第8話 世界のはじまり

 俺が信じられる範囲で実現していくという意味がよくわからなかったが、つまり少しずつ世界を戻していく、いや作っていくしかないということか。俺はそう考えることにした。

 信じられる範囲で、少しずつ念じる、願う。この世界は決して無ではない。意識だけの世界ではない。俺の周りには空間と呼ばれる場所が広がっている。空間は確かにここにある。俺は念じ続けた。そして俺のこの考え方を、ニにもサンにも、他の無数の意識体に共有し、ともに念じてくれるよう頼んだ。ここは確かにある。この世界は確かに在る。空間と呼ばれる中に存在するたしかな世界なんだ。俺たちは繰り返し思った。

 これは暗闇だ。単なる無ではない。光なるものがない状態なのだ。これは暗闇なのだ。そして、この暗闇に光あれ。この世界に光あれ。長い長い間、願い続けた。

 しかし、肝心なことに俺は気がついた。空間があろうと、光が生まれようと、俺はそれを認識する術を、知覚する術を持たないではないか。仮に空間が俺たちの思考によって生じたとしても、空間が、光ができたばかりのこの世界において、俺とは、俺たちとは一体いかなる存在であるのか。形すらないこの俺は、俺たちは。

 俺は自分の形をイメージすることにした。人間だった頃の形、自分の境界。長い間、俺は俺を思い、願い続けた。俺の形がなければ、俺の視覚が、いや何らかの知覚がなければ、空間があろうが、光が存在しようが、それは俺にとって意味を成さず、世界が無であるのと同じだった。しかし、自分の形を作り出すことはどれだけ強く念じても、長い時間をかけようと、うまくいかなかかった。

 理由は分からなかったが、俺が昔の自分をどこかで望んでいないからであるかもしれないし、サンが言うところの、信じられる範囲を超えているからかもしれなかった。少しづつ実現しなければならないのかもしれなかった。

 光しかないただの空間の中に、俺という人間が突如現れることは、よく考えれば不可能だとも思う。常識の通用しないこの世界ではあるが、案外、ルールはしっかりしているのかもしれない。俺という人間が存在するには、その存在を支える環境も合わせて必要なのかもしれない。体を構成する物質も必要だろうし、大気も水も、栄養も、そういう必須環境というものがあるだろう。ひとっ飛びに俺という形を実現しようとしてもうまくいかないのは、そういうことが原因なのかもしれなかった。

 だから俺は、俺たちは、自分を形成することはひとまず置いておいて、この世界を知覚することをイメージすることにした。自分という形なくして、この世界を知覚できるのどうか、それは分からなかったが、やってみるしかなかった。

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