第17話 親の心子知らず

 一連の事件がようやく決着し、二人は並んで夜道を歩いていた。

 その途中、ふとヤシロは財布を取り出し、側の自販機に小銭を投入。ホットコーヒーをふたつ購入し、ひとつをハギノに渡した。それと同時に最後の質問をする。

「どうして俺を助けようと思った?」

 一度は利用した相手である。それを助けようと思ったのは何故か。ましてや自分のことを警察に売らせるような危険を冒してまで。

 するとハギノは笑みを浮かべた。

「まあ、色々かな」

「色々ってなんだよ」

「たくさんの色って意味だね」

「今はそういう冗談は要らないって」

「まあまあ。そうカリカリせずにさ。でも、どう説明したもんかなあ~」

 ハギノは気恥ずかしそうに頭を掻く。

「正直に話すと、心変わりがあったってのは事実だね。すこし前の私なら、きっとお兄さんをあのまま見捨ててたよ」

 しかしトキワがナガセの魔の手からハギノを助けようとしたように、ハギノも助けに戻ってきてくれたヤシロを助けなければと思ったのだ。

「だから、どうしてって聞かれても困るんだよね」

「そうか」

 トキワとハギノ、それぞれに『日常』に不満を持ち、どうにかしたいと願っていた。その中で間違いを犯しながらも助けられたことで考えを改め、助けてくれた人を助けようと行動した。

 今、そのバトンが自分に渡ってきたのかも知れないとヤシロは思った。

 ならば、回ってきた役割を果たす時か。

 ヤシロはコーヒーを一口飲むと、ハギノへと向いた。

「お前、これからどうするんだ?」

「え?」

「家に帰るのかどうかって話だよ」

「ああ、そのことか。う~ん、どうしようかな。やっぱり家には帰りにくいし、とは言ってもお金の持ち合わせもないからネカフェに寝泊まりすることも出来ないし。いっそのこと、お兄さんの家に泊めてもらおうかな~……なんて」

 冗談のように言ったハギノに対し、ヤシロは真剣に伝える。

「ちゃんと家に帰れ。お前は思い違いをしてるんだよ、両親に対しても」

 するとハギノはムッとした。

「何も知らないのに、よく私の両親のことを知った風に言えるね」

「お前が俺のことを理解できたように、俺もお前の両親のことが理解できるんだよ」

 ハギノは言った。ヤシロはかつての変わろうとしていた自分に似ている、だから考えも分かるのだと。

 それと同じだ。

「大人は子供を経験してる。だから子供の頃に何をしたら、あるいは何をしないと後悔するか分かるんだよ。お前の両親も同じだ。きっと子供の頃にもっと勉強しておけば良かったという後悔があるんだろう。そんな経験をしてほしくなくて、子供のお前にその考えを押し付けてしまった。間違いを犯してしまったんだよ。なにせ、親という立場は初めての経験だからな。俺やお前と同じだ。初めてのことだから間違いを犯した。それだけのことだったんだ。――だからお前は家に帰れ。そしてちゃんと両親と話をしろ」

 ヤシロの言葉にハギノは黙り込む。

 彼女も心の何処かでは分かっていたのかも知れない。しかし素直になることが出来なかった。そこが子供なのだ。今にして思うと、彼女はまだ思春期の少女。そういう意味では、反抗期らしく親に逆らってしまっただけなのかも知れない。

 ヤシロは馬鹿馬鹿しそうに苦笑すると、今夜のことを振り返り、喜怒哀楽の激しい一夜だったと改めて思った。それこそ荒波のような時間だったと。

 逆恨みを食らって怒り、トイレへと連れて行かれるトキワを見て哀れになり、大麻密売計画に参加して大いに楽しみ、大麻を盗み出して歓喜し、ハギノに裏切られて激怒し、ナガセに見つかって恐れおののき、それでもナガセを警察に突き出して得意げになり、逆に警察に捕まりそうになって後悔し、その中で活路を見出して安堵し、今はすっかり気が抜けてしまっている。

「まったく……」

 こんなにも一夜の内に疲れたことはない。出来れば、もう二度と体験したくない。

 が、同時に思う。

 こんな波瀾万丈とした人生は御免だが、山も谷もない平坦な死んだような人生はもっと御免だ。

 ならばどうする。

 未来に保証などない。

 いくら計画を立ても想定外の事態は起きる。

 言い換えれば、これからが好転するかも知れないということ。

 だから行動する。RPGの主人公のように冒険だ。新たな職場を求め、旅へ。

 その第一歩としてやるべき事はなにか。

 それはすでに分かっていた。

 ヤシロはふと夜空を仰いだ。

「何処に仕舞ったっけかな?」

 遊び飽きたゲームを今一度引っ張り出してみるか。楽しめるかどうかは不明。しかし不思議と心はワクワクしていた。

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