俺、行きます!③

 正直なところ、私は迷っていた。

 村にとって村長からの言葉はいわば勅命。それを遂行したいという気持ちはもちろんあった。しかし、男たちの厳しい目が二つ返事できない理由でもある。


「そのお役目、とてもありがたいのですが……」

「不安かのお?」

「いえ、成人の方々を差し置いて、俺……いや、私が行くことに抵抗があります」

「そうか。しかし、わしはおぬししかできないと考えているが、皆はどうかね?」


 男たちはお互いに顔を見合わせた。


「いや、村長の言うとおりだ。これはお前しかできねえ」

「俺たちじゃ足元をすくわれちまうか、帝都でのたれ死ぬのがオチだ」


 思いがけない反応だった。元来、村の男たちは勇敢で実直な者たちばかりだ。皆も本当は何かしなければ、とは思っていたのだろう。少しの希望が皆の心に送り出すだけの勇気を与えたのかもしれない。であればもう迷うこともないと思った。


「俺、行きます!行かせて下さい!」

「うむ。よくぞ言った」

「必ず魔法使いを連れてきて、村を救ってみせます!」


 私が決意を表明するとほぼ同時に家の外から声がした。


「ウーノがいくならあたしも行く!」


 窓から無理矢理家に入って来たのは同い年の女の子、キンジー。

 長い栗色の髪を後ろで一つにまとめ、少し日に焼けた健康的な肌。男勝りな性格だが、顔は悪くない。村では黙っていれば美人なのにと皆残念そうに口をそろえて言う。キンジーには怒られてしまうかもしれないが、私も少しそう思う。もう少し女らしくしてくればな、と。


 同じ年に生まれ、家も近かったことから昔からよく一緒に遊び、兄妹のように育った。私が文字の勉強をしている時も、キンジーは隣でそれを見ていたせいか少しだけ読み書きができる。見ているだけで覚えたのだからキンジーは私なんかよりもずっと頭が良いのだろう。


「おめえ、そんなとこで盗み聞きしてたんか!」

「ここは村長の家だで!おなごの来ていいところでねえだよ!」

「んだ!今すぐ帰れ!」


 村に古くから伝わる掟として、村長の家、正確には村会には男しか参加できない決まりがある。そして、村長に意見をしていいのは嫁を貰った男のみ。嫁を貰うと一人前になったと見なされ、成人として扱われる。未婚の男や年齢の若い男は若衆と呼ばれ、村長に意見することは許されない。

 そんな空間に若い女が入って来たのだ。しかも窓から。男たちはカンカンだった。


「うるさい!あたしは村長に聞いてんの!」


 他の女とは違い、男たちにも動じず食って掛かるキンジーに皆はタジタジだった。


「村長、あたしだって読み書きできる!村長だって、ウーノだけじゃ少し頼りないって思うでしょ?」

(おいおい、なんだよ頼りないって……)


 とてもじゃないが止める暇はなかった。

 ずかずかと上がり込み、村長の前に仁王立ちするキンジーの後ろ姿をじっと見ているしかなかった。こうなったキンジーはテコでも動かない。村長は困った顔をしながら、頬を人差し指でかく。


「村長、ダメだ、認められねえ」

「そうだそうだ、キンジーは女だ、旅なんてもってのほかだ!」

「キンジーになんかあったら死んだ親父おやじさんに顔向けできねえ!」

「今はあたしのお父さんの話は関係ないでしょ!」


 キンジーは食い下がっていたが、男たちの意見は反対一色だった。反感を買うのは当然だ。村にとって女は外に出してはいけない財産なのだ。"箱入り娘"と言えば少し聞こえは良いが、女たちは村から一歩も出ることなく村でその一生を過ごす。それが掟であり、常識であった。私も村長は反対だと思っていた。

 しかし、キンジーは男たちの反応とは裏腹に何か確信を持ったように真剣な眼差しでじっと村長を見つめていた。


「まあ、よかろう」


 思いがけない村長の言葉に皆耳を疑った。


「おいおい、村長!何言ってんだ!」

「見損なったぜ村長!」

「女は村で守らないといけない財産だろ!?」


 村長は男たちの反発に真っ向から言い放った。


「今のわしらにはそれができない、だからこその魔法使いじゃろうが!」


 男たちは村長の正論にぐうの音もでないようだった。


「ドニー、リカルド、サンゲル、今日は本当にすまなかった。魔法使いが雇えれば必ずおぬしたちの妹や娘を取り戻せるじゃろう」


 ドニーたちの目からは涙があふれ出していた。


「いえ、村長、わかってますだ。仕方のない事だで……でも、ウーノなら連れてきてくれるはずだ。んだらばきっと、俺の妹は帰ってくると信じてる」


 ドニーは私の手を握り、ただ一言、『頼む』と涙した。

 リカルドとサンゲルもキンジーの肩に手を置き、静かに涙する。

 以前に連れて行かれた家族を持つ男たちも釣られるように涙した。


「しかし……村長……」


 それでもなお、反対する者は少なからからずいた。


「くどいぞ。……わしらは遅すぎたのじゃ。今のままでは行くも地獄残るも地獄じゃ。ならば行かせてやろう。おぬしらも言っておったように魔物をどうにかせねば、どのみちわしらは終わりじゃ。きっと今が変わらなければならん時なんじゃて」


 キンジーは振り返り、私の隣に立った。その眼はとても澄んでいて、決意に満ちた美しい蒼色をしていた。


「ウーノもそれで良いかの?」

「ええ、構いませんが……。意外でした」

「そうかの?……まあ、そうかもしれんの」


 村長が少し微笑んだ。キンジーを連れて行く事に多少の疑問はあったが、一人旅でないことに少しホッとしていた自分もいた。

 キンジーの親父さんが天に旅立った日、彼は私に言ったのだ。


『キンジーを頼む』と。そして今もドニー達から託された『頼む』という言葉は私を勇気づけた。


「出発は、1回日明日の朝。今日中に荷造りしとくんじゃぞ。キンジーもよいな?」

「はい、わかりました」

「は~い!」


 こうして、私とキンジーの魔法使い探しの旅が始まるのだった。

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