過去話1 こうして魔王軍へ入ることになった
私は辺境の村で村長の補佐を行っていた。
この村は少し特殊で、迫害された者たちが種族を問わず集まっている。
人であり、魔族であり、亜人であり、魔人であり。
魔人、というのは魔族と人の間に産まれた子。両方から疎まれ、そのほとんどが能力も中途半端。この世界でも立場も力も弱い存在だった。
そして私もこの村へ赤子のときに捨てられていた魔人。もし違う場所であったならば、優しく温かい人々に育てられることはなかっただろう。
いつものように村の厄介ごとへ対応をしていると、一人の子供が飛び込んで来た。
「キース兄ちゃん! 大変だよ!」
「またか?」
「う、うん」
やれやれと、呆れつつ家を出る。どうやらまたあいつが暴れているらしい。足早へ広場へ向かった。
町の広場へ辿り着くと、自分よりも大柄な相手を足蹴にし、腕を組んでいる銀髪の少女が目に入った。
「タラネ!」
「あ、キーちゃふぎゅっ」
拳骨を落とし、腕を引いて退かす。
倒れている子供たちへ回復魔法を使い、汚れを払ってやった。
「喧嘩両成敗、と言いたいがやりすぎだタラネ。……お前たちもあまり喧嘩をするな」
「いや、だって――」
「私の言うことが聞けないのか?」
ジロリと睨みつけると、子供たちは元気よく返事をして立ち去って行った。
大した怪我ではなくてよかった、と立ち上がろうとする。背に衝撃が走り、両手を地面へ突いた。タラネが飛びついて来たのだ。
「痛いよキーちゃん!」
「痛いのはこちらだ。で、今度はどうして喧嘩をした? あぁいや言わなくていい。また、誰が一番強いかを決めよう! という流れだろう。やるな、とまでは言わない。だが程度を考えろ」
「弱いのが悪い!」
「馬鹿者」
振り解き、もう一発拳骨を落とす。
一概にタラネが全部悪い、とは言えない。彼らもノったからこそ、喧嘩紛いのことが起きたのだから。
しかし、やはり程度は知ってほしい。タラネは、大人でも太刀打ちできないほどに強い力を持っているのだから。
いや、考えているのかもしれない。怪我は深くなかった。
「むぅ」
「また難しいこと考えてるでしょー! 血吸っていい?」
「駄目だ。……肘から血が出ているな。見せてみろ」
「大丈夫だよー」
「見せろ」
渋々とタラネが傷を見せる。深くはない。これならば傷跡も残らないだろう。
ホッとし、治療をする。タラネはなぜかニマニマと笑っていた。
「心配しすぎ!」
「当たり前だ。将来、傷でも残れば目も当てられん。戦士にでもなれば別だが、女性は美しくあってほしい。そう考えるのは自然なことだ」
「キーちゃんワタシのこと好きすぎー!」
「お前以外でも同じことだ。この村にいる者は、全てが家族なのだからな」
他に行き場もなく、追い詰められた者たち。
理解しているからこそ、私たちは隣人を大切に扱う。迫害せず、協力し合う。それが尊く美しいことだと、しっかりと教え込まれていた。
タラネを背負ってやり、家まで送り届けてやる。
私は村長に育てられた。そして、彼女は隣の家へ住んで居る。帰り道は同じということだ。
服の汚れは落とせず、タラネは両親に叱られる。
もう注意しておきましたので、と頭を下げておいた。
いつものやり取り、変わらぬ日常。
だが、少しだけ不安になる。強くありたいと願う、とても強い力を持った少女。タラネには、この村は狭すぎるのかもしれない、と。
そして、それはすぐに現実のものとなる。
タラネの両親もやはり普通では無かったのだろう。魔王様へ呼ばれている、と村を出て行くことを告げた
必ず迎えに来るから! 絶対だから! と泣きながら言うタラネの姿を見送る。
姿が見えなくなり、よく彼女が喧嘩をしていた広場へ向かう。当然誰もいない。胸の内が落莫たる気持ちに包まれた。
――十年後。
私は三十五歳になっていた。
とはいえ、魔人の寿命は長い。見た目は老けたがまだまだ元気だ。
十年間で大きく変わったことはなく、村長の補佐を続けている。だがたまに、あの騒がしく喧嘩っ早い少女のことを思い出していた。元気にやっているだろうか。
いつものように村の厄介ごとへ対応をしていると、一人の青年が飛び込んで来た。
「キースさん! 大変だ!」
「また――どうした?」
十年前によく有った光景。つい、またか、と言いそうになってしまった。もういないというのに。
自分に呆れていたのだが、そんな場合ではないらしい。彼の顔は青ざめており、ただ事ではないのが分かった。
「む、村に魔王軍が向かってて……」
「分かった、すぐに向かう。村長にも伝えてくれるか?」
「村長は先に行ったよ!」
