第15話 オカルトサイト:404 上出 弘(ヒロコ

「言いたいことがあるのなら早く言えよ」上出は吐き捨てるように妻の霊に話しかけた。

妻の霊は俯き、何か言いたそうな念を発散させていた。

「いつまでそこにいる気だ。煩わしいんだが」上出が背にしたモニターには掲示板が表示されていた。


940 名前:damama 投稿日: 20XX /06/30(火)00:39 ID

 ダママを知っているか?どんなことでもいい。情報がほしい。 


 ハンドルネーム、ヒロコこと上出はあるオカルトサイトに出入りしていた。今日は久しぶりにサイトの掲示板を訪れた時だ。ハンドルネームdamamaのレスが投稿されるとほぼ同時に背後に霊の気配を感じ取り、振り向くと妻の霊が佇んでいた。上出にとって霊の居る風景は珍しいものでは無かった。怯えるモノでも、恐怖するモノではなかった。日常の一部になっている。しかし、今、対峙している妻の霊は上出にとって初めてのタイプだった。物珍しさもあって暫く観察してい

たのだが妻の霊は俯いたままで何も言わなかった。上出が日頃からよく見る霊は訴えたいことや、思っている事は何となく分かった。霊の思念らしき物がイメージや体感として伝わってきた。イメージや体感と言っても断片的な光景が見えたり、体がムズムズしたりするくらいのものだ。俗に言う浮遊霊や地縛霊のなどの思念はシンプルな場合が多く苦痛や、怨恨などの一つの思いに縛られている事が殆どで、霊の一方的な訴えばかりでコミュニケーションなど取れたことが無かった。

 上出が今まで経験してきた霊体験では霊にはそれぞれ固有の波長みたいなモノがあり、波長さえ合えばその霊の思いはハッキリと感じる事が出来た。霊にも上出が波長を合わせられる霊と合わせづらい霊がいた。波長が合わせづらい霊は何かそこに在る位のおぼろげな気配しか感じられなかった。しかし、今、眼前の妻の霊は今まで見てきたどの霊とも違った。丁度、ラジオの選局はぴったり合っているのに音声だけが流れて来ない状態だった。

「いい加減にしろよ。言いたい事があるのだろ」上出は再び話しかけた。

 妻の霊から念が発信された。それは微弱だがハッキリと感じることができた。妻の霊は小言を発信し始めた。どこの夫婦間でもある夫に対する妻の不満だった。初めて聞く妻の小言に上出は驚いた。上出の妻は小言など言った事がなかった。大人しく、優しく、夫の言うことに何時も黙って従っていた。自己主張など殆ど皆無と言っていい。そして、何より美しかった。男にとって理想の妻と言ってよかった。上出は決して亭主関白などではない。それどころか筋金入りのフェミニストだ。結婚記念日や妻の誕生日には花束やプレゼントを欠かした事は無く、いつも二人で出かけもしていた。女房孝行の夫として社内でも評判だった。よ

くからかわれるのは、妻の美しさに比べ上出はお世辞にも美男子と言えないことだ。小太り、ずんぐりむっくりの体型で顔も大きさだけが目立っている。だが、上出は社内でも得意先でも気さくな人柄と巧みな話術で異性、同性問わず評判がいい。同僚や上司は上出羨み、そして疑問に思った。社内で一番の美女をどうやってモノにしたのかと。

 その経緯は、洒落や冗談みたいな事から始まった。誰があの美人をモノに出来るか、悪友達数人で賭をした事が切っ掛けだ。偶々、上出が一番で彼女にアプローチする事になった。上出自身ダメで元々、洒落のつもりで声をかけた所、これが驚く程とんとん拍子に上手く進み、二年程の交際期間を経て結婚した。

 妻の霊からの念が変化した。小言から恨み辛みへと変わっていた。先程より念のボリュームが上がっている。

『勝手な人、あんなに好きだ、惚れたと騒いでいたのに』

『何故、いつも私だけを見ていてくれないの。何故、かまってくれないの』

頭蓋骨の中で念が反射している。体中を無数の毛虫が這い回るイメージが送られてきた。

『結婚し、時が経てば何時までも新婚の時みたいな訳にはいかないさ』上出は念を返す。

妻はやさしく美しく教養もあるし料理もプロ級だ。しかし、ただそれだけだ。男から見れば理想の妻ではないか。口答え一つせず、いつも優しく微笑んでいる妻のどこが不満なのか。

 いつも俺が全てを決める。出かける先も映画も食事も。何故、いつも俺任せなのだ。もっと我を通していいのに。不満は無い。不満の無いことが不満なのか。エキサイティングな会話が無い。エモーショナルな生活を送りたい。子供がいればまた違ったのかも知れない。上出はその事を念に乗せ思う。

『つまらないのだ。お前との結婚生活が退屈なのだ』念を送りながらつくづく自分勝手だと上出は思う。話しが合わないとか、話題が無いとか、そう言う事では無い。文句の一つも言わずいつもやさしく微笑んでいる、本当にそんな女がいるのか。結婚してから喧嘩らしい喧嘩も言い争いもしたことがなかった。美人は三日で飽きると言うが、オレは三年以上もった。と思う。かといって結婚生活を壊したいわけでも無い。いくらノリで結婚したとは言え、それなり愛してもいた。

