第19話 オカルトサイト:404 江本 温子(肉絲)
幾筋もの赤い線が、ほぼ並行に並んでいる。赤い線の上には、幾つもの紅玉が不規則に並んでいた。紅玉にモニターの光が写り込み輝いて見える。
「きれい」温子は幾つもの赤い線に浮かぶ紅玉が乗る太めの白い左腕にうっとりと見とれていた。赤い線をもう一本を増やそうと腕にカッターナイフを突き立て手前に引く。
「切り込みが深すぎては駄目。深く切ると傷口が開き過ぎてだらだらと血が出すぎて玉にならない。美しくないわ。この位の大きさの赤い玉が素敵なの」温子の口角が上がる。新しい赤い線には、滲み出てくる血がプツプツと数個の深紅の玉を創っていた。
モニターにはハナコヨンマルヨンの掲示板が表示されていた。今日はまだ誰の書き込みは無かった。視線を自分の腕にもどした。最初に着けた傷口の血は乾き始め、暗赤色になり始めていた。温子は眉間に皺を寄る。
「何故、いつまでもきれいな赤じゃないのかな」悲しそうな目で呟いた。温子はカッターを引きザリザリと音を立て新しく赤い線を追加した。太めの腕に美しい紅玉が出来る間に掲示板をリロードする。
「お魂さんだ。お魂さんがやって来た」モニターに目を移した温子の瞳に喜びの色が浮かぶ。お魂は温子の事は全てお見通しだった。この掲示板で二、三回程、書き込みを交わした程度なのに温子が腕や手首を切り刻んでいる事を知っていた。メールでその悪い癖は今すぐ止めなさい。と数回、窘められた事があった。悪い癖がアームカットの事だと直ぐに思い当たった。それ以来、温子は何かにつけてお魂に相談事を持ちかけるようになる。
多分、お魂さんは私が悪い癖をまだ止めてない、止められない事を知っているのだろうな「軽蔑されているのかな・・・」パソコンに向かい話しかける。温子はお魂に対して母親のような感情を抱いていた。温子は甘えたかった。母親の暖かく柔らかな胸に抱きしめられたかった。母親の記憶が蘇る。温子の母親はとても優しかった。もっとも、母親が優しかった日など年に何日も無かったのだが。
あの日は夜空に十三夜月が浮かんでいた。
温子は五、六歳の頃より母親から虐待を受けていた。温子が物心付く頃には父親はいなかった。その日も母親から理不尽な暴行を受け、ベランダへと閉め出されていた。母親から受けた暴力より、母親を怒らせた事への罪悪感で胸がはち切れそうだった。この日、母親が怒った理由は温子が腐ったプリンを食べた事から始まった。母親は温子を残したままよく家を空けた。長い時は一週間近く留守にする事もあった。今回も母親が家を空け、温子はここ三日程、学校の給食と冷蔵庫の余り物だけで食いつないでいた。空腹には勝てず、冷蔵庫の片隅にあった何時の物だか判らないプリンを食べ、部屋中に嘔吐している姿を見つけ激怒したの
だ。卑しい子と責め立てながら何度も手を振り下ろし、足蹴にした。そのプリンは元々、母親が温子の為に買い置きしていたものだった。
深い濃紺の夜空には十三夜月。綿アメみたいな雲が月光を浴びふわりと幾つも浮いていた。眩しいほどの月の光で周りの景色は輪郭を失いぼんやりと滲んでいた。町工場の多いこの町の空は煙突と電柱と林立するテレビアンテナが電線で綾取りをしていた。家の中では母親のすすり泣きが聞こえる。
「あっちゃん、ゴメンね、ゴメンねぇ」
母親は温子を暴行した後は決まってすすり泣いていた。
また、お母さんを泣かせてしまったと自分を責め立てた。目に溢れんばかりの涙を浮かべながら夜空を仰ぎ見た。夜空に複雑に絡み合った電線が浮かび上がっている。温子は異様な気配を感じ周囲を見渡した。電線の端で何かが動いている。温子は涙目を擦り、目を凝らした。電線の上を何かが走ってくる。
月を背に真っ黒な小人がスキップをしながらこちらへ向かって来た。その光景を見た温子は瞬時に理解した。あれは、悪いモノだと。数日前、学校で同級生から聞いた電線の上を走る悪魔の話を思い出した。
その悪魔はねぇ電線を渡って来るのよ。月の夜にその悪魔は現れるの。電線を渡る悪魔に入られた家には不幸が起きたり、人が狂ったりしちゃうの。
