遠すぎない話。

 一人楽しく想像をしていると、ペントさんに声を掛けられた。


「キース様、少しいいっすか?」

「はい、どうしました?」

「ちょっと地下書庫を確認したいっす。……どうも魔王様が入った形跡があるっす」

「それはまずいですね。分かりました、同行しましょう」

「ありがとうございまっす!」


 そこは、ありがとうございますっす! じゃないのか。などと、どうでもいい疑問を持ちつつ、私はペントさんと地下の書庫へ向かった。



 司書長のみが持つことを許される鍵で封印を開き、重苦しい扉を開く。

 魔王様がどう侵入したのか? と考える必要は無い。どうせ面白そうだから、と全力で封印を解除したのだろう。そういう御方だ。


 地下書庫に入るのは初めてだが、思っていた以上に新鮮な空気が流れている。ペントさんが言うに、貴重な本が多いから管理体制は上よりもいいらしい。

 しかし、魔王様はここでなにをしたのだろうか? 禁書でも漁っていたのかもしれない。明日辺り、危険な召喚獣でも出現しそうだ。


「……特になにも無いっすね。本も減ってないっす」

「分かるのですか?」

「司書長っすから!」


 彼女は膨大な本を全て覚えているらしい。素晴らしい記憶力だと思ったのだが、恥ずかしそうに、代々司書長に与えられている腕輪のお陰だ、と言っていた。

 それでもやはり素晴らしいことだ。

 私が誉めると、照れくさそうに笑っていた。


 なにも変わりがないのなら、もう出てしまってもいいだろう。踵を返したのだが、ペントさんが突然躓いた。

 とても違和感のある転び方。まるで引っ掛けられたかのような。

 慌てて支えたのだが、彼女は本棚へ強く両手を突いてしまう。倒れこそはしなかったが、本がバラバラと崩れ落ちた。


「ひゃぁっ!? ……って痛くないっす」

「大丈夫ですか?」

「あああああ! キース様、申し訳ないっす! 庇わせちゃってすみませんっす!」

「どうぞ気にせず」


 少し頭が痛いくらいだ、と思っていたのだが指先に小さな痛みを感じる。まずいと思ったのだが間に合わず、赤い滴がポトリと、開かれた本へ落ちてしまった。

 なんとうことだ。貴重な本だと分かっていたのに……。

 すぐにペントさんへ告げようとしたのだが、彼女は屈んでおり、指で細い糸を摘まんでいた。


「あー、これっすね。魔王様が仕掛けたに違いないっす」

「しょうもない悪戯ですな。っと、そうではない。申し訳ない、ペントさん。本に血が――」


 背筋がざわついた。

 強い魔力が、赤い魔法陣から放たれている。魔法陣を出しているのは、先ほど血を落としてしまった本だ。

 血を媒介とし、なにかを発動させてしまったらしい。


「キ、キースさ――」

「転移」


 巻き込むわけにはいかないと、ペントさんを地上へ転移させる。

 しかしレジストされた。地下書庫内で転移はできないようになっているらしい。


「走ってください。私はこれの対処をします」

「あわわ、あわわわわ」

「大丈夫です、落ち着いて」

「わ、分かったっす! すぐにリゲネラ様やリオン将軍を呼んでくるっす!」


 いい判断だ、と頷く。

 ペントさんの背を見送り、私は本へ向かい合った。


 魔法陣からなにかが顔を覗かせる。目が光り、同時に私の足が凍り始めた。

 腕を振り、氷を砕く。足止めのつもりか、仕留めるつもりだったのか。


 手強いな、と睨みつける。

 しかし、その姿を見て動きを止めてしまった。


 銀色の毛並み、赤い瞳。

 子犬は唸り声を上げ、獰猛に目を光らせる。

 その様は、あの子を思い出させるものだった。


 全てへ反発し、力こそが全てで、狂犬のよう。

 だが、どこか寂しそうな目。


 子犬が飛び上がり、肩口へ噛みつく。歯が食い込み、血が流れ出した。

 血を吸っているわけではないようだが、似たような場所を噛んでくれるものだ。

 傷口が徐々に凍り出していることには気付いていたが、そっと子犬の背を撫でた。


「落ち着け」

「グルルルルルルル」

「敵ではない。大丈夫、大丈夫だ」


 抵抗もせず、痛みに耐えながら、優しく体を撫でる。

 この子は怯えてるだけだ。ただどうしたらいいかが分からず、攻撃をしてしまう。

 だから抱きしめてやった。それだけでいい。


 肩口の牙が抜かれる。

 痛みで顔を顰めた。


「……」

「心配ない、すぐ治せる。舐めたら血で汚れるぞ」


 どうやら落ち着いてくれたらしい。

 私は子犬のような生物を抱き抱えたまま、地下書庫を出た。


 すぐにリゲネラ様とリオン将軍が駆け寄ってきたが、事情を説明する。子犬を渡すように言われたが拒否。怯えている子供を投げ出すわけにもいくまい。

 後の片づけは大丈夫だと言われ、私は少し早い退勤を許された。怪我の功名、というやつだ。


 ――翌日。


「おっはよー! キーちゃーん! コーヒー!」

「おはようございます、魔王様」


 ソファで転がっている魔王様の前へ、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを置く。

 席へ戻り作業を始めると、ロジと名付けた子犬が落ちた書類を拾い上げてくれた。

 賢い犬だ、と頭を撫でる。嬉しそうにアオン! と鳴いた。


「ん? んんん? キーちゃん、その子なに? 可愛い!」

「昨日、色々あって拾いました。あまり人に慣れていないため、自分が面倒を見ています。名前はロジです」

「ほほぉー! おいで、おいでロジー!」


 ロジは魔王様をチラリと見た後、ハンッと鼻を鳴らした。警戒心が強い子犬なのでしょうがないだろう。

 だが、魔王様はそうは思わなかったらしい。立ち上がり、ロジへ指を突き付けた。


「犬如きがワタシを愚弄するか。なぜだか親近感の湧く犬だと思ったが、ただではおかん!」

「魔王様、大人げないのでおやめください」

「だ、だってキーちゃん!」

「クゥン」

「よしよし」


 強がっていたが怖かったのだろう。ロジが足へ擦り寄る。大丈夫だぞ、と軽く撫でた。

 しかし、魔王様が騒ぎ出す。一体なんだというのか。


「今! 今この犬! ワタシを見て笑った! むきー!」

「ロジがそんなことをするはずがありません」

「キューン」

「ほら、怯えているではありませんか」

「むきいいいいいいいいいいい!」


 やれやれ、騒々しいことだ。子犬よりも魔王様のほうが、よっぽど厄介だな。

 私は小さく肩を竦めた。


 こうして我がクレーム対応課に仲間が増えた。

 恐らく犬のロジ。封印されていたから危険な魔物かと思ったが、可愛らしいだけの生き物だ。

 ……魔王様との相性は悪いようだが。

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