第五話 一日魔王様

 今ここに、魔王軍のトップ3が集まっている。

 そしてなぜか私も呼び出されていた。重大な会議かなにかだと思われるが、私は必要ないだろう。

 魔王様はニヤニヤと笑っており、とても嫌な予感がする。あれは悪だくみをしている顔だ。

 その予感は間違っていなかったのだろう。魔王様は私たちを見回し、楽しそうに話し始めた。


「どうも最近、皆がワタシのことを軽んじている気がする! だが、魔王の仕事とは大変なものだ。決して簡単ではない!」

「心中お察しいたします」

「仕事に戻っても良いか?」

「……」


 私は頭を下げ、リゲネラ様は戻りたさそうにし、リオン将軍は無言のまま腕を組んでいる。

 しかし、当然解放はしてもらえず、魔王様は背後から大きな箱を取り出した。


「よって、一日だけ魔王を務めさせることにした! もちろんワタシが隣でフォローをする。二人にも付き合ってもらうぞ」

「わしと」

「オレか」


 指差された二人は反論するだけ無駄だと悟ったのだろう。諦め息を吐いていた。

 だが、私はそうではない。指名されたわけではなく、ここにいる必要性も無い。帰ってもいいわけだ。

 ではお先に、といった体で立ち去ろうとしたのだが、肩を強く掴まれる。満面の笑みを浮かべる魔王様がいた。


「引け」

「私がですか?」

「安心しろ。一人一回、当たりが出るまで全ての者に引かせる。ただ一番最初というだけだ」

「なるほど、そういう遊びなのですか」

「遊びではない!」

「失言でした、申し訳ありません」


 あまり深く考えず、箱へ手を入れる。

 一番最初に引かせたかった、最初のほうが当たりにくい。その程度の予想をして。

 箱の中には紙が大量に入っている。適当に掴み、取り出す。二つ折りの紙を開くと、キスマークが描かれていた。


「大当たり―!」


 魔王様がどこからかベルを取り出し、カラカラと鳴らしている。

 当たり、ということは一日魔王様は私ということらしい。

 しかし、この胡散臭いくじ引きには誰もが気付いており、二人が前へ出た。


「いや、さすがに待ってくれ。作為的すぎないか?」

「うむ、同意じゃ。魔王様、その箱を――」

「おーっと手が滑ったぁ!」


 足が引っかかった、という感じに魔王様が動き、箱が宙を舞う。そして落下するよりも早く、炎で灰になった。証拠隠滅は完璧らしい。

 だが納得などできるはずもなく、リゲネラ様が魔王様へ食ってかかる。


「全部当たりじゃろ!」

「知らん」

「燃やしたじゃろ!」

「知らん」


 証拠は無いと、魔王様は高をくくっている。

 ぐぬぬ、とリゲネラ様が地団太を踏む中、リオン将軍が耳元へ口を寄せた。


「いいのか?」

「最初からこうするつもりだったのだろう。魔王様の機嫌を損ねるくらいならば、ままにしたほうがいい」

「なるほど」


 納得したらしく、彼は腕を組んだまま何度も頷いていた。



 で、私は玉座に座っている。正直居心地が悪い。

 本来座るべき魔王様が隣に立っており、左右には将軍と宰相。少し離れてメイド二人とリオン将軍の部下。とても気まずい。

 しかし、そんなことは魔王様には関係が無いのだろう。楽しそうに手を叩き、誰かが中へ入って来た。

 ボロボロなゴブリンだが……見覚えが無い。


 すぐに魔王様が肘で突く。そうか、私がなにか言わなければならないのか。


「面を上げよ。用件を言え」

「ま、魔王様! 村に毒が蔓延してます! 助けてくだせぇ! ……魔王様?」


 異変に気付いたのだろう。ゴブリンは魔王様と私を交互に見ている。村が大変なことになっているのに、本当に申し訳ない。

 リゲネラ様が手短に、代理なので続けよ、と言う。隣に本人がいるにも関わらず代理。ゴブリンは首を傾げていたが、両手を合わせて頭を下げた。


「どうか、どうかおねげぇします! まだ死人は出ていませんが、このままじゃどうなることか……」

「ふむ」


 このような場合はどうするのか? 全面的に任せると言われている以上、どう動くかも考えねばなるまい。

 と思っていたのだが、魔王様が私の肩を叩いた。


「やれやれ仕方ないな。どれ、手本を見せてやろう。……リゲネラ、やっておけ」

「はいはい、分かりましたやっておきましょう」

「待て待て待て待て」


 ドヤっている魔王様と、諦め慣れているリゲネラ様を止める。

 やっておけはないだろう、やっておけは。

 私は慌てながらも二人を呼び寄せた。魔王様も不思議そうな顔をしながら、後ろから顔を覗かせていた。お前はどんな統治をしているのだ。

 いや、部下に任せるのは悪くないのか? できることはやらせればいい。無能な働き者よりも素晴らしい。


 だが、本日は私が魔王だ。私なりのやり方でと思い、口を開いた。


「アズラールへ連絡し、派遣する人員を用意させろ」

「シーニイ、アズラールの元へ」

