第12話 オカルトサイト:404 柳野 由子(お魂)

由子は肩までの髪を後ろに縛るとモニターの前に腰を下ろし、パソコンの側にある小皿から黒砂糖を一つ摘み上げ頬張ると掲示板を覗いてみた。


916 名前:ヒロコ 投稿日: 20XX /06/29(月)22:35 ID:5pbrT1Q5

今晩は・・・


916 名前:ヌラリン 投稿日: 20XX /06/29(月)22:38 ID:SYLp6hI0

ちわっす


917 名前: 肉絲 投稿日: 20XX /06/29(月)22:43 ID:6td6yWss0

待ってたよぉ


918 名前:パコン 投稿日: 20XX /06/29(月)22:44 ID:nwNsRX350

ボチボチですう


 今日も常連ばかりだった。ここのメンバーはもっと多かったはずなのに。話題も近状報告や世間話ばかりだった。少しばかり寂しい気持ちが湧いてくる。今時、掲示板は古いのだろうか。SNSに移行した方がいのかな。などと思ってしまう。

 このサイトを運営する由子は見える人だった。会員制のこのサイトに来ている人達も見える人ばかりだった。入会条件は霊体験をしている事。入会に際して自分の霊体験を入会フォームに入力させた。由子はその体験談を検証し、入会資格の有無を判断していた。

 霊能力と呼ばれる力も色々種類が有るようで、よくテレビなどに出ている霊能者は写真とか遺物などから色々な事が分かるように由子は対象者のメールや文章から色々な情報が読み取れる能力を持っていた。嘘や創作など立ち所に見破った。

 このサイトは見える人達が霊の悩み、相談事や霊障など解決するコミュニティになればと立ち上げた。由子自身、霊が見える為に周囲の人間から気味悪く思われたり、奇異の目で見られたりして辛い思いや嫌な思いをしてきた。彼女が吟味し集めた霊関係のデータベースの多種多様な情報は、全てが事実に基づいた情報だった。由子は普通の人には見つけられないと皮肉を込め404: File Not Foundとサイト名をつけたが、トップページの花子のイラストが印象的だったのか、何時しかハナコヨンマルヨンと呼ばれるようになり、今ではトップページにもハナコヨンマルヨンとタイトルを入れていた。

 由子が霊能力に目覚めたのは小学校の三年生の時だった。同級生がコックリさんをしている所を他の同級生と端で見物していた。コックリさんに参加している三人の指先の十円玉が文字の書かれた紙の上を行ったり来たりと動いている。同級生が誰々の好きな子は、などと色々な質問を繰り返していた。コックリさんを始めて十分程経過した頃、コックリさんに興じる同級生達の周りで透明なモヤモヤした物が見え始めた。何かが空気の中で蠢いている。枝葉の中で擬態している昆虫のように、目立たないのだがなんとなく形が分かる。同級生達は誰も気づいて無い様子だった。由子は目を凝らしモヤモヤを見つめた。

 突然、モヤモヤの中に赤い光点が二つ見えたかと思うと赤い目になった。目になったと言うより、目に見えたのだ。由子は丸い物が二つ並んでいるから目の玉だと単純に発想したのだ。背後にあるモヤモヤとした透明な物も、顔の輪郭に見えなくも無かった。由子がもっとよく観察すれば二つ光点は微妙にブレながらふわふわと浮かんでいる事に気づいたはずだ。光点は朝露に濡れた苺みたいな紅い色をしており由子は綺麗な紅だと感じた。恐怖感は無かった。ただ、ただ苺色の光点に見とれていた。

 由子と一緒にコックリさんを見物していた同級生が宙を見つめたままの放心状態の由子に気づいた。

「由子ちゃんどうしたの?」同級生が問いかけた。

「あそこにね・・・赤い何かが・・・目玉みたいなのが浮かんでるの・・・」由子は宙を見つめたまま上の空で答えた。由子の話を聞きコックリさんを見物していた周りの同級生が騒ぎ出した。コックリさんに参加していた三人はその騒ぎを聞きつけ、一人が十円玉から手を離してしまった。コックリさんには質問が終わりコックリさんを帰すまで十円玉から絶対に手を離してはいけないと言うルールがある。そのルールを破ると祟りが降り懸ると言う。三人は蒼くなり誰々が悪いとお互いに罵り合いを始め、放課後の教室は大騒ぎになった。放課後、教室に居残りしていた同級生達は集団ヒステリー様相を呈していた。特に酷かった子はコックリさんに参加していた一人で最初に十円玉から手を離した子だった。

「私、悪くないもん!」と気が狂ったみたいに叫び続けていた。騒ぎを聞き駆けつけた担任が事態を沈静化するまでたっぷり小一時間かかった。

 そこから由子にとっての悲劇が始まる事になる。その場に居た同級生達は今回の騒ぎをすべて妙な事を言い始めた由子の所為にしたのだ。見えもしない物を見えたと嘘を言って皆を脅かし、そうなったと。由子はその事について反論、言い訳は一切しなかった。担任の問いかけにもただ顔を赤くし、俯き押し黙るばかりだった。

 由子は極めて内向的な性格で他人との関わり合いにおいて一歩引いた付き合い方をし、目立事を嫌う子だった。いつも一人で遊んでいる事が多いが、かといって全く社交性が皆無と言う訳でもなく、同級生達とは適当な距離を置き付き合ったりしていた。ただ由子には友達と呼べる級友が居なかった。遠足などでお弁当の時間など友達どうしで集まり直ぐにグループを形成するが由子は何時もあぶれていた。由子自身は友達らしい友達が居ないこと自体それほどを苦に思った事は一度もなかった。

