よくわかる! 異世界のサッカーの歴史!

南木

前編:運河に沈む呪いの像

 少年は、淡い光に照らされた水中で、水底の土の中に埋た何かを見た。


 それは、若い男性の像だった。

 白い石膏で出来た像だった。

 正面を睨みつけるような力強い瞳と、ややウェーブがかった髪。

 表情はとっても精悍でかっこよかったが、なぜか寂しそうにも見えた。


 ふと、少年の視線と像の視線が交わる。


(どうしてお兄さんはこんなところにいるの?)


 少年は心の声で男の像に訪ねてみました。


《少年よ、私を見つけてくれてありがとう》


 するとどうだろう。少年の頭に、聞きなれない男性の声が響いた。

 そう、それはまるで目の前の像と、同じくらいの年齢の男性の声だ。


《人間に会うのは何十年ぶりだろうか。これも何かの縁だ、少し昔話に付き合ってくれ》



 男性の像は、少年に優しく諭すように、過去の思い出を映しはじめた。





××××××××××××××××××××××××××××××





 ――――――それは今から28年も前のお話。



 世界有数の広い国土を持ち、文明水準も世界有数の大国……レス・プブリカでは、古い時代から全国民に愛されたスポーツが全盛を極めていた。


 ゴム樹脂を動物の皮で包み丸めた物をボールとし、それを足のみで蹴りあう。

 スポーツの名は「ハルパストゥーム」と言った。

 元々は軍隊の訓練の一環として、集団で行う球技として確立したのが、時を経て一般市民に伝播し、国技となったのだという。


 当時のハルパストゥームの人気たるや凄まじいものがあり、どの町にも最低一つは球技場が作られ、大都市になると一度に数万人を収容できるコロッセオ型の球技場がいくつも作られたほどだった。


 そこでレス・プブリカ共和国政府は、ハルパストゥームの人気でさらなる利益を上げるべく、時のスポーツ省は「国内スポーツリーグ計画」を立案。首都を含む主要六都市に、ハルパストゥームのプレイに専念する選手たちを集めたチームを各都市一組ずつ結成した。

 計画は大当たり。スポンサーや観客動員による経済効果は莫大なものとなった。

 各地ではチームのファンが結成され、共和国における最大の娯楽としての地位を不動のものとした。

(もっとも、過激なファンによる治安悪化も同時に齎すことになったが)


 この時出来たチームは以下の六つ。


・大都マウンテンジャイアンツ

・聖都ホーリーナイツ

・古都サラマンドラーズ

・東都ホワイトタイガース

・南都ホークアイズ

・旧都スターウルフス



 さて、やはり地域によっていろいろな差はあったが、この中で最強と言われたのが、国の首都である大都イシュタルに本拠地を構えていた、球技界の巨神(きょしん)こと「大都マウンテンジャイアンツ」だろう。

 なにしろ、世界の中心を自称する、この国の経済、文化の発信点であり、優秀な人材とそれをフォローする巨大なスポンサーには事欠かず。さらに、全クラブファンの4割という凄まじいファン人口も抱えていた。

 その次に強かったのが、概ね「頭脳プレーの火竜」こと古都サラマンドラーズか、「鉄壁の守護騎士」こと聖都ホーリーナイツだろうか。



 …………残念ながら、東都イシスを拠点とする我らが東都ホワイトタイガース――通称「猛進の狂虎」――は、「疾風(はやて)の飛鷹」こと南都ホークアイズと毎年最下位脱出争いを繰り広げるほど弱体であった。


 打倒巨神を掲げ、一方的にライバル視するも、対するマウンテンジャイアンツはホワイトタイガースを対等の敵としてすら認識していなかった。


 勝って、負けて、負けて、負けて、勝って、負けて、勝って、負けて、負けて、負けて、負けて…………

 気が付けば今年も、これ以上負けたら最下位になってしまう情けない状況。



 だが……それでも、白虎ファンたちは頑なに裏切ることなくチームを応援し続けた。揃いの白と黒の縞模様が入ったトーガを身にまとい、声がかれるまで白虎勝利を叫んだ。いつしか、あの金で勝利を買うような、卑劣な巨神を打ち倒し、レス・プブリカの旗に、輝く白虎を刻むその日を夢見て。



 彼らは何年も耐えた。

 彼らは何年も願った。


 今年こそ巨神の打倒を。

 今年こそ悲願の優勝を。






 チーム結成から12年…………最終戦にまでもつれ込んだ優勝争いにて、古都サラマンドラーズを破り、東都ホワイトタイガースは念願の初優勝を決めた。


 優勝が決まったと聞いた東都イシスの住民たちは、嬉しさのあまり狂喜乱舞。

 まるで暴動が起きたのかと勘違いするほど、乱暴で派手な優勝祝いが東都各地で巻き起こった。


 初優勝をどう喜べばいいのかわからなかったのだろうか。彼らはとにかくハチャメチャな行動を繰り返した。

 屋根の上で酒を一気飲みし、転げ落ちる者あり。

 馬を乗り回しながら街道を駆け回り、叫び散らす者あり。

 なぜかハルパストゥームのボールを煮て噛り付く者あり。


 その中でも特に印象的だったのが…………東都イシスを流れる巨大運河への飛込みだった。


 ある者が、喜びのあまり運河へ飛び込んだのをきっかけに、無謀な若者ファンが何人も運河へと飛び込んでいった。おかげでその日は、運河を交易船が航行することが出来ず、交易路がマヒしてしまうほどだ。