ねぇ、この前、起こった通り魔事件、憶えているでしょっ。そうそう!小学三年生のコと四年生のコが滅多刺しにされて殺されたやつ。体中血だらけで四年生のコなんて内蔵が沢山はみでていたらしわ。ウエ~ッ!と話しに参加していた同級生が口々に騒ぐ。それでね!私の知ってる子から聞いた話しだと、殺された子の同級生と知り合いのコが犯人の家の近くに住んでいるんだって。それで見たんだって。犯人の家に電線を渡って悪魔が入り込む所を。知り合いのコの同級生?知らなぁい。私も塾で聞いた話だから。
アレがお母さんの中に入りに来るんだ。アレがお母さんを苦しめたり、悲しませたりするんだ。黒い小人はどんどん近づいてきた。近づいてくる黒い小人は影だけで出来ていた。立体感が無い。夜空に映し出された影絵みたいだ。怖くは無かった。母の敵だ。母を守らなければ。温子は叫んだ。
「来ちゃダメ!来ないでぇ!」溢れかえる月光の中で温子は叫ぶ。ガラガラガラと乱暴な音を立て後ろで戸が開く。母は温子に抑えた声で話しかけた。
「うるさいよ。何、騒いでいるの」月光を浴びた母の表情は悪魔の形相だった。手はきつく拳を握っていた。
その母も今はもう居ない。罵りながら、殴りながら、蹴飛ばしながら、泣きながら、それでも母は温子を一人前になるまで育て上げた。母は暴力こそ振るったが、温子には見窄らしい格好をさせたことは無かったし、金銭面でも不自由はさせなかった。温子も母親の虐待による影響もアームカットと言う形で精神面に影を落としたが、今のところ世間一般での生活に支障を来す程のものではなかった。温子が大学へ通う頃には虐待は無くなっていたが相変わらず、暇さえあれば難癖つけて温子を罵っていた。
940 名前:damama 投稿日: 20XX /06/30(火)00:39 ID
ダママを知っているか?どんなことでもいい。情報がほしい。
あら、久しぶりぃ!新入りさんだ。モニターを見ながら腕に当てたカッターナイフを挽く。「うふふっ」新しい傷口を見つめ含み笑いを浮かべる。
不意に背筋にチクチクとした感触が這い上がってきた。「何、何なの・・・」
異様な気配が部屋中に溢れかえった。
カチャン!カタカタカタカタカタカタ・・・・。本棚の方から音がする。その音は母と一緒の撮ったプリクラやビーズ、スワロフスキーなどでデコレートされた蓋付きの白い円筒形の壺から発せられていた。温子は壺を睨む。徐々に壺の蓋が震えな
がら持ち上がって来た。持ち上がった蓋の隙間から覗くモノがあった。
アレが居る。黒い小人が居る。温子は頻りに唇を舐め始めた。壺を見ていると口の中いっぱいに甘味が広がってくる。身もとろける様な甘さでうっとりとした表情を浮かべた。懐かしい甘さだ。温子の遠く深い記憶の底でその甘味が蘇る。この甘さは人が生まれて初めて口にする甘さ。母乳の甘さだ。壺からカチャ、カタ、カチャ、カタと音が忙しなく鳴り響く。綺麗にデコレートされ、きらきらと七色に映える壺から鳴り響く音はどんどんテンポ上げ始めた。呼んでいる。壺が呼んでいる。早くおいでと催促している。温子は舌なめずりしながら壺へ近づいていった。いつの間にか壺からの音は消え、腕から滴り落ちる血が床に落ちポタリ、ポタリと時計のように時を刻んでいた。
程なくポリポリ、カリカリと乾いた音が部屋中に響き始めた。温子は壺の中のモノを口へ入れていた。得も言われぬ甘味で口の中が溢れかえり恍惚に身を任せていた。それ以上に大きな喜びがあった。また母親と一緒に居られる事に気づいたからだ。どうして、早く気がつかなかったのだろう。こうすればいつも母さんと一緒に居られるのに。
「お母さん。また、一緒だね。今度こそイイ子になるネ」嬉しそうに涙を浮かべ壺に話しかけ、壺の中から母親の遺骨を掴むと口の中へ押し込んだ。次から次へと口が閉じられないほど遺骨を口へ詰め込んだ。ポリポリカリカリと再び乾いた音が真夜中の部屋に響き渡る。
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