第10話 俺の形

この世界の全体と最小単位を同時に感じて、驚愕した俺だったが、俺はそのままずっと全体としての自分でいようとは思わなかった。その判断は今でも正しかったのかどうか分からないが、少なくとも俺にとっての、昔の人間だった俺にはとっての、生きるという感覚を、このまま全体として世界を感じることでは得られないと思えた。

だから俺は、この世界で自分の形を持とうと決めた。この世界には、人間の概念でいうところの生物というものはなかったが、自分の形を得るにあたって不都合は感じなかった。この時点で既に、俺は生物という概念を自分の中では変えていた。冒頭にも書いたが、無機質も含めて、この世界の全てはエネルギーであり、生物であると認識を改めていた。

とにかく俺は、その辺の土くれに自分の意識を入れることに、自分を委ねることにに集中し、俺は土塊になった。俺はこの世界に来て初めて自分の体というものを持った。自分の形を認識した。

 しかし、意外なことに、土くれになっても、全体とつながっているという感覚は失われなかった。それもそのはずで、俺は土くれに自分の意識を入れることに成功し、自分の形を持ったものの、自分と世界の境界はまだなかったからだ。

 これも後から書こうと思うが、この自分の境界、世界との境界という認識が、俺たちの認識を誤らせたり、間違った?行動をさせる原因となっていると俺は思っている。

 俺は土くれという形を得て、全体とつながっているという認識は失わなかったものの、視点の変化は感じた。それまで意識だけの存在であった際には、言うなれば、この世界を上空から見ている感じであったのが、土くれになってからは、下から世界の全体を感じているという気分だった。

 一つの星の土くれに過ぎない俺であったが、己の形を持つということは、意識だけの存在とは異なった。物質同士が激しく運動し、ある時は結合し、ある時は分裂し、土くれとしての俺の形は刻一刻と姿を変えた。意識だけの存在だった時と比べて、それを己の体験として感じることができた。人間の定義で言う生物ではなく、何の感覚器官も持たない自分がそのような感覚を得られていた理由は、今でも分からないが、人知の及ばぬものが世界には多くある。

 俺は土くれとしてどれだけの時間を過ごしただろう。前述したとおり、時間感覚は人間だった頃のそれと大きく異なっていたので、正確には分からないが、人間世界で言うところの何億年もの時間が経ったはずだ。

 土くれとしての、何億年という時間も、もう俺にには苦にならなかった。その時には、すでに俺は何となく世界のルールみたいなものを何となく理解し始めていた。無数の意識とつながり、つまりそれは無数の自分であるのだが、それらと意思疎通をし、孤独でもなかった。何億年という時間によって、土くれは姿を変え、始めに土くれになった時の土くれとは全く異なっていたが、俺には自分の境界もなければ、人間の概念で言うところの死などなかった。俺は永遠の存在であった。

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