第二話 こんな仕事をしております。後編
今日も魔王様に逃げられてしまった。
しかし、ほとぼりが冷めたらまた来るだろう。私の仕事をチェックするためか、魔王様は毎日何度もここを訪れるのだから。
では、残り二割のクレームを処理しよう。
最優先へ区分した物へ手を掛けたのだが、扉がノックされた。
「どうぞ」
「しつれいしまーす」
腕は羽。下半身は鳥。胸を隠すべく、布が少しだけ巻かれている。
顔と体は人と変わらない。ハーピー族の少女が部屋へと入って来た。
ソファへ座るよう伝え、水を注いで前へ置く。種族ごとに飲める物が違うため、水を出すのが一番手っ取り早い。ほとんどの種族が、水だけは問題無く飲めるからだ。
元気よくハーピーの女性が水を飲み干す。
一息吐けただろうか? 様子を窺い、話を切り出した。
「どんなご用件でしょうか?」
「あー、あたしはハーピー族の戦士なんだよね」
「はい」
「で、なんかこう、最近みんなが困っててさ」
「なるほど」
中々本題に入らないが焦ることはない。ゆっくりと話を聞く、それも大事なことだ。
コーヒーを一口飲み、話へ耳を傾けた。
――三十分後。
「それでピレナがね? あ、ピレナって言うのは――」
「申し訳ありません。本題のほうに移っていただいても?」
「忘れてた! あははっ」
三十分も関係の無い話を聞いてしまったため、さすがに話題を戻させてもらった。
今度こそ大丈夫だろうと、笑うハーピーを見る。彼女はなぜか羽を揺らした後、本題を口にした。
「なんか、男たちがあたしたちをジロジロ見るんだよね! 飛び立つときとかは特に!」
「ふむ? どんな目でですか?」
「うーん……こう、デレーッとした感じ?」
「それは困りましたね」
などと答えているが、実際は理由も分かっている。
胸の先を隠す程度の布。それ以外はなにもなく、目を引くのは当然のことだろう。下半身が鳥と変わらず、局部が見えないことが救いだとしか言えない。
この問題の解決は、単純なようで難しい。
多少嫌がられても肌の露出を減らさせればいい。と、考えるのは素人だ。
もしそんなことをすれば、次の日には男魔族たちから命を狙われ、やっかまれる日々を送ることになるだろう。
一度、ラミアたちに同じ相談を受け、同じ失敗をした。だからこそ断言できる。慎重に事へ当たらなければ、私の首が絞まる、と。
ラミアたちのときは、彼女たちが邪魔くさいと脱いでくれたお陰で命が救われた。そうでなければどうなっていたことか。
つまり、私には解決方法が見いだせていないのだ。
見られたくない、だが見せなければならない。なんという矛盾だ。両方を同時に納得せしめる方法など、簡単に思いつくはずがない。
「……少し時間をいただけますか?」
今すぐは無理だ、と遠回しに告げる。
しかし、ハーピーの女性は嬉しそうに笑った。
「ありがとう! また明日来るね!」
私の返事も待たず、部屋から出て行く。
明日? ……明日!? なんてことだ。私は明日までに、この難題をどうにかしなければいけないらしい。
ひどく憂鬱なまま、別の処理へ取り掛かることにした。
魔王様に逃げられてしまったため、リオン将軍の元を訪れる。
室内へ入ると、獅子の獣人が私を睨みつけていた。
「リオン将軍、実は――」
「無理だ」
「……まだなにも申し上げておりませんが?」
「魔王様が訓練へ乱入することだろ。無理だ、絶対に無理だ。それを止めようとし、オレは一ヶ月の怪我を負わされた。その上、なんと言われたと思う? 『将軍の鍛え方が足りないようでは、部下の実力も知れる。やはり明日からも来なければならないな』だ」
「心中お察しいたします」
断固として受け入れてもらえず、眉根を寄せる。こうなるだろうと予想はしていたが、もしかしたら、と期待していたことは隠せない。
なら医療部隊へ相談してみるしかない、か。
私は頭を下げ、室内を出る。ボソリとリオン将軍が「すまんな……」と呟いた。
目的地へ辿り着き、私は愕然とした。
ここはなんだ? 戦場か? どうして怪我人が部屋に入らないほどにいる? まさか、これが毎日続いているとでも?
