第6話 決行

 電車に揺られながらナガセの家を目指す。

 大麻入手は時間との勝負だった。

 昏倒したナガセが目を覚まして次に取るであろう行動は、帰宅だ。財布もない状態で街中を歩き回ることはないだろう。つまり相手よりも早く家に行き、代物を盗み出さなければならない。

 ゆえにヤシロは焦りを拭えなかった。やはり想定どおりに事が運ばない可能性を考えてしまうのだ。トイレのドアを突き破れなかった時のように。

 一方、ハギノは落ち着いていた。焦ったところで電車の速度が上がるわけではない。だからどんと構えていればいいなどと簡単に言ってくる。

 意味は理解できるし、そのとおりだとも思う。だが、そんな簡単に割り切れるほど肝は据わっていない。だからせめて気分を紛らわそうと窓の外を見るも、どうも効果が薄い。

 それを察したのか、緊張を解すためにハギノは身の上話を少しばかり始めた。

「私、ちょっと前に停学になったんだよね」

「へえ、なんで?」

「煙草」

「ああ、それは仕方ないな」

「そう思う?」

「思う。ちなみに、髪は? さすがにその色で学校に通ってたわけじゃないでしょ」

「今の色に変えたのは、じつは今日」

「なんで?」

「目立つから」

「えっと~……意味が分からない」

「あはは、大丈夫だよ。その内に分かるから、多分ね。それよりも、お兄さんはどうなの? どんな学生時代を送って、今はどんな仕事をしてるの?」

「普通だよ。真面目な学生だった」

「仕事は何をしてるの?」

「営業」

「へえ」

 存外、話をしていると緊張を忘れるもので、そうこうしている内に目的の駅に到着。雑談を切り上げてナガセの住居へと向かった。


 ナガセの住居はすこし古いマンションの六階の部屋。

 ドアの前に立ち、念のためにインターホンを鳴らして在宅かを確認。家主が帰っている可能性、同居人の有無。それらを確かめる。しかし誰かが室内で動く気配はない。なので計画を続行。と思ったが、ここでヤシロが問題に気付く。

「なあ、どうやって中に入るんだ?」

 鍵を持っていない。つまりドアは開けられない。

 早速だが躓いた。何故、この程度のことに頭が回らなかったのか。

 理由はテンパっていたからだろう。それ以外に思いつかない。

 しかしハギノはふっと微笑し、鍵を取り出した。どうやら事前にナガセのポケットから抜き取っていたらしい。

「……準備がいいな」

「まあね」

 ハギノは得意げに答え、鍵を差し込んでドアを開いた。

 そこからの行いはさながら空き巣。いや、間違いなく空き巣だ。家主がいない間に室内を荒らし回っているのだから。

 しかしその甲斐もあって代物を早々に見つけ出すことは出来た。

 それはクローゼットの中の衣装ケースに隠されていた。ビニール袋に入った大きな塊が四つ。計量器が側にあったので大きな塊だけを載せてみる。ひとつ、二五〇グラム。つまり全部を合わせると一キロだ。

 ハギノはメモ用紙を取り出し、そこに記された重量と金額から相場を計算。

「顧客リストの数字からして、一グラム五千円が相場だね。だから……」

「一キロで五〇〇万だ」

 その金額に思わず顔を見合わせ、次いでにやりと笑い、そして歓喜の声を上げた。

「やばい! マジでやばくない?」

「やばいに決まってるだろ。俺の一年分の稼ぎよりも多いんだぞ!」

「いや、お兄さんの年収は知らないけどさ……。けどやばいよね!」

 一通り喜び合った後、ヤシロのビジネスバッグに大麻の袋を詰め込んでいく。繰り返すが、この計画は時間との勝負である。犯行現場でのんびりする空き巣などいない。家主が帰ってくる前に逃げておくことは必須条件なのだ。ゆえにバッグに詰め込み終えたならば、さっさと脱出。玄関ドアを開け放ち、階段を飛び降りる勢いで駆け下りていく。

 そうして走って逃げている最中、ふと側のハギノを見た。やはり彼女は笑っていた。

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