第13話 観測者

「観測者!今度は何を始めたんだ」仲村はうんざりとした感情も顕わに古林に尋ねた。古林は会う度に訳の解らない分野の新しい事をしている。新しいこと云うより胡散臭い事と言った方がいい。

「お前の為に心霊関係の情報を収集しているんじゃないか。観測者はそのため無くてはならないツールだ」と得意そうに話す古林を見てまたやっかいな事になりそうだと仲村は思った。

 確かに仲村は古林に最新の都市伝説の調査を頼んだし、その方面にも造詣が深い。学生時代に嘘か本当か信疑のほどは定かでは無いが、古林には霊能力があると羽間から聞いたことがあった。当時はそんな事にまったく興味が無く受け流していたのだが、今は古林の持っているデータベースに蓄積されている都市伝説や心霊関係のデータは頼りになっていた。それは羽間が採取してきた新鮮なネタを検証し補足、補完し話し膨らませリアリティーを持たせる為に無くてはならない。都市伝説番組にしても仲村が古林の都市伝説関係のデータベースの存在を知り、冗談半分で出した企画が通ってしまった経緯がある。番組テーマに関しては羽間が新鮮な情報を採取してくる。古林がその情報を精査し新しい情報に加工し展開、仲村がプロデュースするというワークフローで番組制作の流れが出来ていた。

 ツボにはまる情報が見つかると古林は金脈を見つけた山師の如く何処までも掘り進んで行く。その原動力は好奇心。古林も羽間も仲村にも共通する行動原理だったが、特に古林、羽間の二人は度が過ぎている。好奇心は猫をも殺すと言う言葉を奴らは知らないのだろうか。

「おい!聞いてる?」古林の声で仲村は現実に引き戻される。そこには古林の優しそうな笑顔が仲村を見つめていた。あの笑顔は説明を聞けという合図だ。古林の講釈を聞かなければならない。古林に気づかれないように小さく溜息をつく。仲村には古林の言うことの半分も理解できない時が多いのだ。それが苛立たせる。

「観測者とは・・・まぁ、仲村に解りやすく言えば霊能者の事だが、世間一般でイメージされている霊能者とは少し違う意味合いも含んでいるんだ」鼻の穴を広げ自慢そうに古林は言った。

「じゃあ霊能者でイイじゃないか」

「イメージが良くない。霊能者と聞いて胡散臭そうなイメージを持つ人間が多いだろう。そんなイメージを払拭したいんだよ。世間一般ではこの分野は無視されるどころか軽蔑の対象にも成りかねない分野だ。俺は学問の一分野として探求したいんだ」と古林は満面の笑みを浮かべた。

「別に大っぴらに発表する訳でも無いんだろう。呼び名なんてどうでもいいだろう。俺と羽間とお前の中での事でしかないんだし」

「解ってないな。俺自身が霊能者って言葉に胡散臭いイメージを持っているんだ。先入観をもって情報を解析したりすると導き出される新たな情報や事実が濁るんだ」古林は穏やかな口調で更に続ける。

「ミズホは観測者としては逸材だよ。かなり強い能力を持っている。使えるツールだ」仲村はミズホの方を見た。ミズホは無遠慮な視線を物ともせずにお茶を啜っている。

 確かにミズホは仲村が今まで出会った人間達とは異質の雰囲気を纏っている。

「それで、観測者に何をさせるんだ?」

古林は新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を光らせ、話を続ける。

「何故、霊を見える人間と見えない人間がいるのか、霊の影響を受ける人間と受けない人間がいるのかを考えたことはあるか?俺は霊を一種のエネルギーだと考えている」これを前提に話しを進めると古林は一方的に宣言した。何時もこの調子だ。仲村は指をくるくる回した。早くしろと言うジェスチャーだ。

「例えばポルターガイスト現象など物理的な力が働く場合がある。これは何らかの物理的な力が働いていると言うことになる。霊が発するエネルギーか、霊自体が運動エネルギーの一種だとすれば観測できるはずだ。現状では霊を観測出来るこれといった決定的な機器はない。霊のエネルギーがどの様な性質のエネルギーなのかは未知だ。唯一、観測出来るとすれば霊を見たり、感じたり出来る人間しかない。観測情報の精度を求めれば霊能力が安定して発揮出来る人間に限られる。すなわち霊能力の強い人間だ」

 回りくどい。いつもの事だが回りくどい。素直に強い力を持つ霊能者と言えばいいものを。そう思いながら仲村は自慢げな古林の表情を眺め、冷めたお茶を啜った。

 仲村はさっき古林がツールと言った事を思い出した。古林は彼女を店員では無く観測機として雇い入れたのか。道楽のために。物好きで、知りたがり屋の古林ならさも有りなんとミズホを見た。ミズホは古林の講釈には我関せずと羽間に二番茶を振る舞っていた。茶を出す仕草はまだ羽間に対して恐れを抱いているのかぎこちない。一瞬助けを求めるように古林の方をチラリと見たが古林が持論に夢中になっているのを見てお茶だし作業に戻った。四季春の清々しい香りが強く漂う。