唾を飲み込み、室内を進む。邪魔にならないよう、道を妨げないよう、最新の注意を払いながらだ。
ほどなくして、全員へ激を飛ばしている女性を発見した。
魔女アズラール。見た目こそ人間の老人だが人ではない。彼女は魔王軍の中でも少ない、エルフの一族だ。
「アズラールさん、少しよろしいですか?」
「キース! いいところに来たね! 今日の魔王様はどうなっているんだい! あんたへの罵詈雑言を垂れ流しながら、半泣きで兵士たちを次々にぶっ飛ばしているよ! なにをやったんだい!」
「いえ、特に思い当たることはありません。普段通りに、魔王様へのクレーム処理を手伝っていただこうとしただけです」
さっぱり分からず、機嫌の悪い日だったのでは? といった風に告げる。
しかし、アズラールさんは私の胸倉を掴みあげた。普段の落ち着いた彼女ではなく、かなり苛立っていることが伝わる。
「そうかいそうかい! ここにいるやつらを全員治療するか、魔王様を止めるか! 好きなほうを選びな!」
「では治療を手伝わせて――」
「よしきた! さぁ魔王様を止めてきな!」
「……分かりました」
無茶苦茶な提案ながらも、治療の手伝いのほうが良いだろうと判断をした。だが、最初からそちらを手伝わせる気はなかったらしい。
私は追い出され、いまだに轟音が響いている訓練場へ足を向けた。
これはひどい。
広い訓練場にはいくつも穴が空いており、その中央では銀髪を振り乱した魔王様が悪鬼の如く暴れている。
兵たちは怪我人を運び、離れたところでは訓練場の修復をすべくドワーフたちが待機していた。今行けば巻き込まれる、と分かっているのだろう。キセルを吹かしながら悠々とした様子だ。
仕方ない、と防御結界で自分を包み、訓練場へ踏み込む。
飛んで来る魔法を結界で弾き、魔王様の元へ近づいた。
「魔王様、落ち着いてください」
「ぐううううううううう! キーちゃんのばかやろおおおおおおおお!」
「皆が見ています。毅然とした態度を見せてください。そう、ですね。キースの馬鹿者が! ただではおかんぞ! のほうがよろしいかと」
「キースの馬鹿者が! ただではおかんぞ! のほうがよろしいかと!」
駄目だ、聞いているようで聞いていない。自分のことも目に入っていない様子だ。
まだまだ魔法をぶっ放す! と暴れている魔王様の腕を引き、自分の近くへ寄せる。ようやく気付いたのか、目に理性が戻りつつあった。
「キーちゃふぎゃっ」
頭へ拳骨を落とす。本来ならば不敬で死刑だが、緊急事態なので許してもらおう。周囲へ目を向けると、すぐに逸らされた。なにも見ていません、ご自由に、ということだ。
魔王様は両手で頭を押さえ、プルプルと震えていた。
もう大丈夫か? と頬へ手を当てて顔を上げさせる。威厳は微塵も存在せず、頬を膨らませ口を尖らせていた。
まだ駄目だな、と拳骨を落とす。半泣きになった魔王様は、こくこくと頷き落ち着きを取り戻してくださった。これならば大丈夫そうだ。
「ううう……ばかぁ」
「では魔王様。怪我人の治療をお願いいたします」
「普通は慰めるところじゃないの!? キーちゃんが悪いんだよ!?」
「申し訳ありませんでした。では治療を」
謝れと言われれば謝る。何度か続けた後、魔王様は肩を落として怪我人の治療を開始してくれた。戦うだけでなく治療も行える。さすが魔王様、といったところだ。
魔王様が治療を行っている中、アズラールさんへ近づく。彼女は打って変わり上機嫌となっていた。
「よくやった!」
「ありがとうございます。魔王様が皆に訓練を続けることに関して、解決策が出ておりません。治療部隊の人員を増やすといったことは可能でしょうか?」
