第15話 迫られる無責任な決断
ようやく見出した活路。
しかしその道を行くには問題があった。
ハギノを警官に売る必要があったのだ。
ゆえにヤシロは決断できずに悩む。
確かにハギノには裏切られた。だからすこし前までは恨んでいた。その頃ならば、きっと簡単に決断していただろう。
しかし彼女が此度の計画に至った経緯を知った今、どうしても同情してしまう。
なにより、トキワを寄越してまで自分を助けようとしてくれている相手を、どうして裏切れるだろうか。
そうして決断できずに思い悩むヤシロの側で、警官とトキワが言い合っていた。
内容は、ヤシロに関すること。
「だから
「確かに強姦に関してはそうかも知れないけど、大麻はバッグに入ってたわけだしね。むしろ、どうしてそこまで言い切れるの?」
「だって大麻と関わってたことは、ナガセって人と仲間ってことですよね。だったら通報するのはおかしいじゃないですか」
「それは証拠にならないでしょ。いや、分かるよ。恩人を助けたいという気持ちはね。でも、もはや信じるか信じないかの話になってるじゃない、その言い分だと」
「はい、そうですよ。私を信じるか、それとも信じないかの話です」
「はあ?」
唖然とする警官に対し、ヤシロは瞠目して驚く。
――私を信じるか、それとも信じないか――
トイレで襲われているトキワを救い出す計画に乗るかどうかの際に、ハギノが決断を迫って発した言葉。
それをこのタイミングで聞かせてきたということは、つまりはそういうことなのか。
今、ようやく見出した活路に踏み込めということなのか。
しかしそうなると、ハギノは……。
「いや、そうじゃない」
今夜の計画は、想定どおりに進んでいれば彼女に害が及ばない仕組みになっていた。つまりハギノは何かを企む際、自分の安全を確保する。
おそらくそれは性格から来ているのだろう。
これまで真面目に、そして堅実に生きてきたが故に出来上がった性格。
となると、もしかしたら今回もそうなのか。
警察に売られても逃げ切れる算段があると言うのか。
そんなことが可能なのか。
だとしたら――。
ヤシロはごくりと生唾を飲み込み、意を決して口を開く。
「あの、すみません」
「うん?」
警官がヤシロへと振り向く。
「ずっと言い出しにくくて黙っていたんですけど……。あのバッグ、今夜盗まれた物なんです」
「はあ?」
警官は突然に何を言うのかと唖然とする。きっと見苦しい言い逃れだと思っているのだろう。
しかしヤシロは続ける。
「確認してみてください。繁華街の焼き肉屋でバッグを持って行かれたので、きっと店内の防犯カメラにその様子が映ってるはずです」
「本当に?」
「はい」
問題は、その相手と自分が食事をしていたこと。互いに見知った仲と思われては行けない。たとえ、ハギノにとってそれすら予測済みだったとしても、出来るだけ彼女に繋がる情報は渡すべきではないだろう。
ゆえにヤシロは『相手の身なり』と『今夜に出会ったばかりの少女』という情報だけを伝えることに。
すると警官は怪訝な顔をした。
「どうして出会ったばかりの女の子と食事に行ったの?」
ヤシロは真面目な外見をしている。まず出会ったばかりの女子高生と食事に行くような人物には見えない。
それだけに警官は不審に思っているようだ。
ヤシロは言い難そうに顔を引き攣らせる。
「正直、あまり話したくないんですよね。すごく格好悪い理由なんで」
「それでも話してもらわないとね」
「魔が差したというか……。日常に飽き飽きしてたんです。だからその少女の誘いに乗ってみようかなって思って……。結果、まんまと騙されてバッグを盗まれたわけですけど」
そういった経験が乏しいが故に罠に嵌まってしまった。
ヤシロがそのように答えると、警官は確認するように言った。
「つまり、盗まれたバッグに大麻が入っていたので、きみは何も分からなかったと?」
「はい」
実際は、すでに大麻を詰め込んだバッグを盗まれたわけだが、それを確かめる
だからこの言い分を押し通す。
「なるほど。でも、どうしてすぐに言わなかったの?」
「自分のバッグに大麻が入ってたって言われたら、誰だって気が動転すると思いますよ」
身の潔白を主張するヤシロだが、警官は未だに半信半疑と言った様子。
盗まれたバッグがその夜の内に、偶然にも通報した強姦犯が持ち合わせていた。
あまりにも奇跡的な確率の出来事だと思われているのだろう。
しかし『疑わしきは罰せず』である。ましてや盗まれた証拠映像がある上に、これまでに前科もなく身元も判明している者を、同意もなく身柄拘束など出来るはずもない。
警官は仕方なく帰宅を許可。ヤシロは頭を下げてその場を後に。その際、トキワに帰らないのかと声を掛ける。彼女はナガセとの大麻の件を解決したいからと、警官と共にパトカーに乗り、そのまま署へと向かっていったのだった。
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