俺、行きます!②

 その日の夜、村長の家で緊急村会が開かれた。


「俺はもう我慢ならねー!」


 握った拳を床にたたきつけ、大きな声を出したのはドニーだった。


「落ち着けドニー、気持ちはわかるが、ここは冷静に……」

「うるせーペリメル!」


 ペリメルがドニーの肩に手を置くと、ドニーはそれをすぐに払って悪態をつく。

 恐らくドニー自身もわかっているはずだ。仲間内で争っても何も解決しないことは。しかし、感情が許さない。そういう風に見えた。


「家族が生贄になってねえおめえに俺の気持ちの何がわかる!?」

「なんだと!?明日は我が身だ!理解している!」

「理解とかそういう感情じゃねーんだよ!これは!」


 ドニーはペリメルの胸倉を掴み、拳を振り上げた瞬間、村長の怒鳴り声が家中に響いた。


「やめんか!!馬鹿者!」


 ドニーが握りしめた拳は行き場を失い、力なく解かれる。

 村長は咳払いをすると、お茶を飲み、乾いた唇を潤す。


「ドニー。恨むならわしを恨め。決めたのはわしじゃ。ペリメルはおぬしを想ってのことじゃ」

「……村長。すみません」

「わしに謝ってどうする」


 ドニーは少しバツが悪そうにペリメルに頭を下げた。ペリメルもまた、頭を下げた。しかし、空気は依然として重いままだ。言葉には出さないものの、仲間内で争い、軽蔑し合っている。悪いのは全て魔物だというのに、ここ数年間同じことの繰り返している。どう考えたって異常だ。何とかしなければと思っていても、皆なかなかそれを言葉で表現できない。


「でも、このままじゃ、女も子供も作物も家畜もみんな持って行かれちまう」


 ドニーと同じく家族を生贄にされたリカルドが空気を二分する。


「んだ、今年は特に不作だ……下手したら去年の半分くれーしかできてねー」

「去年あいつらは出来高の半分は持っていった。今年はその半分だ。あいつらは絶対満足しねーべ。そしたら、なんもかんも持って行かれちまう」

「どのみち、俺らはもう終わりだな……」


 誰と言うわけでもないが、家に集まっている男たちの口からは諦めの言葉が並ぶ。

 重苦しい空気は増々重くなり男たちにのしかかっていた。皆が黙り込む中、暖炉の火がパチパチと燃え上がる音だけが空しく響く。


「魔物を……退治するしかないかの」


 重苦しい空気の中で声を発したのは村長だった。村長の言葉に男たちは動揺し、ざわつきだした。


 どうやって、いや無理だ、力がない、できるはずがない、死にたくない。


 数えればキリがない"できない理由"が連なり、一匹のバニグア巨大蛇のように男たちに絡みつく。長きに渡る魔物からの支配が男たちを卑屈な性格に変えてしまったのだ。


「……魔法使いを雇う」


 村長の言葉に一瞬、希望を見出した表情が並んだが、すぐに元に戻る。


「ダメだ、魔法使いあいつらは人に興味がねえ連中だって聞くぞ」

「あんまりいい噂は聞かねえな」

「そもそも、魔物を生み出したのは魔法使いあいつらだろ?信用できねえ」

「なら、責任を取らせよう、俺らはこんなに苦しんでいるんだ」

「だから、魔法使いあいつらは俺たち農民のことなんて歯牙にもかけちゃいねえって。住んでる世界が違う」


 お互いの意見を、お互いで否定し合う不毛なやり取りが続く。まとまりのない意見が何度も頭上を飛び交う中、ついに私に白羽の矢が立った。


「ウーノはおるかの」

「はい、ここに」


 男たちをかき分けて、私が村長の前に出ると、皆の視線が私に集まった。

 集まった他の男たちから見れば私はまだまだ一人前とは見なされない若衆に分類される年齢で、普通なら村長と直接話せる身分ではなかった。


「お呼びでしょうか。村長」

「おぬし、字が読めるそうじゃな」

「はい、ある程度は」


 村の識字率はとても低い。農民の暮らしは基本的に文字を必要としていない。帝都への行商を担当する家が必要最低限の数字や文字を覚えるのが村の習わしになっている程度で、ほとんどの村民は字が書けないどころか読めもしない。


 帝都には学校や教会など、文字の読み書きを教えてくれる施設があり、識字率は比較的高い。しかし、帝都から離れれば離れるほどそういった配慮は後回しにされ、帝都と農村部との身分や格差を広げている原因でもある。


「おぬしには帝都へ赴き、魔法使いを雇う役目を任せたいのじゃ」

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