「さすがだな。助かる」
礼を述べ、足早に家を出る。
ほぼ隠れ里のような場所。知っている者も多くない。軍が来る、などということは考えられないことだ。
……しかし、実際起きてしまっている。
狙いはなんだろうか? 差し出せるような税はない。……徴兵、だろうか。
現在、戦争というほどの規模の争いはない。境界線での小競り合いがせいぜいだろう。
だが、もし徴兵だったならば? 徴税だったならば? 嫌な予感に顔を顰めざる得なかった。
村の入口には農具を手に持ち、震えている村民。その一番前には村長の姿が見える。
私が来たことへ気付いたのだろう、道が開ける。速度を上げ、村長の隣へ並んだ。
「遅くなりました」
「い、いや大丈夫じゃ。まだなにも起きておらん」
少し安心しつつ、前を見る。
全身に鎧を身に着けている者。巨大な武器を手にしている者。なるほど、これが魔王軍か。恐ろしいほどの魔力が周囲を包んでいる。
気になるのは一番前にいる獅子の獣人。ではなく、さらにその奥から感じる魔力だった。
まずいな。あれと戦うことになれば、村民を守り切るのは難しいかもしれない。
手強い相手ばかりがいる。姿は見えていなくとも、厄介だと分かっている存在も検知している。ハッキリ言って、最悪の状況だ。
近くの者に顔を寄せ、逃げ出す準備をさせるよう告げる。すでに手遅れかもしれないが、一人でも多く生かさねばならない。
村長と目が合う。ここは私に、と目で訴えたのだが首を横へ振られる。あぁ、分かっていた。私は村長の覚悟を知り、頷くしかなかった。
「魔王軍、の方々ですな? 一体どのようなご用件でしょうか? わ、渡せるお金などはありません」
震えた声で村長が聞く。
獅子の獣人が一歩前へ出て、口を開いた。
「安心しろ、徴税ではない。この村からとれる税など無いだろう。資源もな」
「……では?」
やはり徴兵か、と判断する。
この村には争いを避けるべく集まった者しかいない。何度も確認していることであり、兵になりたい者はすでに村を出ている。つまり、自分の意思で行きたがる者は残っていないのだ。
軍なのだから、山賊紛いに人を攫うようなことはしない。そう信じたい。
だが、もし強制的にと考えているのであれば……抗うしかない。
息を整え、いつでも動けるようにする。せめて多くの村民が逃げられるよう、時間を稼がねばいけない。
だが、一人の声が状況を変えた。
「道を開けろ」
それは透き通るような声だった。
見渡す限りの兵が道を開け、獅子の獣人ですら横に移動する。どうやら、この中で一番偉い者が出てくるらしい。
開かれた道の中央を彼女が歩く。
腰まで届く銀色の髪、頭には一対の羊のような角、切れ長の赤い瞳。
黒いドレスを身に着け、肩にはその瞳と同じ赤いショールを羽織っていた。
女性は颯爽と足を進める。
強大な魔力の正体はこいつだ、と姿を見て確信していた。
目的は徴税ではなく、恐らくは徴兵。ならば傷つけ殺すことはデメリットしかなく、交渉の余地はある。できる限り話を引き延ばし、逃げる時間を増やさなければならない。
彼女が足を止めるのを、佇んだまま待つ。だがなぜかその足は止まらず、こちらへ向かっている。
ほぼ触れ合っているような距離となり、彼女は自分の首へ手を回した。
首筋に僅かながらも鋭い痛み。
なにかが抜けていく。この感覚には覚えがあり、血を吸われているのだと気付いた。
両肩を掴んで引き剥がす。しまった、まずは私を弱らせる考えだったのか。
すぐに行動へ移すと思っていなかったため、完全に油断していた。
だが、まだ大丈夫だ。力は十分に残っていると、女性を睨みつけた。
彼女は口端から血を滴らせ、穏やかに微笑んだ。
ふと、十年前に出て行った少女の姿が脳裏に過る。
まさか、と首を横へ振った。
戸惑いを隠せずにいると、女性が口を開く。
「約束通り迎えに来たぞ、キース」
「約束……? いや、それよりもなぜ、お前が私の名前を知っている」
「魔王様への口の利き方に気を付けんか!」
獅子の獣人が怒鳴りつける。
魔王、だと? 驚きを隠せない。
魔王軍だということは分かっていた。しかし、まさか魔王本人が来ているとは思っていなかった。
だが知らなかった、で許されるだろうか? 魔王が代わったことは知っていたが、力で立った人物と聞いている。
それでも前の残虐な魔王に比べればいい、と思われている辺りが、先代の嫌われ方を証明しているが……。
この時、ある考えが浮かんだ。
自分の首を差し出すことにより、村を救えないか、と。
価値がある、などとは思っていない。しかし、溜飲を下げることくらいはできるのではないか?
