第三話 増員されないクレーム対応課

 ご自分の仕事がないのか、魔王様は室内のソファでゴロゴロと怠惰に過ごしておられる。こちらは仕事中だというのに、お構いなしに話しかけてくるので困ったものだ。

 ……しかし、これくらいならばいいだろう。村にいるときも、子供たちに纏わりつかれながら仕事をしていたので、そこまでの違いは無い。


 一仕事片付け、息を吐く。

 今日は魔王様へのクレームが少なかったため、僅かばかりだが時間の余裕があった。


 こういったとき、必ずやっていたことがある。

 本日もそれは変わらず、向かうべく立ち上がった。


「キーちゃんどこ行くのー? ワタシも行くー」

「リゲネラ様の元へ」

「いってらっしゃーい」


 魔王様が唯一苦手とする相手。それがリゲネラ様だ。

 向かうと伝えただけで大人しくなり、ついて行こうなどとは決して言わない。助かると言えば助かるのでいいだろう。

 私はいくつかの書類を手にし、すでに寝息を立て始めている魔王様を残して部屋を出た。もちろんこの姿を見られては困るため、ロックはしっかりとして。



 リゲネラ様の部屋は両扉になっている。

 そしてその前には必ず二人のメイドがいた。

 背まで届く赤い髪をしたリザード。名前はクラースニイ。

 青い髪を首元で束ねているリザード。名前はシーニイ。

 双子は私の姿に気付き、恭しく頭を下げた。


「宰相はいらっしゃるか?」


 片方が中へ声をかけ、扉を開く。

 軽く会釈をし、中へと入った。


「キースか」


 声を掛けられ立ち止まり、頭を深く下げる。

 金色の髪、金色の目。

 見た目は十二歳ほどの子供だが、年齢は五百を超えているらしい彼女は、魔王様の片腕だ。ちなみにもう片腕がリオン将軍である。

 魔王軍のトップ3の一人。そのことはよく理解しており、許可なく頭を上げるようなことはできない。

 しかし、リゲネラ様は呆れたような声を出した。


「他に誰もいないときにまで、そう礼儀正しくするなと言っているだろうに」

「いえ、誰も見ていなくとも敬意とは払うべきものです」

「やれやれ……座れ」


 リゲネラ様は肩を竦め、二人のメイドへお茶の用意をさせる。シーニイがすぐに準備をし、クラースニイはなぜか私の肩を揉もうとしていた。

 必要ない、と断る。だがまぁまぁと気安い様子で肩を揉み、動きを止めた。


「キースさん、肩がガッチガッチだぜ?」

「お疲れなのであります」

「いや、そんなことはない。リゲネラ様に比べれば、自分などは全然だ」


 率直な感想を述べたのだが、双子はリゲネラ様をじっと見ている。彼女も彼女で、両手を頭の後ろで組み、口笛を吹きながら目を逸らしていた。もしかしたら、今日はそこまで忙しくないのかもしれない。

 タイミングが合うとは都合がいいと一人頷く。


 では話をと思い顔を上げたのだが、リゲネラ様は何かを言う前に首を横へ振った。


「無理じゃ」

「……まだなにも言っておりませんが?」

「色々と裏で手を回したのだが、効果は出なかった。ちょうどいいので理由を話そう」


 私たちが最初にする話はいつも同じだ。

 クレーム対応課へ人を増やしてもらいたい、という嘆願。

 いつもはそれとなく誤魔化されていたのだが、どうやら動いてはくれていたらしい。打つ手が無さそうな言い方も気になり、話を聞くべき居住まいを正した。


「まず、クレーム対応課へ入りたいという者がいない。理由は、魔王様関連のことが多いと誰もが知っているためじゃ」

「ふむ、ごもっともです」


 確かに嫌だろう。私は魔王様をよく知っているので大丈夫だが、それでもたまに「面倒だなこいつ」と思うことはある。

 しかし、リゲネラ様が探して駄目、というのは意外だった。

 魔王様は力と勘で統治をしており、細かいことはリゲネラ様とリオン将軍に丸投げしている。つまり、裏の支配者というか苦労しているのが二人だ。


 だがまぁ私も、無理矢理入れても続かない、本人の意思を尊重したい。と伝えてあったし、しょうがないことなのかもしれない。

 ……別の手段で探さねばならないか。

 やはり自分で張り紙でもし、チラシを配り、面接をするしかないだろう。

 そう思っていたのだが、リゲネラ様の話はまだ終わっていなかった。


「どうにかしてやりたいのだがな。キースが来てから仕事はとても楽になった。あの・・魔王様相手に、ちゃんと説教できる相手などはいなかったからな。二言目には『死にたいのか?』と脅しておった」

