テレビ、そして異世界を滅ぼした二人の少女についての覚書。
ピクルズジンジャー
第1話 聖暦372 大陸の向こうで世界恐慌が起きる。
チタは聖暦358年6の月24日の生まれの14歳だ。
ジウも聖暦358年の生まれ、誕生日は8の月12日の14歳。
お互い同い年の転生人ということで、王立アカデミーでは自然と仲良くなった。
より正確にいうと、転生人なのに大した知識も有さず使えない落ちこぼれとしてアカデミー職員に放置されていたポンコツ同士いつしか口をきくようになり、結果友達だと言えなくもない関係におちついたというべきか。
チタは正直、ジウの発言についていけなくなることがしばしばある。
チタの転生前の名前は山下えみり、前世では21世紀生まれの関西の片隅で生まれたデジタルネイティブだった。しかしジウは違う。転生前のジウは渡辺翔子という1997年にトラックに跳ねられて死んだ、やはり関西在住の少女だった。
「自分なんなん? 前世山下いうたん? マジでー?ウチは渡辺やってん。山下と渡辺てジャリズムやん、めっちゃ笑える」
隣り合ったジウと前世の記憶について語り合った時にお互いの前世の苗字が山下と渡辺だと知った時のジウの反応がまずこれだ。王都公用語ではなく前世の世界での言語、しかも特定地域の方言丸出しで喋り出したジウに仲間意識よりも先に恐怖心を抱いた。
同じ関西生まれでも、前世のチタである中川えみりは〝あなた″の意味では〝自分″を使わない地域で生まれ育った少女である。しかもジウはチタがデータでしか知らない、茶髪のシャギーに極細眉、限界まで短くしたミニスカートにダルンダルンのルーズソックスという90年代後半スタイルのギャルをこの世界の衣装でなんとか再現した恐ろしいいでたちでいた。とにかく見た目がいかつくおっかない。
ましてチタとジウは前世で生きていた時期が全く被っていなかった。ある程度の文化は共通しているが、ジウが偏愛しているテレビのお笑い文化のことはチタにはそのほとんどが理解できなかった。
ジウが一人でウケていた「ジャリズム」とは、ジウの前世である渡辺翔子が生きていた時代の関西で、大変人気のあったお笑いコンビであるとのこと。
「えっ? うそやん、知らんの?」
信じられないといった面持ちのジウの説明を聞き、解釈した結果、ジウがいうコンビの片割れがチタの前世の記憶に微かぁ〜に残っていた「3のつく数字を言うときだけアホになる」というネタを披露していた芸人であると気づいた。
その芸人がトークバラエティー番組で東京進出がうまくいかず解散したことを面白おかしく披露していたなと思い出し、その旨をジウに説明した。
「マジで、嘘やん、そんなん信じひんし!」
ジウは裏返った声で叫んだが残念ながら事実である。
ジウは矢継ぎ早に芸人の名前やコンビ名を上げてゆき、チタは記憶に残っている範囲で彼らの21世紀での姿を伝えた。
千原兄弟は兄はロケ番組で秘境を旅し、弟はバラエティー番組のサブ的ポジションで重宝されている。
中川家はネタ番組でよく見かける。
水玉れっぷう隊はアキさんは新喜劇に出て辻本茂雄に気に入られている。ケンさん? だれそれ。
モストデンジャラスコンビ? 元松口vs小林? え、小林ってケンコバのこと? ああテレ朝の梶P関連の番組で見かける。松口はハリガネロック? 誰それ知らんって。
陣内は一時期大変やったけど、まあなんか盛り返してるで。ネタは結構好きやで、面白いやん。え、面白い陣内とか想像できひん?好き好きはあるからなんとも言われんけど面白ないことはないんちゃうかなあ…。
「信じひん!うちはあんたの言うことなんか信じひんさかいな!」
自分から訊いておいて毎回必ずジウはそう叫ぶのだ。
97年に交通事故で世を去るまで、二丁目劇場という大阪は心斎橋にあったという劇場で活動しアイドル的人気を誇っていた芸人たちを崇拝していた渡辺翔子という少女の魂を宿すジウにとって、チタの話す21世紀の彼らの姿は信じがたいものだったようだ。
「せやけどあの人らは未来でも元気やねんろ?」
ジウは縋るように尋ねる。
ジウのいうあの人らというのはダウンタウンのことだ。ジウにとってのダウンタウンは神にも等しい存在のようだった。そして必ずダウンタウンがいかにすごいコンビであるのかこんこんと語る。尼崎出身の幼馴染コンビがお笑い養成所に入り、今までになかった斬新なスタイルの笑いでで若者を中心に絶大な人気を集めて云々。
ジウの説明は大抵自分本位で分かりづらい。しかも説明している最中に、一人で勝手に「ゆずレンジャイ! ゆず!」「パーティー行かなかあかんねん」「ロケット双子ババア殺人事件」だのとチタにとってはただ単に意味がわからないだけの謎フレーズを繰り返してはヒーヒー笑い出すという困ったことをやらかすのでさっぱり要領を得なかった。チタにとってのかのコンビは、若手芸人の上で偉そうに踏ん反り返り情報番組で大して面白くない意見を吐く金髪坊主の人とと大きい声で番組をしきる小柄な人というイメージだった。