 三日三晩続いたお祭り騒ぎ、その三日目のことだった。

 もはや軍隊が鎮圧に出るほどの無秩序状態となった東都で、過激なファン数人が、どさくさに紛れて神殿に建立されていた石膏の男神像を、制止する神官を抑え退け勝手に運び出した。

 どうやら、その男神像はリーグ戦で大活躍したエース選手に似ていたらしく、ファンたちはこの重たい石膏像を胴上げし始めたのだった。


 軍隊がその光景を目にすしたとたん、あわてて止めに入る。

 だが、男神像を持ち出したファンたちも、やばいと思ったのか像を慌てて明後日の方向に放り投げてしまう。


 像は放物線を描いて…………運河へとダイブした。




 数日たってようやく落ち着いた東都。

 神殿は、持ち去られた男神像を回収すべく、交易船がいない時間を見計らって運河に潜り、海底をくまなく探した。


 しかし…………不思議なことに、いくら探せども像は見つからなかったという。


 その後も何度か探索が行われたものの、男神像ついぞ発見されなかった。



 それ以来、東都ホワイトタイガースは以前の活躍が嘘だったかのように成績が低迷し続けた。

 エースの引退、主力選手の故障、他チームからの引き抜きに、有力選手が兵士に動員されるなど…………みるみる弱体化の一途をたどる白虎。


 いつしか、チーム低迷の原因は運河に沈んだ男神の呪いであるとの噂がまことしやかに語られるようになり、「男神像の呪い」は東都の住人達に今でも重く圧し掛かっているという。






××××××××××××××××××××××××××××××










「――――――しろ! おい、しっかりしろ! 目を覚ませ!」

「う…………ん、ぁ?」



 もうろうとする意識の中、気が付くと少年は、見知った顔に囲まれていた。

 父親をはじめ、お兄さん、近所のおばさん、パン屋のおばさん、巡回の兵士さん、ect……


 彼らは一様に、心配そうな顔で少年を覗いていた。



「あれ? ここは…………?」

「おお、気が付いたかミハイ! よかった、本当に良かったっ! 神よ、感謝いたします!」

「父さん……!」



 少年は、父親と思わしき濃いひげ面の男性に思い切り抱きしめられた。

 そのほかの人も、胸をなでおろし、心の底から安堵の表情を浮かべている。



「お前が運河に落ちたと聞いたとき、父さんは生きた心地がしなかったぞ! だが、本当に生きていてよかったな! うおおぉぉいおぉいおいおぃ!」


(ああそうか、僕はボールで遊んでた時に運河におっこっちゃったんだっけ)



 少年は、ようやく自分が置かれた状況を正確に理解した。

 海水に浸かって、服は上下ともびしょ濡れ。口の中もとてもしょっぱく感じる。


 話によると、どうやら少年は偶然にも運河の出口あたりで漁船の網に引っ掛かって、沖に流されずに済んだらしい。

 知らないうちに自分は溺れてしまっていて、気を失ったと考えると、突然とても怖くなった。


 息子の命が助かって、男泣きする父親と共に……少年も大いに泣き出した。

 父と子の大きな泣き声は十数分間途切れることなく続き、その泣き声を聞いた周囲の人々が何事かと大勢駆けつけたという。





「まあ、なんにしろ無事に助かってホンマによかったなボウズ。これからは気をつけぇや」


 二人が泣き止んだ後、少年を助けた東方訛りの漁師が、彼をあやすように頭を撫でた。


「ありがとう漁師さん!」

「しっかし、ホンマに運が良ええなボウズ。あの広くて深い運河でたまたま置き忘れた網に引っ掛かるなんてそうそうあらへんで」

「う~ん……もしかしたら、運河の神様が助けてくれたのかな?」

「なに? 運河の神様やて?」


 ここで、少年は漁師やその周囲の人々に、運河の底に沈む石膏でできた男の像があり、その像が自分にいろいろ語りかけてきたことを話した。

 話を聞いた大人たちは、誰もが驚きの表情を浮かべていた。少年が見たのはまぎれもない、伝説と化した、運河に沈む男神像なのだった。



「まさか……この子が見たんは、28年前に運河に投げ込まれた……イシス神殿の『戦神エスケンデレ』像とちゃうん!?」

「せやかてあれは、何度も探したが結局行方不明だったはずや!」

「そうや! これはきっと今年のハルパストゥームは我(うち)らホワイトタイガースが優勝する前兆に違いない!」

「エスケンデレ像が見つかれば長年東都を苦しめた呪いが解けるで!」

「よっしゃ、そうと決まりゃ早速運河の底を浚さらう準備や!」

「おう! Vやねん東都!」



 この日、少年の話を聞いた大人たちによって、数年ぶりの運河大清掃が行われた。けれども……結局エスケンデレ像は見つからずじまい。



 だが、少年は思った。

 今日の出会いは自分の運命を決める出会いだったのだと。

 そして……自分はいつか立派なハルパストゥームの選手になって、故郷のチームを優勝に導き、像の呪いを解くのだと。


 それ以来少年は、ハルパストゥームの選手となるべく猛練習をはじめた。



 ちなみに、その年の東都ホワイトタイガースは、初めのうちは好調だったものの、後期に入って急に成績が低迷し、最終順位は3位に終わったとさ。

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