後編:そして少年は神話になった

「倒入伊希斯傾東都領導者,現在給我一個城堡! 如果你不按照指示,觸發壓倒性軍事力量!(東都イシスの指導者に告ぐ、今すぐ城砦を明け渡せ! 命令に従わない場合は、圧倒的な軍事力で制圧する!)」


「だまれ! 共和国には一戦も交えんと降伏する軟弱な将はおらへんぞ!」



 東都の城壁に向かって威勢のいい声を張り上げたのは、岑軍の南方面軍総大将の宣高。それに対して東都イシスの総督ホルテンシウスもまた城壁の上から啖呵を切る。

 どちらも相手の言っている言葉は全く分からなかったが、相手が引く意思がない事だけは分かった。


 東都を取り囲む岑軍はおよそ20万人、それに対する東都の守備兵はわずか3万人。その兵士の中には…………ミハイを含む、東都ホワイトタイガースの選手たちも含まれていた。

 将軍の中には、彼ら選手たちが戦争で命を落とすのを心配する者もいたが……


「おまいらは下がっとれ! 有望なハルパストゥームの選手が、こがいな所で命を落としたらアカン!」

「いいや、俺たちも戦う! 俺たちもレス・プブリカの市民だ! この町を守る義務がある! そしてこの町が守れなかったら東都ホワイトタイガースはなくなるんだ! 命に代えても守って見せるぜ、そうだよな皆!」

「ミハイの言う通りや! わてらもやったるで!」

「せやせや! 異国人どもに白虎魂みせたるでぇ!」


 ホワイトタイガースの選手たちも、武器を取り徹底抗戦の構えを見せた。





 そして翌日から、岑軍の攻撃が始まった。



「衝哬!(すすめ!)」



 地平線を埋め尽くさんばかりの岑兵の群れは、まるで津波のようにイシスの城壁に押し寄せる。

 防衛軍は懸命に弓矢を放ち、岩を落とすなどして対抗する。東都イシスの城壁は高く、更に城壁の前には深く広い堀が作られている。そう簡単には落ちないと、誰もが自信を持っていた。



 しかし、単純な力攻めでは無理と判断した岑軍は、投石器を組み立て、城壁へと岩をぶつけはじめた。更には東方の魔術である『仙術』や『妖術』を駆使し、術での攻撃まで行ってきたのだった。

 共和国側も、城壁に備え付けてある大型の弩砲や防御結界を展開するなどしたが、次第に数に勝る岑軍が押し始め…………



 攻撃開始から1か月後、ついに東都イシスの城壁の一角が崩れ落ちた。



「城壁が崩れてもうた! このままでは奴らを止められへん!」

「はよ修理せな!」


 守備隊は慌てて修復を試みるも、時すでに遅し。


「衝進去!(突っ込め!)」



 岑軍は、大量の土嚢を持って崩れた城壁の前に殺到。人海戦術であっという間に堀を埋め、そこから城壁の中へとなだれ込んだ!

 城壁を突破されたのを悟ったホルテンシウス総督は、民間人を避難させるとともに、守備隊に運河の向こうへの退却を命じた。



「敵が突破した! 運河の向こう側へ避難するんや!」



 幸い、東都イシスは町の半分が運河で区切られているので、城壁が突破されても運河の向こう側で体勢を立て直すことが可能だ。

 城壁を守備していた兵士たちは、急いで運河の向こうへ退却を始めた。

 退却する兵士たちの中には、城壁でずっと戦ってきたミハイ達の姿もあった。



「ちくしょう! 俺たちの町が!」



 城壁を突破した岑兵らは、東都の町のあちらこちらに火をつけ、町を破壊し始めた。いずれは運河の手前まで街は破壊されてしまうだろう。その町の中には、ミハイの生まれた家もあった…………

 神殿も、市場も、そして東都ホワイトタイガースの本拠地である球技場も…………

 敵兵の手によって壊されていった。


 ミハイは、その光景を見て非常に悔しがった。

 ハルパストゥームでは負けなしの彼も、あれだけの敵相手に一人で戦うのは無謀だ。


 焼かれる街に背を向けるように、運河の向こうへと走る。

 そして、運河を渡る橋を越えようとした時、彼をアクシデントが襲う!



 橋が投石器の砲撃を受けて、崩落してしまったのだ!



「っ!…………しまった!」



 哀れミハイは、橋の崩落に巻き込まれて運河に落ちてしまった。(20年ぶり2度目)






××××××××××××××××××××××××××××××





(ミハイよ…………ミハイよ。……聞こえるか)




 誰かがミハイを呼ぶ声がした。




(勇敢なるミハイよ…………死ぬでないぞ。……そなたは、わが加護を受けし戦士。これしき程度で…………倒れてはならぬ)




 その声は、強くもあり、優しくもあり、どこか懐かしかった……




(勇敢なるミハイよ……目を開け! 目の前にあるものをつかむのだ! そして戦え! 戦神の申し子よ!)




 ミハイは、声に導かれるままその目を開き、目の前に手を伸ばした。


 伸ばした手の先は、やがて何か硬くて太いものをつかむ。


 それは…………かつて少年のころに見た、石膏像の右手であった。





××××××××××××××××××××××××××××××





 その日の夜、レス・プブリカの陣営にて。



「なんやて! ミハイが行方不明やて!? そりゃホンマかいな!?」

「はっ…………なんでも、退却してきはった兵士たちの話によりますれば…………橋を渡ろうとした時に、投石器の岩が直撃しはり、そのまま運河に…………」

「おお、神よ! なんたるこっちゃ!」



 ミハイが行方不明になったという噂は、瞬く間にレス・プブリカ全軍に伝わった。あの無敵のミハイがいなくなったと聞いた兵士たちの士気は見る見るうちに低下し、戦う勇気を失いかけていた。


 特に同僚のホワイトタイガース選手たちは、涙を流しながらも、彼の生還を祈った。



「頼むミハイ……戻ってきてくれぇ…………」

「ミハイ……死んだらアカンで……」

「神様! どうかミハイを助けてくだはれ!」



 彼らはしきりに、ミハイの名を叫び、縋った。

 総督であり、総大将のホルテンシウスさえ、ミハイが戻ってこなければどうにもならないと考えていたほどだった。




 すると、彼らの祈りが神に通じたのか、ミハイは奇跡的に陸地に戻ってきた。

 運河の水面を必死に泳いでいるところを、運河の岸を守る兵士たちに発見されたのだ!



「みんな! ミハイが生きとった! 助かったで!」

「ホンマか!?」



 その後ミハイは、無事に運河から救出され、人々はほっと胸をなでおろした。

 だが不思議なことに、彼はなぜか右手にしっかりとロープをつかんで、何かを引き上げようとしていた。



「誰か手伝ってくれ! 助けたい人がいる!」



 ロープの先に、助けたい人がいる! そう聞いた人々は続々とミハイに手を貸し、必死になってロープを引っ張った。何やらとても重たい物が括りつけてあるらしく、最終的には10人がかりで「それ」を引っ張り上げることになった。


 引っ張り上げたその先に付いていたのは…………



 長年海底に沈み、様々なものが付着し、あちらこちらが色あせた石膏の男性像


 それを見た瞬間、彼らにはこの像が何かを把握した。



「戦神エスケンデレの像…………!」



 そう、それはまさしく長年運河の底に沈み、行方不明になっていた戦神エスケンデレの像であった!!