前世のジウである渡辺翔子は、毎週日曜夜八時に放送されていた彼らのコント番組とその次の日の月曜日に放送されていた彼ら司会の歌番組をそれはそれは楽しみにしていたのだそうである。
ジウにとってはこの番組を放送していたテレビ局は時代の最先端を突き進むとてもイケてるテレビ局であったらしい。
チタがもの心つくころにはすでにそのテレビ局は凋落激しく「ダサい」というイメージがつきまとっていた。そのテレビ局がさえないテレビ番組しか生み出せなくなり視聴者(主に渡辺翔子と同世代の人々)から嘆かれ愛想をつかされているかを簡単に説明すると、やはりジウは「嘘や! 絶対信じひん!」と叫んで耳をふさぐ。
そんな様子から、チタはいかにジウがテレビを愛しているか。テレビを欲しているかを察して少し切なくなる。チタにとってはテレビはそれほど重要度の高いメディアではなかったが、寂しい時、退屈な時を紛らわせるのに最適なスマホが無いのは寂しかった。
この世界にポコポコと生まれ落ちる転生人と呼ばれる人々は、生涯「寂しさ」から逃れられぬ人が多かった。英雄と呼ばれる輝かしい人生を送った人々からチタやジウたち無名のポンコツたちを含めて。
転生人はおおむね20世紀後半から21世紀前半の地球、それも日本の記憶を有して生まれ落ちる。
赤子の段階は通常の現地人の子供と変わらないが、物心つきはじめる4~5歳になって突然「自分は何々という名前の人間でどこそこで生まれ育ち」と語りだしてはこの世界では進みすぎた知識を披露し始めることが多い。なので、転生人研究の進んでいなかった大昔などは「悪魔に憑りつかれた子供」として過酷な悪魔祓いの犠牲になるものも少なくなかったという。
しかしそういった転生人が無事大人になると、様々な科学知識や法学・哲学・地政学などを駆使して世界のを発展に貢献する偉大な英雄になるケースが増えてゆき、いつしか転生人は人々から畏怖・尊敬される対象となった。
この世界のこの国では転生人の知識を積極的に国の発展に役立てようと、その兆候を示しだした子供たちは皆アカデミーで保護・育成するという法律が施行されて長かった。
チタとジウもその法律により国元から連れてこられた子供たちである。二人とも片田舎で育った少女だが、「自分の住む世界はここじゃない」「私は昔は別の国にいた」「毎日お風呂に入りたい」「テレビがみたい」「スマホがほしい」「こんなところいやだ」と現地語で訴え続けたので親兄弟にうるさがられ、これは転生人だぞ厄介払いしてやれとばかりに役人に引き渡されたという過去を持つ。
ところで設立当初は国の発展のために大いに期待された王立アカデミーの転生人研究所だが、研究が進むにつれ「どうやら国を発展させるレベルの英雄的資質を備えた転生人の数はそんなに多くないぞ」「玉石混交どころか大半がポンコツだぞ」「英雄的資質を持ってる奴は持ってるやつで、たいてい野心家だし内政にズケズケくちばし突っ込んでくるし扱い辛いぞ」「こんなことに予算をつっこむよりも優秀な現地人の子供へのまっとうな教育・育成に力を注いだ方がよっぽど建設的だぞ」ということが判明していった。
チタとジウがのうのうとアカデミーの片隅で前世の記憶について語っている頃、大量の税金をドブに注いでいると揶揄された転生人保護法を廃案にしようかという案が議会に提出されるようになっていた。
そしてその機運は二人を直撃した。
ある日、転生人の子供を集めた教室で、教壇に立ったアカデミーの学長が恭しく宣言する。次の試験は『国家の繁栄に貢献するもの』を作り上げること。それは形があるものでも、研究でも、国家の繁栄に貢献する可能性があるものならばなんでもよい。しかし試験官がその価値を認めなかったものは、即刻アカデミーを去り故郷に帰ってもらう。
転生人の子供たちはどよめいた。大半がチタやジウのようにくだらない前世の記憶しか持ち合わせていない彼らは、税金で保護され養われのんべんだらりと過ごす境遇にすっかり慣れていた。
前世にあったがこの国に不足している何かを作り出そうとしたり、争いごとの絶えないこの世界の平和に身を捧げようという高い志を持つものもいることはいたが、ごく少数である。
チタとジウも共に焦った。王立アカデミーは国一番の都会にある。この世界のこの国で清潔に快適に過ごせる場所は王様のお城や貴族のお屋敷をのぞいてはここにしかない。アカデミーを追い出されては、まともに水道もなく温かい湯につかるのもままならない田舎に帰らねばならない。嫌だ……!
