WIZARDS

岡崎厘太郎

序章

魔法使いの本

 とある老人が椅子に座り、書斎の窓から城下町を眺めていた。

 膝の上には一冊の古めかしい本。時折、老人は大事そうにその本の表紙を撫でる。


「あれからもう50年も経つのですね、ジュノさん」


 老人は小さくつぶやくと、机の上に置いてあるパイプに火をつけた。

 二口ほど煙を楽しむと、目を閉じ、深く息を吸って、ため息のように吐き出す。


 何度も何度も繰り返し読んだその古めかしい本は、天も地も小口も表紙も、書斎にあるどの本よりもボロボロだが、どの本よりも幸せそうだ。

 世界で一冊しかないその本は、5人の魔法使いと2人の若者が人知れず世界を救った冒険譚である。


 窓から見下ろす景色は、あの頃からは随分様変わりした城下町。その繁栄に嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちが老人の胸にこみ上げる。


 あの日から丁度50年経った今日。

 老人は古めかしい本の表紙をめくり、思い出を静かに読み返す。

 物語の語り出しは、こうだ――。


『その年もプラガ村に魔物がやってきた。』


 城下町を照らす穏やかな光が、書斎の窓、手延べの板ガラスに反射して虹色が揺らいでいた。

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