第20話 あの世
仲村は冷や汗をながし青い顔でうずくまるミズホを椅子へ座らせ介抱していた。
「何故アレを持ち込んだの。あれは禍機だ。禍を創る機械だ!もうどうする事もできない」ミズホは蚊の鳴くような声で仲村を責めた。ハナコヨンマルヨンへのアクセスから三十分が過ぎようとしていた。古林は具合の悪そうなミズホをそっちのけでまだサイトを見ていた。
「古林、いい加減しろよ。いつまで見ているんだ。羽間の話しだと何かが起こる・・・はずだ」
「異変ならもう起きている。今、異変に直面しているだろ。しかし、信頼度の高い情報と良質なコンテンツの載っているサイトだ。素晴らしい。ぜひサイトの管理者に会いたい」
ハナコヨンマルヨンに夢中な古林を余所に仲村は部屋中を見渡した。何の変化も感じられない。羽間から直に話を聞いていた仲村はポルターガイスト現象を想像していたが部屋の中はコンピュータが唸っているだけだった。
「なぁ仲村この最後の書き込みどう思う?」
943 名前:お魂 投稿日:20XX /06/30(火)01:44 ID:wM6/9y0u
damama>あなたは、この世の者ではない ここから出て行きなさい。
「ミズホと同じ事言っている・・・」
「羽間とは何者だ・・・」古林は仲村を睨みながら言った。
「何を言っているんだ。羽間は・・」と言いかけた仲村を遮り古林は言葉を継いだ。
「違和感があるんだ。羽間本人そのものに・・・」違和感と言う単語が仲村の胸で破裂する。そうだ、確かにそれは感じていた。あの事故から、羽間が意識を取り戻してから。
羽間の存在が儚く希薄に感じられていた。目の前にいる羽間を常に幻と感じる事が否定できない。古林の言いたいことは理解できた。羽間は本当に存在しているのだろうか・・・と古林は言いたいのだ。仲村も感じていたが口に出した事は無かった。羽間と言う人間のもつ存在感の希薄さ実在感のなさを。しかし、羽間が幻なら俺たちはリアルな幻と付き合っている事になる。リアルな幻などあるのか。頭が混乱する。
兎に角、羽間に連絡を取ろうと仲村はスマホから羽間へ発信した。繋がらない。繋がらないどころか受話口から不快な聞いたこともないノイズしか流れてこない。
スマホのディスプレーでは電波レベルは最高値を表示している。故障か?試しに羽間の固定電話へ発信してみる。
同じだった。耳障りなノイズしか流れてこない。焦りオロオロと辺りを意味もなく見渡し、携帯電話を振ったり、叩いたりし始めた。
「おそらく、そのスマホでは繋がらないと思う。俺のスマホも同じだ」仲村の様子を見ていた古林が話しかける。
「ここが田舎の為か。電波状態が悪いせいか?」との仲村の問いに古林は大きく長い顔をしゃくり上げ、顎でノートパソコンを指した。モニターにはハナコヨンマルヨンのトップページ。
「あれの所為・・・」仲村はモニターを睨み、もうどうでいいと思った。立て続けに理解不能の状況に置かれ、何が起きても不思議では無いと思い始めていた。俺の疑問なんてどうでもいい、脳がもう疲れたと思考停止を決め込む寸前だった。
「この電話、使ってみろよ。IP電話だ。多分・・・繋がるはずだ」悪戯に目を輝かせる子供の表情をした古林は電話を差し出した。そうか。電波状態が悪いなら固定電話からかければいいんだよな。何故こんな簡単な事に気づかなかったのだろう。仲村は急いでスマホから番号を呼び出し、ナンバーキーをタップする。呼び出し音が受話口か聞こえてきた。よし。通じた。
「もしもし。羽間です」女の声が聞こえてきた。女の声。仲村は一瞬、電話番号を間違えたのかと思ったが電話の声は羽間と名乗った。羽間は女を連れ込んでいるのか。
「もしもし、何方様ですか」電話からの声には聞き覚えがある。初めて聞く声ではない。
「羽間さんのお宅ですか。仲村と言います。浩一さんをお願いします」何時もと違う電話のやり取りに仲村は間の抜けた感じを憶えた。
「・・・・・」電話からは何の返事も帰ってこない。
「もしもし・・・もしもし・・」仲村は応答を求める。電話の向こうで沈黙が続く。
「主人とは・・・主人とはどう言ったご関係の方ですか」帰って来た返事に仲村は驚愕した。
やはり声の主は羽間のかみさんのひろみか。そんな馬鹿な行方不明になっているはずのひろみが何故羽間の自宅にいる。ここ二、三日の内に自宅へ戻ったと言うのか。なら何故、羽間は連絡してこない?
「ひろみちゃんか。俺だよ。俺。仲村だ。何時家に戻ったの。三年間もどうしてたの。真衣ちゃんは元気なの?」仲村は何をどう話していいか解らず思いついた言葉をポンポン並べた。
「すいません。私は貴方のこと存じませんが。主人のお知り合いですか?」
「知り合いって・・・ひろみちゃん俺のこと忘れた。俺だよ。オレ、仲村だよ。いったい・・・」
「なれなれしい!私!貴方のことは知りません!何処の誰かは知りませんが人の不幸につけ込むような悪戯は止めて下さい!」と怒りのこもった声に続きガシャリと音がして電話が切られた。仲村は呆然と受話器を見つめて
いた。
「いったい・・・どう言うことだ」と呟くと状況を理解出来ない仲村は思わずリダイヤルする。
「いい加減にして!」一言残すと受話器は降ろされた。電話に出たひろみの声は泣き声だった。以後電話に出ることは無かった。
「古林・・・羽間のかみさんが電話に出た。行方不明だった・・・。どうなっているんだ」
仲村は古林を見つめボソボソと呟いた。
「おまけに俺のことなんか知らないって。そんなはずは無いだろ。彼女も記憶喪失なのか。
しかも、しかもだぞ。自宅に居たんだぞ」今、起きた現実を把握出来ない苛立ちから感情
が高ぶり徐々に仲村の声が大きくなる。仲村を見つめる古林は相変わらず目に悪戯小僧の光を宿し事の推移を冷静に見守っている。
ミズホは両手で膝を抱え蒼い顔でうずくまっていた。
「何とか言えよ。何が起きたんだよ!」何も言わない古林に仲村は声を荒げた。
「仲村、羽間に家族なんて居たかな」今まで黙りを決め込んでいた古林が口を開く。
「えっ。何を言っているんだ」古林の言ったことを聞き漏らした仲村は苛立ちを言葉に込める。
「仲村、此処に居たんじゃ埒が明かない。羽間の所へ行こう」仲村の苛立ちを物ともせず静かな口調で古林は言う。その言葉は本来、仲村が真っ先に口にするはずだったが、仲村は口に出せないでいた。怖かったのだ。状況を適切に判断し行動出来ない自分への恐れからだった。心霊的なモノに対する恐怖は無い。見たり感じたり出来るモノなど怖くない。仲村には理解出来ない事が最大の恐怖だった。仲村は取り敢えず今一番の疑問を口にした。
「今の電話は何処に繋がったんだ」
「あの世だ」と言うと古林はノートパソコンを見つめ目を細め微笑みを浮かべた。
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