 妻の霊からの念の波動が変化した。無数の毛虫から、ぬるぬるとした巨大なミミズに何百匹と巻き付かれるイメージに変化した。これには生理的嫌悪感が極大になる。妻の霊から発せられる念もハッキリと明確に力強くなる。

『私が知らなかったとでも思っているの。あなたの浮気を・・・』

上出は言い訳しなかった。会社のごく普通の何処にでもいる娘と不倫関係にあった。取り立てて可愛いとか、きれいだという女でない。雑踏に紛れれば風景の一部になるような女だ。

 不倫相手は言う。「何故、私なんかと?あんなに綺麗な奥さんがいるのに?」

その言葉のあと彼女はきまって次の言葉を付け加えた。

「綺麗すぎてお人形みたい。デパートのマネキンと生活してるみいたいじゃないの」彼女とは妙に馬が合った。言い争いや痴話げんかもしたが、一緒にいると退屈など感じさせない魅力を感じていた。

 妻からの念が一段と強力になった。全身の巨大ミミズが有刺鉄線に変化し上出を締め上げる。激痛のイメージに声を上げようとしたが悲鳴が声帯の手前で止まり声が出ない。金縛りだ。上出は初めて金縛りを経験した。今まで散々霊と遭遇してきたが金縛りは今日が初めての経験だ。妻の霊からの念はさらに出力が上がると共に波長の感触が変化した。

『いったい、なんだ、これは。お前の仕業なのか』今まで感じた事の無い程強力な念の波動を感じていた。

『おまえの股座の小汚いモノで私を満足させられるとでも思っているのかい』邪悪で悪意に満ちた強大な念が送られてくる。言葉では表現できない罵詈雑言や悪口の念が嵐の如く上出の心を襲う。今まで上出に巻き付いていた有刺鉄線のイメージは砕けたガラスのイメージに変わり上出を切り刻んだ。

 露出している肌に幾筋もの赤いみみず腫れが走る。ガラスで切り刻まれるイメージの苦痛に悲鳴を上げたいが声は出せない。悲鳴を上げれば少しは痛みも和らぐかと、声を上げようとしたが無駄だった。もがいても体は動かない。妻の霊からひんやりとした感覚の中に生温いモノが零れているイメージが送られてきた。感覚的なイメージが映像イメージに変化し上出の頭の中で像を結んだ。眠っている上出の枕元に妻が立っていた。

 右手に柳刃包丁を握り、上出を見下ろしている。口を開け、涎を垂らした自分は我ながら情けない寝顔だ。立ちつくす妻は前髪が顔に濃い影を落とし表情は分からなかったが、鮮やかな赤い唇は口角が上がり微笑んでいるように感じられた。妻はそっと上出の首筋に包丁の峰をあてゆっくりっとのど仏の辺りをなぞり始めた。首筋には微かに赤い後がつく。

『おばかさんですねぇ~。私が何も知らないとでも。貴方の浮気相手の名前から住所まで知っているんだよぉ』妻は上出の首筋を包丁の切っ先で弄んでいる。

『私が貴方の言うことを大人しく聞いたり、逆らったりしないのはそれが私のスタイルだから。なんだかんだ貴方が決めているようで私が全てそうなるように貴方を誘導していたの。貴方は私の物。私の手の平からは逃げられないの。それにね、貴方の自分の保険金が幾らか知ってる?長生き出来ると思わないでね』妻は包丁を反した。

包丁を持つ手が刃のきらりと躍る。首筋がぱっくりと赤い口を開き血の噴水が吹き上がり妻の顔を赤く染める。血で真っ赤に染まった顔の中でギラギラ光る目が上出を見下ろしている。妻の霊から送られてくるその光景を上出は不思議な感覚で感じていた。首を掻き切られる感触はいいものではない。痛みも当然あるが、思ったより痛くない。

 新しいイメージが送られてきた。手の得物が今度は牛刀に変わっていた。ひんやりとした金属が腹部に当たる感触。その冷たい金属が臍の中に潜り込んでくる。妻は嬉々として上出の腹を裂き始めた。溢れ出す粘り気のある血。引きずり出される内蔵の数々。痛みは首筋を切られるよりはるかに痛く苦しかった。どうやら彼女は夫を切り刻むシミュレーションをしているらしく手を変え、品を変え上出は幾度となく殺された。うちつづく激痛に上出は心身ともに疲れ果て気が狂う寸前まで追い込まれていた。一方でその光景を見ている、いや、感じている自分がいた。

 女という物は、尻の穴まで見るような仲になっても何を考えているのか分からんものだ。と人ごとの様に感じていた。また、彼女が新しい殺し方を思いついたようだ。今度こそ気が狂ってしまう。凄惨な笑顔を浮かべ彼女は手にアイロンを握っていた。

 カチャリ。部屋の戸が開く音がした。

「まだ、起きているの。もう遅いわよ。早く寝たら」そこにはいつもの美しい妻が優しい笑みを浮かべ覗いていた。アイロンを手に持った妻の生き霊は消えていた。妻は椅子に金縛りで固まり、体中みみず腫れを造り、息も絶え絶えで汗まみれになっている上出に驚き、どうしたのと飛んできた。上出は思わず妻が手に何か持ってないかと確かめた。

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