第5話 非言語コミュニケーション
「さっきからの話し方を聞いていると、あなたは女の人?そういえば、勝手に思い込んでいたけど、最初に出てきた君は男? て、長い間話していたのに、君には名前も聞いてなかったね。」
「わたしは女じゃないよ。男でもない。あなたが考えているところの性別なんてないわ。だいたいあなたは、性別だとか名前だとか人間だとか、ここはどこだとか、自分の常識だとか、前提で、意思疎通をしようと過ぎだわ。ねえ、そう思わない?名前を聞かれなかったという、そちらのあなた。」
女のような話し方をする女でも男でもないという他者は、そんな言い方で、最初の他者に聞いた。
「うん。そう思う。だから、僕は分からないことだらけだった。あなたが考えている概念は、性別とか、人間とか、場所とか、時間とか、世界とか、存在するとかしないとか、僕には初めての考え方ばかりだ。」
俺は少し頭が混乱した。自分の考えたことすらない話だと思った。と同時に俺は嬉しかった。自分の考えたことすらないことを言う彼らは、やはり自分の頭が作り出したものではないと感じたからだ。
「俺には君たちの言ってる意味がよく分からないけど。俺の使う概念が初めてで、分からないという割には、俺の言葉を理解しているし、こうして会話もできているじゃないか。」
「言葉なんて知らないし、理解してないわ。あなたの言葉なんて聞こえてない。あなたの思考が直接伝わってるだけよ。あなたの使う概念の中にある、音声だとか、聞こえるだとか、言葉だとか、そんな概念は私たち初めて知るのよ。」
最初の奴と比べて、よく喋る、いや、よく説明してくれる女、いや、存在だった。俺はありがたさと同時に多少のイラつきを感じた。イライラなど、久しぶりの感覚だった。
そして、少し理解したような気がした。俺はついかつて使っていた日本語という言語によって、この2他者と意思疎通をしているような認識になっていたが、それは単なる俺の思い込みであった。まず、聞こえるという聴覚が存在しないのだから、音声言語としてのコミュニケーションは俺たちの間に存在しない。では、共通言語が俺たちの中に存在するかというと、それもどうやら相手の言葉から察するに、存在しないようだった。概念を記号化する言語を介さずに、一体俺の思考をどうやって理解しているのか。俺の使う言葉、概念を初めて知ると言いつつも、性別だとか、世界だとか、時間、空間、言語などという概念を、奴らは正確に俺の意図することを理解している。とすると、俺の思考を直接読み取っているとしか思えなかった。
いや、待てよ。とすると俺は奴らの思考をどうやって理解しているのだ。聴覚の無い俺が何かが聞こえる、頭の中に入ってくるように感じ、またそれを理解する。俺にはやはり言葉が聞こえていたように思える。そもそも、言葉なくして俺は、人間は考えることができるのか。そんなことを以前、学校と呼ばれるところだったか、本で読んだのか、聞いたような気がする。俺の頭は混乱した。それは考えても分からぬことだった。
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