前章-旅立ちと出会い

俺、行きます!①

 その年もプラガ村に魔物がやってきた。

 帝都カザヴェンから北に位置するその小さな村は、収穫時期が近づくと、毎年のように魔物による略奪や襲撃を受け、作物や家畜だけにとどまらず、女、子供までもが連れ去られていた。しかし、帝都は何の対策を講じてはくれなかった。


 皆が毎日の農作業に従事しているいつもと変わらない穏やかな日。村の東側の高台に作られた見張り台から、突然、警鐘が鳴り響いた。


「魔物がきたぞーーーー!!!」


 見張り番の大きな叫び声が村中に響き渡る。

 女、子供は真っ先に家に逃げ込み施錠をして、若衆は逃げ遅れがいないか辺りを確認する。村長と村会の男達は村の中央に位置する広場に集まりだした。


「まだ収穫時期には早いってのに……」

「なんだって不作の今年に限って来るのが早えんだ」

「村長、どうしましょう」


 齢にして90は超えていそうな外見の村長は、戸惑う男たちを一喝し、静めた。


「馬鹿者ども!うろたえるな。無い袖は振れんじゃろう。今回はお帰り頂くしかなかろうて」


 広場までは村の入り口から一本道。次第に大きくなる足音の地鳴りに、大の男たちも地面に突っ伏してその音が止まるのを待つしかできなかった。

 しばらくすると、大勢の足音が広場の手前で止まった。


「よう。村長。まだ生きてたか」


 一番先に声を出したのは、先頭に立つ魔物。

 毎年プラガ村を襲う魔物たちのリーダー"ブッホス"

 外見は家畜の中でも大型種のプリーツに良く似ている。背丈は人間より大きく身体つきや肌の色も全く異なり、隆々りゅうりゅうとした筋肉が圧倒的な強者としての威圧感を村民に植えつけている。


「ブッホス様、どうか御慈悲を。まだ収穫には早過ぎますゆえ」

「そんなことはわかっている!村長、俺をバカにしてしているのか?あぁ?」


 ブッホスは少し苛立ちを見せながら、大声で叫んだ。


「いえ……滅相もございませんじゃ。ならば、本日はどのような……」

「女だ。女を3人ばかり見繕え。前の女たちはほとんど壊れちまったからな」


 がはがは、とブッホスの下品な笑いに合わせて、後ろに控える魔物たちも大笑い。悪びれる様子もなく、小さな目をギラリと村長に向ける。


「そ、それは……」


 村長は決断できずに口ごもる。それもそうであろう。ブッホスがプラガ村を襲うようになってから村の人口は随分減ってしまっていた。

 子供は村にとって宝であり、労働、子育て、村の細かい世話をしてくれる女たちは村にとって財産なのである。


「返事がねえな。なら、3人とは言わず気に入ったやつは根こそぎもらっていくがいいのか?あぁ?村長さんよ」


 ブッホスは大きな身体をたたみ、顔を村長に近づけた。少し湿った出っ張る鼻先が村長の顔の前でヒクヒクと動く。


「わかり……ましたじゃ……」

「話の分かるヤツは好きだぜ。それに村長、あんたが言ったんだぜ」


 ブッホスは上体を起こし、腰に手をあて、見下すように続ける。


ってな。俺らに女を渡すことが生贄だって?まったく、ひでー話だぜ」


 ゲラゲラと高笑いをする巨体を男たちは下から見上げる事しかできなかった。

 村には戦うだけの力がない。抵抗することなんてできなかった。言いなりになり、なんとかその場を凌ぐ事に最善を尽くすしかなかったのだ。


「ドニー」


 村長は地面に突っ伏しているドニーという男の名を呼んだ。


「サンゲル」


 続けてサンゲルという男の名。


「リカルド」


 そして、リカルドという男の名を呼んだ。

 名を呼ばれた男たちは、皆、声を殺して泣く。やり場のない感情が乾いた地面に染みを作っていった。


「村長!どうか……どうか、妹だけはご勘弁くだせー!」


 涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、ドニーは村長に嘆願した。


「……ならん。今すぐ連れてくるのじゃ……」


 村長もまた、罪悪感に押しつぶされそうな老躯に鞭を打ち、毅然と立ち続けている。しかし、微かに震える村長の背中を見たドニーはそれ以上何も言えなかった。


「じゃあ、確かに頂いていくぜ」


 抵抗する女たちを部下に抱えさせ、村を出ようとするブッホスたち。

 女たちは、やめてくれ、離してくれ、助けてくれ、と泣きながら暴れるが、屈強な身体つきの魔物たちはビクともしない。逆に生きの良さに高笑いさえしていた。

 何かを思い出したようにブッホスは立ち止まり、部下に先に行くように伝えると、振り返り、村長に近づく。


「ああ、そうだそうだ、あと三月三か月もすれば収穫だな。楽しみだ。じゃ、またその時に」


 ブッホスは大きな手を、村長の小さな肩にポンと乗せ、ニタニタと笑いながら告げると、先に出た部下の魔物たちを追うように村を出ていく。

 村の男たちは、必死に手を伸ばして助けを求める女たちを見えなくなるまでただただ見つめるしかできなかった。

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