「仰せのままにであります」


 少し離れていたシーニイが素早く出て行く。


「リゲネラ、リオンは手の空いているラミアを用意させてくれ。ラミアは毒に長けており、解毒を行える者もいる」

「おぉ、なるほど。了解した」


 二人は部下へ命じ、ラミアの人選をさせる。

 しかし、まだ終わりではない。


「解毒を覚えたい者、解毒の素養がある者。そういった者も経験者の下につかせろ。良い経験となるだろう。後、物資は潤沢に送ってやれ。村人は毒で弱っているはずだ」

「スカー……」

「分かったぜ!」


 リゲネラ様が名前を言い終わる前にスカークニイは飛び出して行った。あれで優秀だから大丈夫だろう。

 その後、細かい打ち合わせを行う。多少の時間かかったがいいだろうと、ゴブリンを退出させる。何度も頭を下げ、涙を流しながら出て行った。


「では次を」


 このように出来る限り二人に話を聞き、修正を行いながら魔王様の仕事を代理した。



 そして本日の分が終わり、四人で食事を始める。

 しかし、私たちは口を開かなかった。


「……」


 魔王様の機嫌が悪いからだ。

 頬を膨らませてこそいないが、明らかにムスッとしている。理由は明白であり、ナプキンで口元を拭い立ち上がった。

 隣へ立つと、不機嫌そうな魔王様と目が合う。私は深々と頭を下げた。


「至らぬ采配ばかりだったと思われます。申し訳ありません」

「……」


 一言も口を聞いていただけない。かなりご立腹なようだ。

 私は困っていたのだが、リゲネラ様がケタケタと笑い出した。火に油を注ぐ行為はやめていただきたい。


「キース、お主は勘違いしているぞ? 魔王様はいつも『任せた』で済ませているからな。お主がうまくやっていたため、拗ねているのじゃ」

「そ、そんなことはない」

「困っていたら助言をし、いいところでも見せたかったじゃろ。キースも空気を読んでやらんか」

「違うと言っているだろう!」


 魔王様は机を強く叩き、そのまま立ち去って行った。

 あー、確かに彼女にはそういうところがあったな。困っていたら手伝い、偉そうな顔をする。そこを誉めてやると喜ぶ、というところが。

 一日魔王様で気負っていたため、顔を立てる、ということを忘れていた。失態だったと言えるだろう。


「少し外します」

「おう、分かった。よろしく頼む」


 リオン将軍は微妙に申し訳なさそうな表情だったが、リゲネラ様は鼻を鳴らした。


「放っておけ放っておけ。自分がどれだけやっていなかったか、ということが分かっただけじゃ。反省させておけばよい。……それよりもどうじゃ? これからは魔王様の補佐もやるというのは」


 私は首を横へ振る。本気では無いと分かっているから。


「ご冗談を。魔王様以外に魔王は勤まりません。それはリゲネラ様も良く分かっていらっしゃるのでは?」

「……ふん」


 それ以上はリゲネラ様も言わず、私は頭を下げてその場を後にした。



 魔王様の部屋へ向かうと、扉が吹き飛んでおり兵が倒れていた。誰がやったのか、などということは考えるだけ無駄だろう。

 静かに覗き込むと、魔王様が枕へ顔を埋めて寝転がっていた。

 扉が無いため、壁をノックして声をかける。


「よろしいですか?」

「……」


 返事は無い。なので、わざとらしく足音を立て中へ踏み入った。

 ピクリと反応はしたが、顔は上げてくれない。

 私は隣へ立ち、深々と頭を下げた。


「魔王様が居てくれましたので、なんとかやり遂げることができました。ですが、やはり自分には荷が重い仕事でした。本日は良い経験させていただき、ありがとうございます」

「……」

「お疲れでしょうし、失礼いたします」

「んっ」


 踵を返したのだが、魔王様が短く声を出したので振り向く。

 自分の頭を指差していた。……やれやれ。

 見られても事だと思い、扉を修復し、兵を治療して立たせる。見張りがいれば、勝手に入る者もいないだろう。


 昔を思い出しつつ、ベッドへ腰かけ頭へ手を伸ばす。そして出来るだけ優しく撫でた。

 ふてくされたときはいつもこれだ。今でも変わっていない。


「うひっ、うひひっ」


 嘘だ、変わっていた。変な声をあげだしたので、撫でるのを止めて立ち上がる。


「キーちゃんもっと! 後、血を吸わせて!」

「元気になられたようですので、自分はこれで」

「馬鹿ー!」


 そそくさと部屋から出る。扉を閉じると同時に、なにかが飛んできて扉へ当たった。恐らく枕かなにかだろう。


 こうして私はなんとか一日魔王様をやり遂げることができた。

 ……しかし、一つ気になっていることがある。

 私の一日遅れた仕事は誰が助けてくれるのだろうか?

 残念ながら、答えてくれる者は誰もいなかった。

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