第4話 もう一人の他者

俺は、仮に自分の妄想だとしても、ここに他者がたしかにいる、そう信じることにした。はじめの話し相手が現れた時を思い出し、とにかくそこに誰かがいると強く念じて、呼びかけた。いや、呼びかけたと言っても、声が出ないのだから、思考しただけなのだろう。

思えば、最初の話し相手とも声を使わずにどうやって意思疎通しているのか、分からなかった。

「俺たち、どうやって会話してるんだ?そっちは俺の言葉が聞こえるのか?」

「分からない。聞こえるということは知らないが、あなたの話は分かる。」

そいつは何を話しかけても、ほとんど「分からない」ばかりだった。余計なことも言わない。まるで、余計なことを言うと、自分の存在が俺の妄想で作りだされたものだと分かって、存在そのものが消えてしまうのを怖れているように。怖れているのは、そいつなのか、それとも俺なのか。

とにかく、俺は、そいつの他にもそこにいると信じることにした。俺の頭が作り出したなどとは努めて考えぬようにし、たしかにいるのだと自分を信じ込ませた。

「俺たち以外にも、誰かここにいるよな?一緒に呼びかけてくれ」

「分からないが、呼びかけよう」

俺たちは長い間、呼びかけ続けた。例のごとく、どれだけの時間呼びかけたのかは分からない。長い長い時間だった。そこに意思疎通可能な何かがいるはずだと信じては、疑い、疑ってはそれを否定して、自分に信じ込ませた。

「どうしたの?そんなに強く念じて。」

長い時間の後、それは突然応答した。

「やっぱり、そこに誰かいたんだね。」

「ここにいたのか知らないけど、あなたたちが強く呼ぶから。」

「出てきてくれて、ありがとう。君はだれ?どこから来たの?ここはどこ?俺たちはどうなってるの?俺たちは何?」

「そんなに一遍に聞かないでよ。私だって分からない。あなたたち、だれ?どこから来たの?ここはどこ?」

「分からない。君も分からないのか。僕はどこから来たのかも分からない。」

はじめの奴が応えた。俺もそれに加えた。

「うん、俺たちもここはどこだか、どんな状態か分からないんだ。ただ、俺は人間と呼ばれるもので、生きていたんだ。多分こことは別の世界で。」

「私は今はじめてできたと思うの。どこから来て、自分が何かなんて、知らないわ。あんまり強い声が聞こえたから、はじめてここに今あるような気がするわ」

暗闇の中、いや光がないのだから、正確には暗闇すら存在しないので、無の中で、その声が、いや意識が聞こえた。

今はじめて、できた?ということは、最初の相手も含めて、やはり俺の妄想の産物に過ぎないのか。いや、しかし、実感として、そこに俺とは別の自我を持つ別の存在、つまり他者が存在しているという感覚があった。何度も言うが、永遠とも思える孤独を感じてきた今となっては、それが妄想だろうが、真実であろうが、それはさして重要な問題ではなかった。重要なのは、自分の実感であり、かつそれを否定した時に再び訪れるかもしれない永遠の孤独に対する恐怖であった。だから、俺は、その他者が、現実であると、真実であると信じることに決めた。



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