第9話 感じる無機質な世界

 形なくして知覚が可能なのか。知覚とは生物だけが可能なものなのか。今こうして俺が思考しているということは、俺は生物なのか。形なく生きていると言っていいのだろうか。いや、その逆に、俺は形を持つのに、俺がその形を知覚できていないだけろうか。俺の、俺たちの思考は混乱した。

見える、見える、この世界の空間が見える。そう念じ続け、見えてきた。

自分の、無数の意識の形は見えないが、ぼんやりと薄暗い空間が広がっている。周囲は土くれが永遠と連なっている。

俺は初めてこの世界を視覚的に認識できたと思って喜ぶとともに、なんの生物も存在しないと思われる、その自分の知る世界と似ても似つかぬ暗い無機質な世界が見えた。

その空間はどこまでも広がりをもち、さらに広がり続けていた。そして、形を持たぬ俺は、不思議なことにその全てを認識することができた。

ミクロの視点からマクロの視点まで、全てが見える。その世界の物質は引きつけあっては離れを繰り返し、世界の形を刻一刻と変化させていた。

俺は、その段になって、自分が自分の知る宇宙のような世界を作ろうとしているのかもしれないと気がついた。今、目の前にある光とガスと土くれの世界は、原始宇宙なのかもしれない。

俺の時間感覚は完全に狂っていたことにも、そこで気がついた。銀河が生まれ、広がり、別れ、消滅する。恒星系が生まれ、広がり、なくなる。星が生まれ、死んで行く。そういう何億年とかかる大きな流れを、まるで昔の自分が認識する数分間のように感じているのだ。水の中に何かが溶けていくのを眺めているような、ごく僅かな時間で世界は大きく変わっていった。

不思議なのは、そういう大きな全体の動きを認識できるのと同時に、俺は、俺たちは、全ての微小な動きも同時に、別の時間感覚で、認識できた。人間が言うところの、分子、原子、陽子、中性子、電子、クォーク、さらにはその先の紐状のエネルギー、それらの動きが手に取るように感じられた。

驚くべきことに、物質を最小単位まで分解していくその先にあるものは、形のないエネルギーだった。思考だったと言い換えてもいい。この世界が俺たちの思考から発生したとすれば当然なのかもしれないが、それは俺には驚くべきことだった。形あるものも突き詰めれば、形のないエネルギーであり、波であり、思考であった。在るように思えるものが、実は存在しないものに思えた。これについては後でもう少し詳しい言いいたい。

そして、俺は見えていたわけではなかったことにも気がついた。俺は形を持たないのだから、生物が持つ視覚器官もなく、それは当然なのかもしれない。だが、感じられるのだ。この世界の全体を、そして同時にこの世界の最細部に至るまで、全て同時に感じられるのだ。

俺は、俺が生み出した意識の集合体は、この世界の全体だった。




 

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