第3話 声が聞こえる

すでに気が狂っていたのか、それとも、自分の意識の防衛機能なのか、おそろしく長い時間が経った後、自分の意識の中で、何かの声が聞こえ始めた。

数ヶ月、何年、何十年、何百年ぶりに聞こえた音は、俺を歓喜させた。一人でもいいと思っていた、一人でも俺は大丈夫だと、以前思っていた自分は完全に間違えていた。

「誰?ここはどこだ?人間か?これは何だ?頼む返事してくれ」

俺は声にならないのも忘れて呼びかけた。いや、思考した。

「誰かと言われても分からない。人間かも分からない。ここはここだとしか言いようがない。」

何の答えにもなっていない声が聞こえてきたが、俺は他者があるだけで満足だった。

「僕はあなたが呼ぶからでてきただけだ。僕はなんだ?ここがどこだかも知らない。」

俺はすでにわけがわからなくなっていたから、頭の中で勝手に他者を作り出して、その声を聞いているだけなのかもしれなかった。だが、そんなことはこの際どうでも良かった。そこに他者がいるように思えることが重要であり、それが本当かどうかはもうどちらでも良かった。

「俺は死んだのか?どうやったらここから戻れる?」

「分からない。」

俺はその何かとひたすら会話を続けた。そいつは何の解答も持ち合わせていなかったが、そいつが在るというだけで、劇的な変化であった。

そいつと意味を成さない会話をどれくらい続けたのか。時間感覚がないから分からないが、しかし思ったことがあった。

仮に、俺が妄想で、たしかにいると思えるこの相手を頭の中で作りだしたのならば、この暗闇の中、何もないところに、他の相手も作り出すことができるのではないか。

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