 今回の騒動の同級生達とは偶々その場に居合わせただけだった。由子が一番ショックを受けたのは何か得体の知れない物を見たと言うことより騒動の責任をすべて自分の所為にされた事だった。その事件が切っ掛けで由子は霊をそこかしこに見かけるようになった。もちろんその事は誰にも話さなかった。

 モニターを見つめながら黒砂糖をかみ砕く。酷のある甘みが口中に広がる。掲示板に見たことのないハンドルネームが表示されている。しかもIDも表示されていない。システムエラーかな。それにしても変だ。このサイトは会員でなくともデータの閲覧は出来るが掲示板の書き込みには由子の発行するIDが必要になっている。

「荒らしか・・・な?」由子は然るべき措置をとるために身構えた。以前この掲示板は会員制では無く、荒らしやスパムが絶えずメチャクチャにされ、会員制に移行した経緯があった。


940 名前:damama 投稿日: 20XX /06/30(火)00:39 ID

ダママを知っているか?どんなことでもいい。情報がほしい。


「ダママ」と黒砂糖を頬張ったままの口で呟いた。ダママの文字から本能的に危機を感じ取った。恐ろしいほどの恐怖が由子を攻め立てる。

これは・・・違う。違う、何なの・・・この書き込みは・・・人じゃあ無い!みんなが危ない!今このサイトへ来ているみんなの身が危ない。早く、早くこの場から離れて!根拠のない強烈な予感が心臓を握り締める。パソコンから離れて!ネットの接続を切って。今までに経験した事の無い程の切羽詰まった危機感が体中にじわじわと染み込み心臓が痛い。頭の中に一瞬何かのイメージが飛び込んできた。

 その刹那、空気が質量を持ち由子の体にのし掛かる。由子は押しつぶされまいと必死で体を支えた。部屋中が振動した。

「何、地震」由子は机にしがみついたが直ぐに地震の揺れとは違うことに気がついた。部屋全体の空気が振動しているようだ。振動と共にガラスを引っ掻く音が聞こえ出した。心霊現象。似てはいるが初めて経験する未知感覚だ。damamaの仕業だ。振動はどんどん激しさを増し由子の体を揺さ振る。口からは黒砂糖の混じった焦げ茶色の唾液が糸を引きながら滴り、五臓六腑を吐き出しそうな不快感に襲われる。肺が空気を求め喉の奥底でヒイッ、ヒイッと鳴く音がする。由子は体中の穴という穴から体液が吹き出すような感覚に見舞われ、こめかみに浮き出た血管が破裂しそうなほど怒張している。由子は気力を振り絞り鉛のように重く

なった腕を上げキーボードをのろのろと叩いた。


943 名前:お魂 投稿日: 20XX /06/30(火)01:44 ID:wM6/9y0u

damama>あなたは、この世の者ではないここから出て行きなさい


 キーを叩き終わる頃には、ほとんど呼吸停止状態になり、目は白目を剥いていた。由子が意識を失いかけた時に振動が収まった。振動が止むと同時に床に崩れ落ちた。体中あらゆる部位が痺れ動ける状態ではない。寒い。体の芯から吹雪がやって来るようだ。体はフローリングの床に張り付いて動けない。数分後どうにか眼球だけは動かす事が出来るようになった。部屋は何事もなく、物が壊れたり、ひっくり返ったりしている様子もない。モニターも掲示板が表示されたままだ。異変が起こる前と何一つ変わりがない。テキスト入力欄で最後の書き込みの語尾でカーソルが点滅していた。

 季節外れの風鈴が生暖かい風にもの悲しい音色を奏でていた。二時間ほどかかり、どうにか体が動かせるようになった。呼び込んだのかな。霊達はこちらが見える事が分かると憑いてくる。ましてやこのサイトの掲示板に来る人達も霊感応能力のある人達ばかりだ。色んな物を呼び込んでも不思議は無いはずだ。その事は解っていた。だから細心の注意を払っていたのに。とにかく不快感が強かった。五臓六腑がまだ振動しているように感じる。口から内臓すべてを吐き出したかった。下半身に不快感を覚えた。

「いやだぁ・・・・」

由子は失禁していた。焦げ茶色のフローリングの床に染みが広がり、大きな水たまりを造っていた。自分でも信じられない量を漏らしていた。体の芯から力が抜け再び床に突っ伏した。再び意識が朦朧としてきた。異変前に一瞬、飛び込んで来たあのイメージは女の子だった。あれは、悪霊だ。凄まじい力をもった。サイトに呼び込んでし

まった。

「あんなの・・・わたし・・祓えない・・・」

由子は霊能力者としては力がある方だったし、現に強力な悪霊の除霊など経験していたが、今回のケースにはまるで対応出来なかった。いきなり津波に飲み込まれたような桁違いの力を感じた。今、起きた出来事は霊的な現象に違いないと思ったが、霊と接する時に感じる波動の感触がまったく異質だった。今まで体験したこと無い波動だ。霊だろうと生きている人間だろうと共通するある種の波動が感じられるのだが、今の体験で感じた波動は全く異質のものだった。この世の物でもあの世のものでも無いと強く感じる。ではあの未知の波動は何処からやって来たのか。ああ、何故だか口の中がプラスチック臭い。

 由子の体は恐怖で冷え切っていたが体を震わせるほどの体力さえ残っていなかった。今だに消えない猛烈な恐怖と不安と混乱の中で何故か一つだけ安心したことがあった。脱糞してなかった事が唯一救いに思えた。我が物とは言え大便の始末は情けないし真っ平だった。その思いに安心したように由子の意識は消失した。

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