第四話 実は友人です

第四話 実は友人です


 仕事を終え、フードで顔を隠して酒場へ向かう。

 この酒場は個室があり、密会などによく使われる。なので私も彼と飲むときはここを使用していた。色っぽい密会でないのは少し残念だ。


 店員が扉を開き、中へ入る。後ろの扉が閉じられ、もう一枚の扉が開かれる。二重扉で万全の備えだ。

 私の顔を見て、先客が酒の入ったグラスを掲げた。


「おう、お疲れ」

「あぁ、そちらも」


 早いな、たまにはな、と定番の会話を交わし、席へつく。すぐに彼が自分の飲んでいた酒を空いたグラスへ注いで、机の上を滑らせた。

 カチン、とグラスを合わせる。少しだけ口へ含み、味わった後に呑み込んだ。


「うまい」

「いいやつを頼んだからな」

「なるほど、悪いな

「おいおい、まるでオレが奢るみたいに言うなよ


 獅子の獣人、魔王軍では将軍という立場にある友は、勘弁してくれよと困った顔を見せていた。

 最初から二人で払う算段だったらしく、中々に強かなやつだ。


 実は私と彼は友人で、こうしてたまに飲みに行く。魔王城へほぼ拉致同然で連れて来られてから一年。心許せる同性の友というのは、なににも代え難いものだ。


「この間はすまなかったな」

「魔王様の乱入事件か? 仕事上の立場としてならば、おいおいお前がどうにかしろよ、という感じだ。しかし友人としてならば、仕方ないだろう、と思っている。よって気にするな」

