中編:勇敢なるミハイ
運河での出会いから幾数年。ミハイ少年は、東都ホワイトタイガースを優勝に導き、男神像の呪いを解くべく、来る日も来る日もハルパストゥームの練習に励んだ。
雨にも負けず……風にも負けず……夏の暑さにも、冬の寒さにも負けず……ひたすら練習に励む日々。蹴り破いたボールは数知れず、シュートの練習で開けた壁の穴は100か所以上にもなった。
毎日球技で遊んでいると、毎日親をはじめとした大人たちに叱られそうなものだが、ミハイ少年の場合は違った。なにしろ、運河の底に沈んだ男神像の声を聴いたというのだ。この子はきっと将来を約束されたに違いないと、むしろ地域総出で応援する始末。
そんな大人たちの期待にこたえるかのように、ミハイ少年の腕はメキメキと上がり、十代前半にしてホワイトタイガースの所属となって、大人と同じ練習をこなすまでに成長した。
そして……ミハイ少年が、もはや少年と呼ばれることのない歳にまで成長するまでなった。
シリーズ中盤、ホワイトタイガースは序盤から苦戦を重ね、一点でも勝ち星が欲しい状況となっていた。この日も、聖都ホーリーナイツの鉄壁の守備に阻まれ、結局一点も取れないまま、決着はサドンデス戦に持ち込まれた。
すなわち、ゴールの前で一対一となり、お互い一本ずつシュートを放って、どっちか一方が点を取れなかった時点で勝敗が決まるのである。
ゴールを守るのは、ホーリーナイツの守護神ルーフス。身長2メートルを超える大男で、その巨体では想像もつかない敏捷性をもつ難敵だ。
「さあ、どうしたホワイトタイガースの戦士どもよ! わが鉄壁の守備を崩せる者がおるか? おらんのか?」
ホワイトタイガースの選手たちにとって、ゴールの前に仁王立ちするルーフスはあまりにも大きく見えた。
チームのリーダーも、誰を相手させるか決めかねていた。するとそこに、まだ正式にチームに入ったばかりのミハイがリーダーの前に出て、こう言った。
「俺にあいつの相手をさせてください! 俺ならば、絶対に彼の守備を打ち破って見せます!」
選手たちは困惑して顔を見合わせた。
当然だ、ミハイの優秀さは誰もが知ってはいたが、仮にも新入りに重要な場面を任せていいものかと。
悩んだ末、リーダーは試にミハイに相手をさせてみることにした。
練習におけるミハイのシュートの正確さが、もしかしたらこの事態を打開してくれるかもしれないと思ったのだろう。
ホワイトタイガースの秘密兵器、ミハイの初陣である。
「行くぞホーリーナイツ! この俺、東都ホワイトタイガースのミハイが相手だ!」
「おおう、若いな小僧! この俺が怖くないのか?」
「怖くないともさ! 俺から見ればただのカカシだ!」
「……っ! 面白い、さっさとかかってくるがいい!」
ゴールの前に立ちはだかるルーフスを見上げるように睨みつけるミハイ。牛の突進すら止めると言われるルーフスに比べれば、ミハイはまるで猫か何かのよう。
ミハイはボールの前に出て、右足をボールの上に乗せると……
「なんだそのポーズは? 自信満々だったのに神頼みか?」
ミハイは、祈るように顔の前で両手を合わせ、ゆっくりと指を組みながら、人差し指と人差し指を真っ直ぐに伸ばして合わせる、奇妙なポーズを行った。
(戦神エスケンデレよ、我に加護を)
これは、まだ戦神エスケンデレが別の部族の神として崇められていた際に用いられた、礼拝のポーズであり、真っ直ぐに伸ばした人差し指は、剣を真っ直ぐに掲げているのを模しているらしい。
「ハアァッ!」
数秒の祈りの後、ミハイはその場から一歩下がると、その右足でボールを強く強く蹴とばした。
轟! と、風を巻き起こすような音を立てながら、ボールは一直線にゴールへと走った!
その軌跡はど真ん中! 相手は動かなくてもボールを止められてしまう!
誰もがそう思ったが、その予想は一瞬にして裏切られた!
「ひでぶっ!?」
ボールはルーフスの体に直撃したが、止まるどころかルーフスの体に食い込みながらも前進し、そのままルーフスごとゴールの布を引き裂いて突き抜ける!