可能性があるのならば、と口を開こうと――。
「黙ってろ」
「ぶほぉっ!?」
獅子の獣人が魔法で吹き飛ばされた。
なにが可能性があるのならば、だ。自分の考えがどれだけ愚かで甘いかを理解する。
この魔王は、話が通じる相手ではない。
できることは、少しでも時間を引き延ばし、抗うこと。当初とやるべきことは変わっていない。
だが、なぜだろうか。この魔王は私の腕を引き、周囲から離れた位置へ移動をした。
一対一、ということか。力を見せつけ、他の者の心を折るつもりなのだろう。
拳へ力を入れる。しかし、彼女は頬を膨らませた。
「約束忘れるのはどうかと思う」
「……?」
「迎えに行くからって言ったじゃん! そりゃ確かに好き放題暴れてたから? 気付けば魔王とかになっちゃってたけどさ?」
「……まさ、か」
そんなわけが、と狼狽する。
しかし、決定的な一言を彼女が放った。
「約束を忘れたら駄目だって、キーちゃんが言って――もが」
咄嗟に口を塞ぐ。恐る恐る周りを見たら、口を塞いだだけで殺気立っていた。
今度は慌てて手を放す。こんな状況、一体どうしろと言うんだ。
徴税ではない、徴兵でもない。
この村を知っていたことも当然。
私は動揺したまま、その名を口にした。
「タラネ、か?」
「まさか気付いてなかったの!?」
「落ち着け、声を抑えろ。……気付かなかったのはすまなかった。まさか、こんなに美しくなっているとは思ってもいなかった。それと約束のことだが、当然覚えている。しかし、あれは一方的なものだ。私は了承していない」
「美しくって……やだ、もうキーちゃんったら」
タラネは体をくねくねとさせている。
しかし、今はそれに付き合っている暇がない。
目的を聞かねばと、声を潜めて聞いた。
「村には、どういった用件で来た?」
「キーちゃんを迎えに来たんだよ?」
「つまり、私が行けば村にはなにもしない。そういうことか?」
「よく分からないけど、村になにかするつもりはないよ?」
その言葉を聞き、胸を撫で下ろした。
少し待つように告げ、村長の元へ行く。事情を説明し、自分と村長以外の者を解散させた。訝しんではいたが、信用してもらえているのだろう。少しずつ帰って行った。
こうなれば話は早い。
安心し、タラネへと話しかけた。
「大ごとにならず良かった。だが、私は共に行くつもりはない。元気そうなお前が見られて良かった。それだけで十分だ」
そもそもなぜ一緒に行くのかも分からず、当然の如く断る。
しかし、タラネは絶望した表情になった。泣きそうになり、怒りそうになり、また泣きそうになる。そして表情が消えた後、ポンッと笑顔で手の平を叩いた。
「リオン」
「はっ、なんですか魔王様」
「ワタシは魔王を辞める。この村へ住む」
「……は?」
「ちょっと待った」
タラネを連れ、もう一度離れる。
尊大な、威厳のある話し方を作っていたことなどはどうでもいい。今、なんと言った? 魔王を辞める、だと?
魔王になりましたー、魔王辞めまーす。そんな簡単なことなのだろうか? そんなわけがない。これは大ごとだ。
どうすればいい、どうすればいい。誰も教えてくれず、村長も目を逸らしている。リオンと言う獣人も唖然とし、兵たちも騒然としている。当たり前だ、当然だ、どうすればいい。
そもそもタラネが魔王を辞めたらどうなる? この村へ住むということは、軍のやつらが何度も来るのではないか? 魔王を辞められては困る、と。
それだけでなく、命を狙うやつだって訪れるかもしれない。治安を守れるはずがない。
村民は困るだろう。私も困る。村長だって。
なら……一つしかない。
全てを悟り、片膝を突いた。
「このキース。全霊を以て、魔王様へお仕えさせていただければと思います」
「お仕え? いや、そうじゃなくて――」
「よし、話はまとまった! 魔王様がお考えを変えぬ内に城へ戻るぞ!」
「え? え? え?」
「よろしくお願いいたします」
なぜかオロオロとしているタラネ……魔王様だったが、これで村を守れるのならばいいだろう。
こうして私は住み慣れた村を離れ、魔王城へ赴くこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます