第18話 ログイン
古林とはどんな人間か?と問われれば、好事家、ディレッタント、マニア、収集家、ハッカー、漫画家と云った複数の言葉で表現できる。
特にハッキングの腕前はウィザード級とかでその筋のハッカー達からいつの頃からかニンジャマスター・オズと呼ばれていた。オズとは魔法使いの方では無く、役小角から来ているらしい。
時々、度が過ぎる悪戯をチョコチョコとするが決して反社会的な行為をすることはなかった。仲村は古林とは古い付き合いだが世界的に名の知れたハッカーだとは知らない。仲村がコンピュータに疎い事もあって古林の事は、ただコンピュータに詳しいオタク程度の認識だった。古林に任せれば何か解るかも知れないと、あの忌まわしいノートパソコンを持ち込んできた。
古林は一通りノートパソコンを持ち上げたり、裏返したりして外観を眺めていた。仲村は古林にそいつはかなりヤバイぞ、と警告したが古林が触っても何の変化も異常も起きなかった。ノートパソコンを開き電源をいれてみた。以前、羽間が報告した通り内蔵バッテリーは放電しきっていた。当然、起動しない。古林はブツブツ言いながら色々なパソコンが陳列されている棚の下をでかい体を窮屈そうに折り曲げのぞき込んだ。仲村は頻りにドアの方を気にしていた。ノートパソコンを運び込む時のミズホの表情が忘れられなかった。
ノートパソコンを見たミズホは正に鬼の形相だった。大抵の事にはたじろがない仲村もミズホの形相には後ずさりした。理由は分かっていた。全てはこのノートパソコンが原因だ。
「あった、あった」と古林はほくほくとした笑顔を浮かべノートパソコンの電源コードを棚の下から引きずり出してきた。
この部屋にはコンピュータ関係の物なら本体以外にも部品であろうとアプリケーションであろうと何でも揃っていそうだ。何でこんな田舎の古道具屋に大規模サーバー稼働しているのか仲村には理解出来なかった。それもかなり手を加えてあるらしい。何のデータを貯め込んでいるのやら。何よりもこの部屋は五月蠅い。一つ一つの器機の作動音は小さいのだがそれが幾つも集まり作動音がフルオーケストラを組んでいる。
起動音と共にノートパソコンのハードディスクがカリカリと音を立て始めた。立ち上がると古林はターミナルを起動させコマンドを打ち始めた。GUIの画面を見慣れた仲村には普段見ることのないCUIの文字列だけの画面に面食らっていた。仲村の知っているパソコンの画面はデスクトップにハードディスクやアプリケーションのアイコンが並んでいてデスクトップ背景には何か気の利いた写真やイラストが使ってあるものだった。古林が何をやっているのか仲村には皆目見当がつかなかった。訳のわからない文字列がどんどんスクロールしていく。古林は流れる文
字列を目で追っていく。仲村の持ち込んだノートパソコンの解析はあっけなく終わった。
「どうだ。何か解ったか?」仲村は文字列だらけのモニターを見ながら尋ねた。
「ログをみた限りではこのノートパソコンは三年程前からログインして無い。ログを見た限りではな」
「そんなはず無いだろう。羽間はついこの間このノートパソコンでハナコヨンマルヨンへアクセスしたはずだ。ブラウザーの履歴は・・・」仲村の問いに首を振る古林。
「さて、どうしたものか・・・」考え込む古林。
「羽間は本当にハナコヨンマルヨンにアクセスしたのかな?」仲村は目の前にあるパソコンが三年程起動していないと聞き羽間の話しに疑いを強めた。元々が信じられない話だ。羽間は事故の後遺症で幻覚を見ていたに違いない。仲村はそう思いたいのだ。
「羽間は本当にアクセスしていると思う」目を細め古林は羽間のパソコンを見つめている。
「しかし、そのパソコンのログとかは間違い無いんだろう」
「ああ。羽間がログを改竄するとも思えないし、そのスキルを持っているとも思えない」
「何故そう思う」
「直感だ。俺は羽間の話を信じる。サイトにアクセス出来ない理由は幾つだってある。サイトの閉鎖やサーバーの不具合や理由を挙げればきりがない。サイトを見つけられないのが問題だ。サイトが閉鎖されていてもそのサイトの形跡や手がかりはネット上に残る。どう言った理由で見つからないのか、それの方が気になる」それ以前にこのノートパソコンは三年間起動してないんだろうと仲村は突っ込みを入れよ
うとした。
それは突然だった。異様な感覚が仲村達をおそった。エレベーターで下降している様な内蔵に響く感覚だ。何処までも、何処までも急降下している感覚が仲村の内蔵を襲う。その感覚は数十秒程で収まった。まただ。またこのパソコンが・・・あの時と同じだ。内蔵に来る強烈な不快感に体を折りながら仲村は呻いた。仲村は古林と目を見合わせた。古林は冷や汗を垂らし、真っ青な顔で震えている。
「今のは何だ。古林、今のは・・・」震え、へたり込んでいる古林に話かけた。
凄まじい勢いで部屋のスライドドアが開いた。ミズホが駆け込んで来た。手に持った大きな水甕を振りかざすと仲村達の方へ突進してくる。あっけに取られていた仲村と古林だがミズホの攻撃目標は考えるまでもなかった。ターゲットはノートパソコンだ。ミズホは水甕を振り上げ訳の解らないことを口走りパソコン叩き付けようとする。仲村と古林は慌ててミズホを二人がかりで押さえつけた。二人の腕の中でもがくミズホ。とても女性の力とは思えない。大の男が二人、それも一人は身長が二メートル近い大男が必死に押さえつけてもジリジリとミズホはパソコンへ近づいて行く。
「離せぇ!それはダメ!この世に有っちゃダメなの!」仲村はジタバタ騒ぐミズホの怪力も然ることながら聴覚障害を引き起こす程の大声に押さえつける力が萎える。しかし急にミズホが力を抜いた為に仲村、古林、ミズホは床へへたり込んだ。
「あぁぁ・・・」と悲しげな声を上げるミズホ。その時、古林も声を上げた。
「あれ!仲村あれを・・・見ろ」古林が指さす先のパソコンのモニターを仲村は見た。そこには赤い鳥居の下でおじぎをする黄色い学童帽を被った女の子が映し出されていた。
「ハナコヨンマルヨンだ」古林は叫ぶと押さえつけていたミズホを放り出しノートパソコンへ駆け寄った。古林はパソコンのキーボードをピアニストの如く優雅にタイプし始めた。
「おい!仲村これを見ろ!」
モニターには凄い勢いでログインのセッション情報が表示されスクロールしていた。
「何だ!何が始まった・・・」
「接続した・・・。接続出来た。一気にログが吐き出されている。三年分のログが出力されている」
古林はハナコヨンマルヨンのトップページから掲示板を表示させた。お魂と言うハンドルネームが最後の書き込みだった。最後の書き込みから一週間以上過ぎていた。damamaの書き込みも残っていた。多分この書き込みが羽間の物だろう。
「ここ数日間、ハナコヨンマルヨンの掲示板にはアクセスが無いな」古林は過去の書き込みを調べながら言った。
「何故、いきなり接続出来たんだ?変だぞ。そのパソコン変だぞ」
「ああ変だ。何故繋がったのかまるで解らん」古林は変なニタニタ笑いを浮かべた。
「どう言うことだ。俺に解るように説明しろよ」がなり立てる仲村。
「このパソコン、物理的にはネットにがって無い。LANにも接続してないし、無線LANも搭載されていない。なのに何処かと繋がっている」古林の眉間に寄せた皺の影が一段と濃くなる。
古林は自分のパソコンへ向かいハナコヨンマルヨンへとアクセスを試みた。
「無いな。そのサイトは見つからない。まさに404: File Not Foundだ。そのパソコンだけが何処かと接ながっている」との古林の言葉を聞き、仲村は途方に暮れていた。羽間からハナコヨンマルヨンの事を聞いてから信じられない事が次から次へと起こっている。今の状況を古林に問い詰める気力さえ萎えかけている。
「それで・・・。羽間のパソコンは何処と繋がっているって言うんだよ」無気力な声を絞り出す仲村。
「フフッ。解らんよ。まるで解らん」古林は不気味な含み笑いを浮かべ呟きながらサイトを見ていた。
古林、何故お前は嬉しそうな表情を浮かべているんだ。仲村は古林の笑みを理解できなかった。仲村は有ることに気がつき顔面蒼白になった。
「なぁ、古林。今、三年分のログが入力されたって言ったよな」
「ああそうだ。一時的だったがログは確認できた。昨日までほぼ毎日ログインしている」
「羽間が今回、ノートパソコン起動させるまでは誰があのノートパソコンを使っていたんだ?昨日は誰が使っていたんだよ」
「さあな」と古林は事も無げに再び例の不気味な笑みを浮かべた。
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