その威力は、まるで強力なカタパルトで射出したかのよう。城壁すら打ち砕くのではないかと思われる、凄まじい物だった。
あまりにも現実離れした出来事に、一瞬で静まり返る観客席。
周囲の選手たちも、ただただ唖然とするばかり。
プアアァァァン……
ここで、ようやく我に返った判定員が、ゴールが決まった合図のラッパを鳴らす。
「や、やりおったで! ミハイがやりおったわ!」
「なんちゅう威力のシュートやねん! あのルーフスがボロクズのように吹っ飛びよった!」
その後、お互い三回ずつシュートの打ち合いを行い、四回目にしてホワイトタイガースの選手が相手のボールを止めたところで試合は終了した。
もはや途中からホーリーナイツの選手はミハイの相手をしたがらなかったが……。
こうしてミハイは、史上最年少にしてハルパストゥームの選手デビューを果たした。彼は、選手としては非常に小柄ながらも、圧倒的な機動力と想像を絶するパワーを持っていた。
ここぞという重要な場面で見せる……戦神エスケンデレに祈るポーズが効いたのか、彼は並み居る強敵をその足さばきで次々に蹴散らしていった。
「あんさん聞いたか! ミハイの奴がまた大活躍や!」
「知っちょるもなにも、わてはこの目で見てきたんやさかい!」
「次の巨神戦が楽しみやわ! ミハイ、あやつらをコテンパンにやっつけたれ!」
東都での人気も留まるところを知らず、人々は彼の活躍に沸く。
いつしか、東都ではミハイの名を知らないものはいなくなった。
ミハイの快進撃はその後も続く。宿敵マウンテンジャイアンツ相手に大立ち周りを繰り広げ、1人で5点を奪う大活躍。そのあまりに高い性能を見たマウンテンジャイアンツのスポンサー達は…………
「金に糸目はつけん! ミハイを買収するのだ!」
山のような金貨をちらつかせて、買収に挑むもミハイは頑なにそれを拒む。
「俺がいるべき場所はただ一つ、ホワイトタイガースだけだ!」
どんな敵にも恐れることなく果敢に立ち向かい、時に無謀とも思える挙動を難なくこなすミハイであったが、彼の凄さは身体能力だけではなかった。ミハイはあちらこちらをせわしく動きながらも、常にフィールド全体を見渡していた。そのため、彼の指揮は非常に的確で、味方選手との連携も抜群にうまい。
「東都ホワイトタイガースのミハイ? どうせ猛進の狂虎だ、頭脳戦に持ち込んで翻弄してやれ」
ホーリーナイツの鉄壁の守備が破られ、巨神が小人に打倒されてもなお、余裕の表情で迎え撃った古都サラマンドラーズ。
だが、その試合の結果は…………驚愕の11-0。さしもの知恵の火竜も、圧倒的な力を前に小細工は通用しなかった。
そして、連勝に次ぐ連勝を重ね、ついにホワイトタイガースは十数年ぶりにリーグ世界一に輝く。
東都イシスは十数年ぶりの快挙にまたしても狂喜乱舞し、喜びのあまり運河へ飛び込む人が続出。これ以降、ホワイトタイガースが優勝する度に運河へと飛び込むのは恒例行事となった…………
いつしか彼についた綽名が「勇敢なるミハイ」。
ミハイは、常に猛虎集団の先頭で勇敢に戦い続けた。
周囲の選手も「ミハイにばっかええかっこさせてたまるか」とばかり猛練習に励み、チーム全体の能力も底上げた。最弱とまで言われたホワイトタイガースは、彼の手で常勝軍団に上り詰めたのだった。
ハルパストゥームのスタジアムは、ミハイの勇姿を見ようと連日満員御礼。
背は低いが容姿も精悍で、おまけにファンへの対応も非常に紳士的であったことから、女性人気も非常に高かった。
求婚を申し込む女性は数知れず、中には隣国の王国姫までがお付き合いをお願いしたという。
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順風満帆だった勇敢なるミハイの人生が大きな転機を迎えたのは、彼が選手になってから8年目のことであった。
ミハイに影響されて、ハルパストゥーム選手全体の能力が底上げされたことで、以前ほどの圧倒的能力差はなくなったものの、未だその万能ぶりは健在で、ホワイトタイガースは優勝争いの常連になるまで成長していた。
ところが、その年は3年連続優勝がかかる重要な時期だったにも関わらず、ホワイトタイガースは一切の試合をしなくなった。
東方より『覇王』を名乗る強大な勢力が、かつてない大軍勢を率いて侵略をしてきたのだ!
レス・プブリカよりはるか東に位置する大帝国『岑』(しん)は、分裂状態にあった東方を圧倒的な武力で纏め上げ、豊かな国土を持つ西方へその手を伸ばした。
東方の属州は次々に『覇王』の騎兵隊によって蹂躙され、地方によっては人が全滅したところもあった。
そしてついに…………彼らは、レス・プブリカ本土へ足を踏み入れる。
運河の町、東都イシスに史上最大の危機が迫っていた。
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