第11話 観測装置

 その女は妙に懐かしい格好をしていた。子供の頃、近所でよく見かけた事務のお姉さんを思わせた。明るい紺色の事務服は妙に古めかしく、袖には腕カバーを、脛丈のプリーツの沢山入った黒いスカート。白いソックスは踝で折りたたんである。おまけに足には、今時何処で売っているのか木製のサンダルを履いていた。まるで昭和の古写真から抜け出てきた典型的な女子事務員姿だ。

 狐顔の女が再び羽間に向かい更に鋭く凛とした声で叫ぶ。

「お帰りなさい!ここは、貴方のいる所ではない!」突然の事に仲村は呆然としている。一方の怒鳴られている羽間と言えば無表情で女を観察するように見つめていた。

 不意に羽間に食って掛かる女に仲村は腹を立て二人の間に割って入った。仲村が女を止めようと、肩に手を掛けかけた時、ガラガラと店の引き戸が開いた。店の中から、男が出てきた。大男だ。二メートル近くはあるだろうか。顔も身長に劣らず大きく威圧感を感じさせた。どことなくメアリー・シェリーの有名な人造人間を思わせる。

「ミズホ。止めなさい」大男は静かに言った。その声は驚くほど優しくその場に響いた。ミズホと呼ばれた女は、大男の顔を見ると安堵の表情を浮かべ、小さい子供の様に男の後ろに隠れ此方を覗いた。

「よぅ!」メアリー・シェリーの人造人間はネイティブ・アメリカンの挨拶よろしく仲村に向いニッコリと微笑み右手をあげた。

「ようじゃねえよ。誰だよ、その女は」仲村はミズホと呼ばれた女を睨み付けた。

「悪い悪い。勘違いだ。ミズホの勘違いだ」古林と呼ばれた男は「彼は心配ない大丈夫だ」謝れと呟きながら自分の後ろからミズホの腕を掴み引きずり出した。

ミズホは先程とは打って変わった様子で怯えた目で羽間を見るとぺこりとお辞儀をするとまた古林の後ろへ隠れてしまった。

「俺の店の店員だ。驚かせてスマン」古林はそう言うと羽間を見た。一瞬、眉間に皺を寄せたのを仲村は見逃さなかった。

「羽間、何年ぶりかな。体の具合はどうだ。お前の事は仲村から聞いていたよ」古林は親しみのこもる優しい声で矢継ぎ早に言葉を浴びせると羽間の顔を覗き込み「見舞いにも行かずスマン」と付け足した。

 古林は羽間がICUで昏睡状態の時、一度だけ見舞いに行った事があった。その時でさえ最後に羽間に会ったときから二年近くが過ぎていた。

 羽間は古林へ向かい軽く会釈すると仲村の方を見た。羽間の表情には何一つの変化もない。

「俺たち三人は学生時代いつもつるんでいた悪友だよ」仲村は照れくさそうに言った。

「兎に角入ってくれ。羽間はここへ来るのは事故以来、初めてだったな。話しが聞きたい」古林は店へ手招きした。ミズホは逃げるように木製サンダルをカコカコと鳴らし店の中へ駆け込んでいった。古林は仲村に本当に羽間なのかとつぶやくように尋ねる。

「死んでも不思議は無い事故だったし、記憶も無くしている。以前と同でいられないさ」仲村は言い訳するように答える。

「いや違うんだ。そんな事じゃないんだ。なんだか不思議な・・・存在になっている・・・」そう言うと羽間をしげしげと眺めた。仲村は一瞬、何の事か解らず聞き返そうとするがすでに古林も羽間もいつの間にか店の中へと消えていた。

 通された店内でまず目に付く物が太く黒光りする梁からぶら下がった多数の電笠だ。どれも淡くやさしい光を放っていた。これだけ明かりが灯っているのに係わらず店の中は薄暗くひんやりとした空気が流れていた。天井が高く梁と同じように黒光りしている。柱や羽目板が光を吸収しているようだ。古物店と看板に謳ってあるわりには商品が少ない。古びた木枠のショウケースが壁に沿って店内の四方を囲み、中央には腰高の机のような格好をしたこれまた古びた木枠のショウケースが二つ三つ並んでいた。ショウケースの中には商品が整然と並べられ、古道具屋と言うより博物館か資料館の一室と言った方が相応しかった。

 羽間がショウケースの一つを睨むように瞬き一つせず見つめていた。仲村が背後からのぞき込むと十五センチ程で折れた刀の切っ先が展示されている。

「どうかしたのか」仲村も一緒になってショウケースを覗き込む。

「ああ・・」羽間は冷たい光を放つ刀の欠片を夢中で見つめていた。

「羽間こっちだ」と古林が羽間に声を掛けるまで刀の欠片を見続けていた。

 羽間は促され古林、仲村の後について店の奥へ進んでいった。歩きがてらケースの中を覗くが羽間には見た事もなく、何に使うのか解らない物ばかりだった。ただ、物が古いのは解った。

「いつ来ても訳の分からないガラクタばかりだな。儲かっているのか?」仲村がケースを眺めながら言った。

「商売は二の次だ。此処に有ることでお前の言うガラクタは存在価値と存在意義が生まれるんだ」と古林は返す。古林は店の奥へと手招きし薄暗い廊下へ入っていた。

 通された部屋に入ると古本の香りが漂っていた。仲村は図書館の香りを思い出した。同じ古書を扱う古本屋の香りよりは柔らかい気がする。ただ、この部屋には不思議と香りの元である古本の類が見あたらない。部屋の片隅にソファーや机が置かれ、傍らにはまだ整理されていない。古道具が乱雑に積み上げられていた。

 三人がソファーに腰を下ろすと直ぐにミズホがお茶を持ってやって来た。ミズホは恐る恐る仲村と羽間の前に茶杯を差し出した。作法に則り丁寧に煎れられた烏龍茶だ。お茶は甘く清々しい香りがした。

「四季春だ、いい香りだろ」人懐っこい笑みを浮かべ古林が言う。

「紹介する。この前から当店に来て貰っているミズホだ。そして観測者をやって貰っている」ミズホは黙ってお辞儀をした。相変わらず羽間を見る目には怯えの色が見て取れた。仲村は彼女がフルネームで紹介されなかった事でミズホが名字だか名前だか解らなかったが取りあえず会釈をした。

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