「あんたは頭がいいけど悪いね。そんなこと簡単にどうにかできるだろう?」
「簡単、ですか?」
まさかと思っていたのだが、アズラールさんは自信ありげに胸を叩き、魔王様を呼び寄せた。
我を取り戻しているのだろう。颯爽と、威厳のある足取りで魔王様がこちらへ来た。
「なんだ?」
「魔王様、兵たちの訓練は数日に一回としてくれますかい?」
「断る。兵を鍛えることも魔王の務めだ」
やはり駄目か。と思ったのだが、アズラールさんは腕を組み、にやりと笑った。
「もちろん代案があります」
「断る」
「毎日三十分、キースとお茶をする権利です。仕事の話は一切無しで」
「部下の考えを頭ごなしに否定するものではないな。よろしい、受け入れようではないか」
手の平をクルリと返すように、魔王様はアズラールさんの提案を飲んだ。
私が毎日三十分お茶をするだけで、数百の人々が日々の仕事を円滑に行える。素晴らしいことだ。
しかし、一つだけ気になることもある。
私の三十分遅れた仕事は、誰が救ってくれるのだろうか? ……きっと、私自身なのだろう。だが背に腹は代えられず、不承不承で受け入れるしかなかった。
治療を終え、満面の笑みで魔王様は私の隣を歩いている。
そのまま部屋の中まで続き、笑顔のままソファへ座った。
「キーちゃんお茶!」
「分かりました」
紅茶を注ぎ、カップを置く。大人しくしてくれていればいいので、気にせず仕事へ戻る。だが、魔王様に腕を引かれてソファへ座らされた。
「毎日三十分でしょ? 約束を守らないなら、また訓練場へ行くよ?」
「魔王様は本日、盛大に訓練を行われた後です。よって、毎日三十分のお茶会は明日からとなります」
「えー!」
文句を言う魔王様を無視し、仕事へ戻る。
適当に相槌を打っていたのだが、ふとあることに気付いた。
魔王様が足を組み替える。すると素足が一瞬だけ
ふむ……これは使えそうだ。
「なるほど、さすが魔王様です」
「なになに? 分からないけど当たり前じゃない。ワタシは魔王様なんだから!」
「感服いたしました。火急の用件ができましたため、席を外します」
「ちょ、ちょちょちょちょっとー!」
慌てた様子で魔王様が後へ続く。
まぁ構わないかと、ご自分の仕事はどうなされたのだろうと。相反する考えを持ちながらも、ハーピーたちの問題を解決すべく動いた。
――三日後。
ハーピーの女性はとても嬉しそうな顔でソファへ座っていた。
効果はあった、ということだろう。
「ありがとうー! チラチラとは見られてるけど、前より全然良くなった!」
「それは良かった。普段身に着けていないもの、多少は邪魔臭いかもしれませんがご容赦を」
「大丈夫でーす!」
私がしたことは、ハーピーたちに野暮ったい袖の無いシャツとスカートを着用させることだった。
当初、男性陣は不満の声を上げた。が、それも一時的なもの。
ハーピーが飛び立つ。シャツとスカートがふわりと持ち上がる。今まで見えていたものと変わりはないのだが、背徳感はより一層増しただろう。
丸見えよりも、チラリと見えたほうがいい。そういった考えがあることは知っており、実践したのが大成功だったと言える。
問題があった、とすればだ。
魔王様がなぜかスカートにスリットを入れるようになった、ということだろうか。相変わらずよく分からない。
なので無視していたのだが、足を組み替えスリットを見せつけてくる。私は意識し、目を向けないようにした。
……もう少し淑やかになっていただきたい。困ったものだ。
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