「なんとも魔王様らしいことですね」

「無駄にカリスマだけはあるからな」


 まるで人気の無かった先代に比べ、現魔王様は人気がある。

 強く美しい。そして逆らったなどという理由で処断はしない。せいぜいぶっ飛ばして病院送りにするくらいだ。うむ、あまり変わらないかもしれない。

 だが、人気があることは事実だ。案外魔王軍はドMなのかもしれない。


 おっと、思考が逸れていた。

 私としては、どうにか人員を増やさなければならない。

 今のままでは永遠に仕事が増え続け、死ぬまで終わらない状態となってしまう。

 口元に手を当て考え込んでいると、少し迷った素振りの後、リゲネラ様が口を開いた。


「実は、他にも理由がある」

「他、ですか?」

「うむ。クレーム対応課へ人を増やすという話が出た際、魔王様が二つの条件を出された」

「ほう」


 正直、少しだけ感心していた。

 魔王様は好き放題やっているだけに見えていたが、どうやら私のことを心配してくださっていたらしい。

 条件を出したということは、変な人材が入らぬよう留意して下ったのだろう。ありがたい話だ。

 いつまでも子供のままではないのだなと、頬が緩む。しかし、すぐに引き攣ることになった。


「一つ目は女は所属させないじゃ」

「……ふむ?」


 最初は意味が分からなかった。しかし、すぐに思い至る。

 クレーム対応課は多くの人と話す。その中には、威圧的な態度をとる者も少なからずいた。

 女性が危害を加えられたら、と考えられたのだろう。さすがは魔王様だ。


「まるで違うことを考えていそうじゃが、二つ目を言うぞ? 二つ目は魔王様が直々に面談を行うこと。適性を考え素晴らしい人材を選んだつもりだったが、全員が入った瞬間落とされた」

「ふむふむ?」


 さすがにこれはまるで分からなかった。


 まず、入りたくない人ばかりであった。

 だから、適正のありそうな人選をした。

 女性は駄目だ。

 魔王様が直々に面談をする。

 だが、話すことすらなく落とされた。


 ……なるほど、分からん。

 首を傾げる他なく、右に左に、何度か傾げた。駄目だ、理解できない。

 しかし、崇高なお考えがあるのだろう。決して、最初から誰も入れるつもりがなかった、女にデレデレするのが許せない、などではない。私は魔王様を信じている。

 なので悩んだままリゲネラ様へ告げた。


「困りましたね」

「お手上げじゃ。なので、キースが共に仕事がしたい者がいないかを聞きたい。できるだけ便宜を図ろう」


 これはありがたい申し出だ。

 何人かの候補者を浮かべ、いくつかの質問をした。


「……それはどなたでもいいので?」

「あぁ、言うだけならタダじゃ」

「現在の仕事や身分などを気にせずとも?」

「うむ。もっとも優れている者を上げよ」

「ではリゲネラ様を」

「分かった、話を通しておこう。……うむ?」


 リゲネラ様はキョトンとした後、しばし黙り――慌てだした。


「だ、駄目じゃ駄目じゃ! 冗談は大概にせい!」

「冗談ではなくもっとも優秀な人物を選びました。が、無理なのは当然ですね。違う候補をあげさせていただきます」

「う、うむ。誘ってもらったのにすまんな」


 嬉しかったのか、照れ笑いをしているリゲネラ様を温かい目で見た後、次の候補を上げる。リオン将軍だ。すぐに却下された。

 魔王軍のトップ2は駄目。これは分かり切っていたことだが、誰でもいいと言われたので、つい名前を上げてしまった。茶目っ気というやつだ。


 さて、現実的なところへ変えるか。まだ少し厳しいかもと思いつつ、私は双子へ目を向ける。

 シーニイが頭を下げ、クラースニイが手を上げ応じた。


「シーニイはどうでしょうか?」

「誰がわしのおやつとお茶を用意するんじゃ! 却下じゃ!」

「駄目ですか。では――」

「ちょーっと待つんだぜ!」


 会話へ割り込んだのはクラースニイだ。

 彼女は私の横へ座り、腕へ豊満な腕を押し付けた。柔らかい。ドンドン押し付けていただきたい。


「シーニイの名前が先に上がったのは納得できない。あたしが先じゃないのか?」


 ポーカーフェイスには自信がある。顔には一切出さず、私は感触を堪能した。

 だがいつまでもこれでは怪しまれるので、頷くことで誤魔化す。


「クラースニイを下に見たわけではない。ただシーニイのほうが向いているのでは、と思っただけだ」

「おいおい冗談だよな、キースさん? あたしのほうが色々と癒してあげられるぜ? シーニイよりでかいからな!」

「聞き捨てならないであります」


 同じくらいだろう、と言いかけたのだが、それよりも早くシーニイが隣へ座った。もちろん胸が押し付けられている。ここが天国か。

 これが好かれているのならば言うことはないのだが、実際はどちらが上かと競っているだけだ。少し切ない。

 しかし、それはそれ、これはこれ。私は嬉しく思いながらも、困った顔を見せておいた。


「……キース。前から一つ聞きたかったのだがいいか? 後、二人はやらんぞ。わしが可愛がっているからじゃ」

「残念です。で、聞きたいこととは?」

「お前は女に興味が無いのか?」

「なんと。どうしてそのようなことを?」


 これには正直驚いたのだが、話を聞けば納得せざる得なかった。

 魔王様に言いよられているのに平然としている。

 うちのメイドに言いよられても顔色一つ変えない。こいつらが可愛くないのか! 許さんぞ! いや、手を出すのも許さんが! と理不尽な感じに。

 思っていた以上に、私のポーカーフェイスは効果を発揮していたらしい。


「魔王様に言いよられている、というのは誤解です。自分は良き兄として接しております」

「なんじゃその鉄壁の理性は」

「お誉め頂き光栄です」


 その後はなぜか好きなタイプなどの話へ変わり、ほうほうのていで私は逃げ出すことになった。女三人揃えば姦しい、とはこのことだろう。

 結局、クレーム対応課の増員は見通しが立たないらしい。世知辛いものだ。

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