「霊を見ることが出来る人達は何故見えるのか。見えるどころか霊に干渉できる人も多い。人の脳には霊を感知する感覚領域があり、見える人はそれが活発に活動しているのではないだろうか。見えない人に関しても何かのきっかけで霊が見え、影響を受けてしまったりする場合がある。それは感覚領域が霊と遭遇することによって活性化され活動を開始したとも考えられる。もっとも人の脳とはかなりいい加減なものらしく脳は自身の都合によって情報操作するそうだ。見たい物、必要な物だけみて、脳にとって不都合を生じる視覚情報はシャットアウトする。本当は見えない人達も見えているのかもしれないな。脳がそんなもの見えないと思い込ませているんだ。パソコンのファイルのように必要だが弄られて都合

の悪い物みたいに不可視ファイル化したんだと思う。今の人間の生命維持活動には霊など見えなくても不都合は起きない。むしろ見える事による不都合な問題の方が大きいんだ」古林の言葉にそばでお茶を啜るミズホが頷く。

「じゃあ何のために霊を見る必要があるんだ」

「かつては霊を見ること、感じることは人にとって当たり前で必要な機能だったんだろうな。いつの間にか人にとって必要じゃ無くなった」

「退化したわけか」

「それは違うと思う。霊情報が不要な新たなる情報社会に適応する進化だと思う。ただ機能は残して使わないだけだ。それがいつの間にかその機能の使い方を忘れたんだろうな」

「それはお前の仮説か」

「いいや、俺の思いつきだ。実験、観察はこれからだからな。仮説を立てるほどの情報は持ってない」そう言うと古林はミズホをしげしげと眺めた。まるで熱狂的な車好きが高性能な新型車を眺めるような目つきだ。仲村は今日、何度目かの深い溜息をついた。

 古林は何時もそうだ。根拠の無い推論から色々なこと始める。何時も納得出来る説明をしてくれない。結果オーライ主義者だ。その度に俺は心に何か納得できない物が溜まっていく。まったくオマエはストレスの元だよと心の中で仲村は嘆いた。

 今、古林は自分の考える心霊学を物理学のジャンルか自然科学のジャンルに入れようかと真剣に悩んでいた。霊体力学なんてどうかなと、提案してくる。仲村は古林の提案を無視し以前、羽間の言っていたことを思い出し尋ねてみた。

「お前も霊能力があるって羽間から聞いたことがあるが、本当か?」

「あるよ」と事も無げに古林は答えた。

「お前、今までそんな話し一度もしたこと無かったじゃないか」怒ったように仲村は言った。古林と羽間に仲間はずれにされたような気分になったのだ。

「仲村がこの手の話しに拒否反応を示すからさ。大体、心霊現象なんて今回みたいに仕事でも無い限り興味ないだろう」

確かに古林の言う通りだった。心霊現象などは番組制作の素材として扱っていたが信じていたわけではなかった。かといって否定もしていなかった。要するに心霊現象が有ろうが無かろうがどうでも良かった。番組素材としてどう料理するか、自分が面白くて尚かつ視聴者の興味を引けばいい。仲村の興味はその事だけだった。

「それに俺に霊能力があると言っても極めて微弱だ。霊の気配を感じられるだけだ。虫の知らせレベルの感覚が人より多少強く感じられる程度だ。それに心霊体験だって仲村の番組のネタになるような体験は持ってない」

 羽間の方を見ると頻りに部屋の片隅に積み上げられた古物の方を見ていた。どうしたと仲村が声をかけるが羽間は何も言わず部屋の片隅を見つめ続けている。

「何か見えるのか?だったら心配ない。此処にある品物は全て無害だ」古林が羽間に声をかけた。

「何を言っているんだ。何のこと?」仲村は訳が分からず積み上げられた古道具に目を凝らす。

「子供だ。子供がいる。まっくろな・・・」羽間は古道具の中に有る舟箪笥を指さした。仲村には何も見えなかった。薄暗い部屋の片隅に古道具が積み上げられている。それだけだった。羽間が見ていたモノは、その凝った模様の鉄金具に縁取られた船箪笥の上にちょこんと女の子が座っていた。おかっぱ頭に白いブラウス、下は絣のもんぺ。胸には名札が縫いつけて有るようだが煤けて読めない。煤けているのは名札だけではなかった。全体に煤けている。煤けていると言うよりも何か黒い煙が全体を覆っているといった方が近い。顔も黒く覆われ、真ん丸い

子供らしい目だけが此方を見ていた。

 羽間はこの店に入るなり色々なモノを目の当たりした。店の商品の殆どに何かが憑いていた。それは物言いたげな人の顔だけだったり、人の形をした白濁した煙だったり、形の無い黒い固まりだったりと、形容しがたい色々な何かが店内や部屋の至る所に溢れていた。その中で唯一おかっぱの女の子だけが形らしい形を保ち此方を見つめていた。

「その子は何もしないよ。ただ居るだけだ。羽間は見えているんだろ。この店の商品は安全だ。ちゃんとした処理を施してある」

「あそこに子供が居るのか?」上ずった声を出す仲村。

「ああ・・・此処へ来た時から色々なモノが見えている」

「さあ、気にせず本題に入ろう」との古林の言葉に仲村は上の空で「ああ」と呟くともう一度恐る恐る船箪笥を見つめた。

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