嫌だ嫌だと呻きながら、チタとジウはアカデミー近所の繁華街にある寄席小屋に入った。
ジウは前世の趣味嗜好を引きずって、現世でも愉快な芸やコメディーが大好きだった。チタもそんなジウに付き合ううちに、寄席を覗くのが楽しくなっていた。
この世界でも芸人は人気だった。スラップスティックな寸劇、大道芸、コミカルなショー。チタやジウの感覚からすると若干レトロではあるが楽しいことは楽しい。
明るく笑うことで不安を吹き飛ばしながら、二人は寄席小屋の近くで焼き肉を挟んだパンのようなものを食べる。この世界のファストフードだ。
「ああ~、嫌や~。次の試験嫌や~」
「ほんまや~。別にこんな世界に好きで転生したかったわけちゃうのになんでこんな目に遭わんなあかんねんや~」
二人で会話をするときはつい前世で使っていた方言丸出しになってしまう。通りすがりの現地人たちが耳慣れぬ言語にぎょっとしている。
「次の試験が終わったら寄席小屋すらない田舎に帰らんならんなる~。嫌や~」
お笑い大好きのジウにとって、娯楽に乏しい農村の故郷に帰るのは死ぬほどつらいことのようだった。
「せめてテレビがあったらなあ〜。田舎でもちょっとはマシやねんけど」
もはや試験にパスする気などない姿勢を明らかにしながらジウは呻いた。
「テレビがあっても、こっちやとダウンタウンもWコウジも130Rもおれへんし、ごっつも見られへんし意味ないか」
ジウはやけっぱちに笑ったが、その瞬間チタの頭に閃くものがあった。視線の先には鏡屋があった。
チタがみて19世紀末相当であろうと推測される科学とモンスターや幽霊やらと共存しているために不可欠な魔法が共存しているこの世界(「まるでスチパンの世界やな」と時々チタは思う)では、鏡は姿を映すだけでなく魔法の道具として特別な意味があった。自分に美容の魔法をかける、呪術を跳ね返す護身の道具でもある、魔物を焼く聖なる光を放つ武器でもある……。チタの前世の世界にあった携帯電話のように、ちょっとした通信魔法昨日のついたコンパクトなんてものものもある。ただしそれは高価で王侯貴族しかもてない。
通信機能を持たせられるなら、ひょっとした映像も飛ばせることができるのではないか。
鏡が映したものを別の鏡へ。ちょうどカメラが映したものをテレビへ飛ばすように。
それはほんの思いつきだった。しかしやってみる可能性はあると思った。むしろどうしてこの世界の人間は今までにこのアイディアに気づかなかったんだろうと不思議に思えてくるほどのナイスアイディアに思えた。
思いついてしまったらもうとまらない。
チタはジウに言った。
「ジウ、テレビを作ろう!」
「はあ? あんた何言うてんの。うち理科全然なんやしそんなん無理やわ」
ジウは初めからあきらめモードだ。話に乗りさえしない。
しかしチタは引き下がらなかった。今自分たちがここでやらなきゃ! そのようなかつてない思いと情熱がチタをたきつける。
「ほんもんのテレビやない。テレビみたいな魔法の鏡や! それやったらうちらでも作れるかもしれへん。やってみようや。やる価値はあるって絶対!」
「テレビみたいな魔法の鏡……」
ジウも視線を鏡屋に向ける。
やる前から自分たちの手に余るとわかっている、わけのわからない機械いじりをしなくていいと気づいたのだろう、ジウの表情も悪くないなという考えが滲みだす。
「ええな、それ。テレビみたいな鏡があったら田舎に帰っても退屈せんですむかもしれん」
「せやろ。ていうかそれを試験で提出したらええやん。うまいこと言ったらあたしらアカデミーにおれるで! 帰らんで済むで!」
ぱあッと、それを聞いたジウの顔が輝いた。
退屈な田舎に帰らなくて済む、ずっとぬるま湯のようなアカデミーで生活できる、うまくいけばテレビも手に入る……!
チタとジウ、元山下えみりと元渡辺翔子、二人の少女は焼き肉を挟んだパンでべたべたする手のひらをぐっと握り合った。
聖暦372年の秋、こうして数々の世界の運命を捻じ曲げた魔法は芽吹いた。
ちなみにこの世界は、地球でいうと西暦19世紀相当の科学が育っていたので世界全体が球の形をしており地軸を傾け自転しつつ恒星のまわりをグルグル回っているので四季があるところまでは転生人の力を借りるまでもなく突き止められる力はあった。
政治形態は立憲君主制、名目だけだが国民には異人種や異種族にも人権が一応保障されている。
地球育ちの転生人にとってはそれなりに住みやすい部類の異世界であった。
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