「魔王様はキース以外が言っても気にも留めんからな。独裁者もいいところだ」


 いい魔王様なんだがな、とリオンは楽し気に言う。だがすぐに、問題ばかり起こすけれどな、と肩を竦めた。全くもって同感だ。

 仕事のこと、プライベートなこと。それを楽しく、笑い話にする。仕事を続ける上で、ストレスを溜めない一つの方法だろう。


 しかし、毎度のことながらリオンが自慢話を始めた。


「うちの嫁がなー」

「ふむ」

「娘もなぁ」

「ほう」


 私には嫁がいない。だが娘、というのは少しだけ分かる。血の繋がりはなくとも、村にいるときは子供の面倒をよく見ていた。

 子供の成長は早い、と懐古の念を覚えつつ聞く。きっと村の子たちも大きくなっているだろう。……いや、一年ではそこまで大きくならないか。少しは大きくなっているだろう。


 ふと、リオンが話をやめてこちらを真っ直ぐに見ていた。

 なにか大事な話か? 先程まで、パパ足臭い、と言われたとへこんでいたはずだが……。

 しばし待つと、リオンはグラスの中身を一気に呷り、息を吐いた。


「で、キースはどうなんだ?」

「どう、とは?」

「惚けるな。魔王様とのことだ」

「真面目に問題解決へ取り組みを――」

「好かれてるだろ」

「そっちか」


 まぁ彼にならば隠す必要もなく、グラスを持ったまま肘をついた。


「魔王様は、心が子供のまま体だけ大人になっている」

「案外見てるんだな。キースはムッツリ野郎ってことでいいか?」

「否定はしない。だが、話したいことはそこではない。彼女は、恋に恋しているだけ、ということだ」

「ふむ」


 魔王様は……タラネは、我慢ができない子供のままだ。

 小さいころと変わらず私に甘えている。力が強く、叱ってくれる相手も少なかったため、ちゃんと言ってくれる自分を特別に見てしまっていた。

 恋、愛ではない。恋がしたく、恋に恋をしてしまっている。その相手が、少しだけ特別な異性。私だったということだ。

 話を聞き、リオンは呻き声を上げた。


「……まぁ、否定するのは難しいな。納得できる部分も多い」

「近くで見ていれば分かる。その気は無いが、私が彼女を押し倒したとしよう。恐らく動揺し、魔法をぶっ放して逃げるだろうな」

「その光景が目に浮かびやがる」


 だから、私は彼女の好意には気付かないフリをする。それが本物では無いと分かっているから。

 理性ある大人として、小さいころからよく知っている保護者として、私が望むのはタラネの成長と幸せだけだ。

 しかし、リオンは顔を曇らせていた。


「キースが城へ来たくなかったことは分かっている。だが、もし魔王様が成長し、お前を必要としなくなったらどうするんだ? 帰るのか?」

「もちろんだ。元々この場所は性に合わん」

「なら、もう一つだ。お前と魔王様。どちらかが本気になったらどうする?」


 中々に興味深い質問だ。それは想定していなかった。

 すぐには答えられず悩まされる。


 タラネが本当の恋を知ったとしても、相手は自分じゃない。漠然とだが、そう決めつけていたからかもしれない。

 ……しかし、その相手がもし自分だったら、か。


「本当に私が好きだと言うのなら、真剣に考えるさ。そうなればだがな」

「なら、お前が本気になった場合は?」


 少しくどいな、と思ったが真面目に心配してくれているのだろう。よって、私もちゃんと答えねばならない。

 現在、私は彼女に好意を持っている。だがそれはあくまで可愛い妹分としてだ。家族愛に近いかもしれない。

 だが、これが一人の女性への愛に変わったら? 少しだけ想像し、頬を緩ませた。


「口説くな」

「おぉう、これは予想外だった」

「彼女が魔王であろうと関係ない。全身全霊で口説く。そして何度フラれてもアタックする」

「お、おぉ……」

「で、彼女に好きな人ができた時点で諦めるだろうな。幸せであってくれることが最優先だ」


 しかし、好きになれるとは思えず、好きになってもらえるとも思えない。魔王様と付き合うなどと恐れ多い、と思っているからだろうか。

 リオンは複雑な表情で、空いたグラスへ酒を注いだ。そして何度目か分からない乾杯をする。

 こんな話をしている辺り、私も彼もかなり酔っているようだ。


「よし、魔王様のことは分かった。次は好きな女のタイプでも聞かせろ」

「この間も似たようなことを聞かれたな……。特に無い。好きになった相手がタイプだ」

「それはつまらん。せめて具体例を上げろ。魔王軍の中でなら誰がいい?」

「むぅ」


 難しいことを言う。

 顔を知っている、という相手ならたくさんいる。だが、一緒に食事をしたり、遊びに行ったり。そんな関係を築けている相手はいない。魔王様は除く。


 ……参った、本当に浮かばない。案外私は駄目な男なのかもしれない。

 仕方なく、当たり障りのない相手を上げさせてもらった。好意はなくとも、敬意は持っている相手を。


「リゲネラ様だな」

「ぶほっ」


 リオンが吹き出した。私は濡れた顔を布で拭く。彼も慌てて拭いてくれた。

 しかし、なぜ驚いたのだろうか?

 彼女は仕事ができる。気も利く。立場もある。しっかりとしている。魅力的な女性ではないだろうか?

 私は不思議に思っていたのだが、リオンは恐る恐るといった感じで聞いてきた。


「いや、その……あぁいうのがタイプなのか?」

「タイプ、と言われると困るな。魅力的だとは思うが」

「……そうか」

「あぁ、そうだ」


 彼はその後、店を出るまでなんとも言えない顔をしていた。

 そんなにおかしいことを言っただろうか? 正直、まるで分からない。……だがまぁいい、どうせここだけの話だ。

 私は飲み過ぎてフラフラになっているリオンを家へ送り、帰路へついた。


 家へ帰ると、魔王様が人のベッドで寝ていた。布団が捲れていたので掛け直す。この子は小さいころから寝相が悪い。

 水を一杯飲み、ソファへ横になる。すぐに微睡が訪れ、私は静かに眠りへついた。

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