第10話 オカルトサイト:404 真柄 幸司(ヌラリン)
真柄幸司は有り余る性欲を持て余し、本日、三回目のマスターベーションに取り掛かろうと思っていた矢先、虫の知らせとでも言うのだろうか異様な予感に襲われていた。上は白抜きでYou worthless rascal!と文字の入った薄紫のTシャ ツ一枚、下は何も着けず下半身むき出しで逸物を握りしめながら部屋中をうろうろと歩き回っていた。
何だろう。時々、心臓が持ち上げられるような感覚を覚える。良い予感か、悪い予感かどちらだ。多分、後だろう。怯えた目で部屋中を見回した。所々、破れた障子の穴から見つめられている気がする。目を凝らし障子の穴を見詰めたり、天井を眺めたりする。薄暗い自室の日本間には異常は認められない。座卓のノートパソコンへ向かい、下半身丸裸のままどっかりと胡座を組んだ。べた付く手をTシャツで拭うと爪垢がたっぷり溜まった手でパソコンをいじり始めた。ノートパソコンの乗った座卓を中心にゴミが堆積していた。スナック菓子の袋や紙屑、エロ本や有りと有らゆるゴミが散らばっていた。僅かに覗いたすり切れた畳もな
にやら得体の知れない染みが沢山ついている。座卓の下に押し込まれたテッシュ屑の山には、先程の新鮮な精液の染みこんだテッシュも仲間入りしていた。
幸司は築五十年ほどの祖母の古屋に去年の夏頃から住み着いていた。脳血管性認知症の進行と持病の悪化した一人暮らしの祖母の介護の為だった。その祖母も三ヶ月前に他界したが幸司はそのまま住み続けていた。両親の住む実家も歩いて数分の所にあるが実家に戻る気はさらさらなかった。実家に戻れば、職を探せ、働け、嫁を貰えと五月蠅い両親から逃れたかったからだ。
祖母の面倒を看ると言い出したのは幸司からだった。認知症で寝たきり状態に近い祖母の介護について頭を悩ましていた両親は二つ返事で承諾した。幸司も両親の小言を聞かずに済むので願ったり叶ったりだった。職を持たずブラブラしている四十近いバカ息子と呆けた婆さんが一気にやっかい払いできると両親は内心喜んだ。特に手放しで喜んだのは母親だった。しかし、両親はこの二人の事を全く心配していない訳では無かった。母親は食事や洗濯物を二人のためにこまめに届けていたし、父親も頻繁に様子を見に来ていた。元々、おばあちゃん子だった事もあり祖母の面倒を看る事や下の世話も特に苦にはしていなかった。
幸司は祖母の貯金をくすねていた。祖母の貯金こそが幸司が進んで祖母の面倒を看ると言った最たる理由だった。両親や周りの人間は気付いていなかったが祖母は金に対して異常なまでの執着を抱いていた。幸司は偶然、祖母の貯め込んでいた金を見つけたのだ。その金額たるや八桁に近い数字だった。面倒を看るために祖母の家に足繁く通っていた両親もその事には知らなかった。質素に年金で細々と暮らしていると思っていたし、祖母の生活ぶりも約しかった。幸司は祖母がどうやって大金を貯め込んだのかは興味が無かった。だが、当分遊んで暮らせる。ちびちびと使えばいい。金の出所は派遣の仕事でも行っている事にしていればいいと思っていた。
幸司は掲示板に参加しながら、盛んに部屋中をキョロキョロと見渡していた微かな物音にも敏感に反応していた。先程からの良からぬ予感の為だ。
940 名前:damama 投稿日: 20XX /06/30(火)00:39 ID:
ダママを知っているか?どんなこと でもいい。情報がほしい。
モニターに一文が表示された。ダママ、聞いたことがない。新種の都市伝説か妖怪の類か、レスを返そうとタイプを始めた矢先、耳元でしわがれた声が聞こえた。
「・・・・・・ぇ・・せ」
「えっ」幸司は思わず声を出した。来た。金縛りが。
「やばい!金縛りだよ!」
パソコンに向かったままの姿で固まってしまった。幸司にとって金縛りは珍しい事では無い。金縛りになるとよく霊を見た。だが何時だって霊を見るのは嫌だった。霊との遭遇は何時だって怖いのだ。こんな時は目を瞑り金縛りが解けるのを待つしかない。やがて霊もいなくなるはずだった。しかし今回の金縛りはいつもの金縛りと訳が違った。幸司は後ろから何者かに両手で頭をがっちりと捕まれていた。振りほどこうにも体は動かない。両の手はキーボードの上で固まっている。
カサカサとした枯れ木を思わせる感触、長年患った関節リウマチで関節を破壊尽くされ、全ての指がねじ曲がった指。スワンネック変形と呼ばれる典型的な関節リウマチのその指がもの凄い力でぐいぐいと頭を後ろへ引き寄せてくる。顎が上がり上体が次第に反ってくる。それに連れ、キーボードの上で固まっている手がノートパソコンを手前へズルズルと引き摺り始めた。薄汚れ煤だらけの天井が目に入ってくる。視界上部にはぼんやりとした影が見え始めた。見たくない。見たくないのだが目が閉じられない。固まった手に引き摺られたノートパソコンが座卓からころげ落ち左の睾丸を直撃した。息が出来ないほどの鈍痛が下腹を駆け
めぐった。体を折り曲げうずくまりたいが出来ない。影が視界いっぱいに入ってきた。
「ばっ、ばぁ・・ちゃん」それは幸司が予感していたモノだった。
白髪を振り乱した祖母は生前と同じく目を細め優しい笑顔を満面に浮かべ、もごもごと口を開く。口から糸を引き何が飛び出し、幸司の額にぶつかり、畳の上に転げ落ちる。入れ歯だ。顔にはぬるぬるとした唾液の跡が残り歯槽膿漏の臭いが鼻を付く。祖母はかまわず歯の無い口を開きもごもごと何かを話しかけてくる。
「か・えせ・・・」歯が無いのにハッキリと言葉が聞こえてくる。
幸司は返事を、言い訳をしようとしたが言葉が出ない。声が出せない。何より恐怖で思考が停止し頭の中でも「あわわ・・」とか「ひぃいい」としか叫ぶ事しか出来なかった。
祖母はやさしく微笑みながら「かぁえせ」と話しかけてくる。その声はどんどん頭の中で大きくなってくる。笑顔の祖母から鼻水が滴り落ち、どろりと幸司の頬を伝う。ねばねばとした青っ洟が。生前、祖母は鼻を患っていた。幸司はよく鼻を拭いたり吸引をやったりしてあげたが、今はしてあげられない。
「かえせ・・・。かえせ・・・。かえせ・・・。かえせ・・・。かせせ・・・。かえせ・・・。かえせ・・・。」
頭の中は祖母のやさしい声で溢れ、やがて幸司の頭の中で何かが爆ぜた。
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