第11話 嘘の中にも本当はあった
後悔に苦虫を噛み潰すハギノに対し、ナガセは上機嫌に言った。
「そういう意味では感謝してんだぞ。なにせ、俺と一緒になってトキワを追い詰めてくれたんだからな」
「なにを元凶が言って……」
「おいおい、そう睨むなよ。俺だって鬼じゃない。さっきも話したが、ちゃんとトキワには選択肢を用意してやってんだ。実際、あいつはその中から選んだわけだ」
それこそが今夜のゲームセンターでの出来事。
金が払えないなら、代わりに体で払う。
「分かるか? 友達料を要求するほどに追い詰められてる奴に、俺は救いの手を差し伸べてやったんだ。非難される謂われが何処にある?」
「ふざけるな!」
ハギノは叫ぶ。友人を弄ぶ相手が許せない。苦しめて楽しむ相手が許せない。その怒りをぶつけるも、ナガセはむしろ痛快だとけらけらと笑った。
「あはは、本当に面白い奴だよ、てめえは。だが、お陰で決まったな」
「なにが?」
「他人の心配をしてる場合じゃねえって言ってんだよ」
ナガセはにんまりと笑う。
「色んなしがらみと決別したくて大金を求めたんだよな? なら、それを叶えてやるよ。――風俗に沈めてやる」
「え?」
トキワの話を持ち出し、真相を教えることでハギノに友達への未練を持たせることで、後悔の念を抱かせる。
それがナガセの思いついた
「感謝しろよ。家族とも友人とも連絡が取れないように管理されてる所にぶち込んでやるからよ」
「ッ」
ここに来てハギノの表情が歪む。
「いいねえ、その表情。そそられるねえ。やっぱり苦悶に歪む顔を見ながらじゃねえと気分が乗らねえよな」
「歪んでるのはあんたの性癖だよ」
「だろうな。ま、ここらで予習くらいはしておいた方が、これからのためになんだろ」
下品な笑みを浮かべ、ナガセはヤシロへと向いた。
「おう、兄ちゃん。
だからさっさと失せろと犬でも払うように手を振るった。
ヤシロは高圧的に命令されたことに苛立ちを覚えながらも、これ以上の関わりは御免だったこともあって何も言わずに車外へ。高架を電車が駆けていくその下で、ハギノを残して車から離れていく。
が。
「……」
ふと立ち止まって振り返る。ハギノが抵抗しているのだろう。車が激しく揺れており、軋む音が一帯に侘しく響いていた。
これから彼女がどのような目に遭い、そしてどのような日常を送ることになるのか。
想像すると不快感が込み上げてくる。
だから様々な言い訳を自分自身に言い聞かせ、さっさと忘れてしまおうと歩みを再開させた。
なのに。
「はあ、もう関係ないだろ」
心に言い聞かせているのに、背後から聞こえる軋む音がいやに耳に残る。しかし、それもやがて聞こえなくなった。おそらく力で押さえ付けられてしまったのだろう。次いでナガセの笑い声。それが異様に癪に障った。
何故、真面目に生きている自分がこんなにも憂鬱な気分にならなければならないのだろうか。
何故、ルールも守らずに好き勝手をしている奴が大笑いしているのだろうか。
不意にハギノの言葉が脳裏をよぎった。
――誰でも
彼女自身が口にした言葉。
それが正しいとすれば、ここは見殺しにするべきなのだ。
しかしヤシロは明日の自分を想像する。
早朝に目を覚まして出勤し、理不尽な指示に従いながら働き、何時間もの残業の後に退社し、帰宅後は気絶するように眠る。
何度も繰り返してきただけに、そういう日になると自信を持って言える。
それをこれからも続けるのだ、ずっとずっと。
変えようと決断できるその時まで、ずっと。
――お兄さんはこのままでいいの? ここで引くってことは、今までの生活に戻るってことだよ――
そう。このまま行けば、明朝には全てが元通り。今夜のような異常とはおさらば。これまでと同じ日常を送る。当たり障りのない平坦な日常を。
「あーくそッ! なんであいつの言葉を思い出してるんだよ!」
ハギノは裏切り者だ。どうせ、それらの言葉も計画に巻き込むための嘘八百だったに違いないのだ。
「いや」
――想像してみなよ、この計画が成功したときのことを。お金が手に入ることもそうだけど、きっと私達は心臓がバクバク鳴って吐きそうなくらいに興奮してるよ。なのに笑いが抑えられない。なんでも出来るって、根拠のない自信に満ちてる――
その言葉だけは嘘ではなかった。
確かに楽しかった。世間的には間違ったことをしていたが、これまでに経験できないくらいに心臓がバクバクしていた。これまでの日常では味わえない興奮があった。
――今のお兄さんはとても輝いてるよ。何故だと思う? それはね、挑戦してるからだよ。これまでの『日常』を打ち破ろうと前例のないの行動をしてるからなんだよ――
ヤシロはふたたび立ち止まる。
そして大きなため息をつき、それから夜空を仰ぎ見た。
計画に協力する決断をする直前、今のように空を見上げて思った。
すべてが終わった後に見上げたとき、何かが変わって見えるのだろうか、と。
残念ながら今は変わっていない。
では、どうすれば変わって見えてくれるのか。
答えは、もはや嫌になるくらいに教えられた。
――まだ物足りないって言うなら、もっと強烈なことをするしかないよ。衝撃の度合いが強いほど、現在の『日常』に亀裂が生じるもんだからね――
と。
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