 ミハイが助かっただけでもとてつもない奇跡なのに、その上さらにとんでもないものが見つかったのだ。東都イシスの人々は誰もが騒然とせざるを得なかった。



「戦神は言っていた! 俺たちはここで死ぬべき定めではないと!」

『おぉっ!!』

「そして戦神は言っていた! 俺たちはまだ負けてはいない! 俺たちには戦神の加護がある!」

『おおおぉぉぉぉぉっ!!!!』

「だから戦え! 白虎隊魂を見せてやれ! 共和国万歳レス・プブリカ!!」

共和国万歳レス・プブリカ!!』



 ミハイの演説で、守備隊たちは息を吹き返した。

 彼らの顔から疲れと恐れが消え、代わりに勇気と元気が満ち溢れる。

 彼らは口々に共和国万歳レス・プブリカを叫び、その手に武器を掲げた。



 しかし、奇跡はまだ終わらなかった。



「みんな! 援軍が来よった! アルカナポリスから救援物資が来たでえぇぇぇぇっ!!」

『ホンマかあぁぁぁぁっ!! いよっしゃあぁぁぁっ!!』



 なんと、海の向こうから……古都サラマンドラーズの本拠地がある、古都アルカナポリスから救援物資が来たというのだ。

 実は古都アルカナポリスもまた、現在岑軍の―――それも覇王率いる本隊の攻撃を受けている真っ最中であった。

それにもかかわらず、兵糧や武具、それに最新兵器一式をわざわざ運んできたのである。

 さらにさらに! アルカナポリスの総督はよほどの自信家なのか、 首都からアルカナポリスへ海路で運ばれるはずの援軍を、なんと東都イシスの方へ向けたというのだから驚きだ。


 もっとも、アルカナポリスの総督の判断としては、東都イシスが陥落してしまうと岑国軍の艦隊が領海へ侵入してしまい、結果としてアルカナポリスへの攻撃が今以上に激しくなることが予測されたため、どうしても東都イシスに持ちこたえてほしかったそうな。


 さて、アルカナポリスから送られてきた物資を確認していると、何やら見慣れない道具が積まれているのが見えた。

 土か何かを丸く固め、その上に布をぐるぐると巻いてあり、中から一ヵ所紐の様なものが出ている。これは一体何かと、持ってきた兵士たちに尋ねたところ…………



「これは『爆弾』です。『火薬』というちょっと危ない粉を固めてあり、火が付くと炎をまき散らしながら破裂します」


 その正体は、世界初の火薬兵器だった。火薬の周りを土や陶器で覆い、導火線に火をつけて着火する仕組みなのだ。

 世界初の兵器ながら、その威力はなかなかのもので、爆発すると半径5メートルに爆風をまき散らすという恐るべき兵器だった。


 そして、この爆弾を見たミハイは一計を案じた。


「よし! これがあれば奴らに一泡吹かしてやれるぞ!」



××××××××××××××××××××××××××××××




 数日後、岑軍は街の中央を流れる運河を越えるべく、大規模な攻勢を仕掛けてきた。


「攻撃! 攻撃!(攻めろ! 攻めろ!)」

「閃開!(切り開け!)」


 岑軍たちは(後で使うときに困るかもしれないのに)再び土嚢を持って運河を埋め立て、強引に渡ろうとする。


 が、彼らの目の前……向こう岸の堤防の上では、ミハイをはじめとするホワイトタイガースの選手たちがずらっと並んでいた。

 彼らの足元には、先日届いたばかりの爆弾が!


「いいかみんな! 導火線に火をつけて、3秒数えてから蹴るんだ! 遅すぎても早すぎても駄目だぜ!」

『応!!』


 ミハイは、祈るように顔の前で両手を合わせ、ゆっくりと指を組みながら、人差し指と人差し指を真っ直ぐに伸ばして合わせ、戦神への祈りをささげた。


(戦神エスケンデレよ、我に加護を)


 岑兵は、今にも運河に土嚢を投げ込もうとしている、攻撃のチャンスは今しかない! 導火線に火をつけた後、3秒数えると――――


「爆ぜ散れ!!」


 爆弾を敵の集団めがけてシュート!



 ドオオオォォォォォン!!!!


『哎呀ー!?(うわーっ!?)』


 蹴られた爆弾は、物凄い速度で運河の上を越えて岑軍の集団の中に転がり込み、大爆発を起こした!! それも、2個や3個どころではない。爆発する物体が次から次へと運河の向こうから放たれるのだからたまったものではない。

 突如現れた新兵器の前に、岑軍はたちまち大混乱を起こし、多数の死傷者を出してしまう。



「今や! 突撃いいぃぃぃぃ!」


 敵兵が混乱したのを好機と見たレス・プブリカ軍は、閉じていた運河の跳ね橋をおろし、そこから騎兵による突撃を行った。

 岑軍はこの攻撃になすすべもなく退却、潰走を余儀なくされた。


「どやっ! 参ったかわれぇっ!」

「ワイらの勝利やで!」


 ホワイトタイガースの選手たちは、退却していく敵を見て喝采をあげた。

 自分たちの愛する東都イシスは絶対に守る、その意思はさらに強くなっていった。



 なお、後世の歴史において、若い男性で構成された部隊を『白虎隊』と呼ぶことがあるが、それはこの時活躍した東都ホワイトタイガースの選手たちが白虎部隊と自称していたのに由来していることは、あまりにも有名な話である。


 予想外の反撃を食らった岑軍は、一度城壁の外に退避し、数日後になって再び総攻撃を仕掛ける。だが、東都イシスの城壁の上にはまたしてもホワイトタイガースの選手たちの姿があった!

