第5話 銀座育ちの三代目
俺の祖父は大手建設会社に勤めていたそうだ。
俺が生まれる前に亡くなっているので、あまり詳しくは知らない。
父から聞く話によると、祖父は銀座の戦後の復興事業をまかされていたそうで、その為に銀座3丁目の松屋デパートの裏の、ビルの谷間にひっそりと建てられた木造住宅に住み始めた。
父はもともと岩手県花巻市で生まれ、戦争が終わった頃、小学校低学年の時に銀座に来た。
その頃の銀座は米軍兵士がかなりいたらしい。
その頃に、米兵からコーラをもらい飲んでみたそうだが、生まれて始めて炭酸ジュースを飲んで、ビックリしてブハーーっ!と吹き出してしまったそうだ。
そして父は銀座で大工となり、結婚して3人年子の男の子が生まれた。
その次男が俺だ。
父は、銀座の自宅のほとんどのスペースを他人に貸してしまい、5人家族の俺達はなんと4畳一間の風呂なしの超狭小住宅で暮らしていた。
その銀座の家に俺が小学校2年まで住んでいた。
ビルとビルの隙間を入って行くと、日がまったく当たらない自宅があった。
その隙間に父が大工で使う材木が何本も立て掛けてあった。
父が材木をカンナで削ると、薄くなった木のクズを拾って遊んだりもした。
日曜になると、すぐ近くに場外馬券売り場があったので、馬券のハズレ券が道いっぱいに散乱していて、それを沢山ひろい集めて兄弟でお金のオモチャとして使い、お店屋さんごっこをした。
銀座の風呂屋に通っていた。
当時は近所に2件あったが、現在は京橋の近くの銀座湯がまだ残っている。
風呂屋の帰りに時々屋台のラーメンを食べた。
子供の俺はあまりラーメンが好きではなかったから、頑張って食べていた。
幼稚園と小学校はコリドー通りとみゆき通り が交差するあたりにある区立の泰明小学校に通った。
銀座松屋の裏の自宅から泰明小学校に歩いて通うには、小さい子供には大変危険で、交通事故のリスクが高い事と、誘拐されるリスクも高い。
そこでどうしていたかというと、地下道を使って通っていた。
複雑に入り組んだ銀座の地下道は、完璧に今でも全て覚えている。
南北方向は東銀座駅から有楽町マリオンまで、東西方向は松屋から松坂屋(現在のギンザ6)まで広がる巨大な地下道だ。
当時の泰明小学校の生徒のほとんどは、銀座の地下道を使いこなしていた。
信号もないし雨降りでも傘の必要もない。
そんな銀座で育ち46年。
両親も健在で、兄弟も元気。
20歳になるまで暮らして来た住まいは銀座からスタートして勝どき、築地、佃と変わって来たが、その住まいは奇跡的にすべて残っている。
その時々のエピソードや街の様子など、エッセイで紹介してゆきたい。
銀座コリドー飲み屋の店長〜江戸っ子繁盛日記 ススマゴ ヒデオ @magohide
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