 岑軍の頭上に再び容赦ない数の爆弾が降り注ぎ、次々と爆発四散していった。

 いくら数が多い岑軍と言えども、殺人シュート攻撃には非常に手を焼いた。

 そして、彼らはとうとう損害の多さに溜まりかねて、いったん東都イシスから離れたところまで陣地を下げることとなった。


 侵略者を追い払った東都の人々たちは、大きく喝采をあげた。



「やった…………俺たちは勝ったんだ! 俺たちは世界一強いハルパストゥームの選手になったんだ!」

『うおおおぉぉぉぉ!!』



 勇敢なるミハイは、ハルパストゥームの選手ながら数十倍の敵にもひるむことなく戦い、勝利したのだ!

 しかし…………同時に困ったこともあった。連日の戦いで爆弾を蹴り過ぎたせいで、爆弾の在庫をすべて使い果たしてしまった。

 次に敵が攻めてきたら、もう爆弾攻撃はできない。


 奇跡は終わった…………かに見えたが、凄いことに幸運の女神はまだまだミハイにぞっこんであったようだ。



 そう、首都である大都イシュタルから援軍が来たのである!

 無理攻めがたたってボロボロになった岑軍は、現われた敵の本隊を見て戦意を喪失した。


「可悪…………撤走!(ちくしょう……退却だ!)」


 岑軍総大将の宣高は、負け戦を悟り撤退を決意。

 結局岑軍は東都イシスを攻略することなく、この地を去った。



××××××××××××××××××××××××××××××



 覇王率いる岑軍は、その後本隊が古都アルカナポリス攻略に失敗し、更に度重なる戦争で本国での不安が高まり反乱が頻発。

 これ以上の進軍は不可能と判断し、レス・プブリカ侵略をあきらめた。


 この国に、再び平和が戻ってきたのであった。


「さあ、今日からハルパストゥームの再開だ! あの侵略書すら倒した俺たちに敵はいないぞ!」

『いええぇぇぇぇっ!!』



 運河の底から、行方不明になったはずの戦神像が見つかったからか、その年のホワイトタイガースは例年以上に快進撃を続けた。そしてその年は圧倒的な大差で優勝、その後も何年も連続で優勝を繰り返し、ホワイトタイガースの黄金期を演出した。




 一方で、南方方面に行っていた兵士たちの心には、敵が蹴りだす爆弾の威力がトラウマとして残った。

 いつしかその正体不明の兵器は『殺火さっか』と呼ばれるようになり、各地で尾鰭端鰭をつけて語り継がれることになる。


 『殺火さっか』は、東方でも研究が進んだが、同時に物を蹴る威力を向上する研究も進んだ。特に極東のどこかの国では『殺火さっか』は『刺鹿さっか』と言い換えられ、鹿の皮を用いた鞠を使った球技へと発展。


 後年、その極東の国の『魔王』が覇王の再来として西方侵略を開始、その際様々な東方文化と共に『刺鹿さっか』も西方へと逆流。ルールが数百年進化することのなかったハルパストゥームは、やがて『サッカー』と名を変えることとなり、世界各地へと広まっていった……。


 サッカーの起源を作ったと言える、勇敢なるミハイはその後選手を引退し、後進の指導に当たった。彼は死後、あまりの強さに神格化され、ついには像が作られることとなった。

 象牙で作られた立派なミハイの像は、東都の球技場の入り口に飾られ、ハルパストゥームの選手たちの崇拝の対象となった。


 あの日運河で戦神に出会った少年は…………こうして神話となったのである。


 めでたしめでたし。



 なお、ミハイの像は、その後優勝に酔ったホワイトタイガースのファンたちによって、運河に放り込まれてしまい、それ以降東都ホワイトタイガースは再び低迷の一途をたどったとさ。


 お後がよろしいようで。

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よくわかる! 異世界のサッカーの歴史! 南木 @sanbousoutyou-ju88

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