第2話 (ESC){3}

「ここは……どこなんだ?」


思わず先ほどと同じことをつぶやいてしまったが,やはり誰も気にかけた様子は無い.


さきほど聞かされた『転生後の生活に必要な知識や能力』という説明を思い出す.

(明らかに必要な知識が足りてないんだけど……)


どうにかして先程の白い部屋に戻ってあの女に苦情を言いたいが,その手段は今のところ無さそうだ.途方に暮れていても仕方が無いが,正直どうしたら良いのか分からない.


パニックになりそうな頭の中を,どうにか押さえ込んで状況を確認する.


まず,気がついたときにはどこかの駅前(らしき場所)に立っていた.立っていたというか,たくさんのゾンビのように歩き続ける人に囲まれ流されていた.そして今も現在進行形で満足に身動きを取れないまま流され続けている.


(とにかく,ここから離れないと)


あまり目立たないように,なるべくさりげなく流れから外れ,人通りの無さそうな路地に入る.後ろを確認したが誰も俺の方は見ていないようだったので安心した.


(不気味だが,とりあえず刺激を与えなければ襲ってきたりしないようだな)


ポケットの中に何か入っているのを感じたので確認すると,四角い携帯端末のようなものと鍵のようなものも出てきた.それ以外にはハンカチやら糸くずやら良くわからない紙切れが出てきただけで有用そうなものは無かった.


鍵は見た目からは何の鍵なのかわからない.一緒に出てきた紙切れは印刷物のようだったが鍵に関する情報が書かれているというわけではなかった.


得体の知れない端末は縁にある小さなボタンを押したらディスプレイに何か表示された.が,操作しても反応が無くてさっぱり使い方がわからない.


ここでできることは無さそうだと感じはじめると,今度は後ろに見える先程までいた広い通りから,人がこちらに流れてきそうな不安を感じて,路地の奥へ歩き始める.


人通りの少ない道を少し歩くと,公園のような場所に出た.

植物が植えられ,カラフルな子供向けと思われる遊具が点在しているが,子供の姿はまったくない.

周囲は相変わらず不気味な建物に囲まれ,この空間だけが浮いて見える.


無人かと思いきや,ベンチに座って何が面白いのか目の前の地面を熱心に眺めている男がいた.


少し迷ったが,危険はなさそうなので話しかけることにした.先程まで見てきた人とは雰囲気が違うように見えたのと,それに丸腰の相手が一人なら万が一襲われても勝てそうな気がしたからだ.


「すみません.変なこと聞きますけど,ここはどこです?日本ですよね」


「……何言ってるんだい?ここは日本の首都じゃないか」

日本語ちゃんと通じるかな?と心配だったけど通じだようだ.


日本の首都?この不気味な場所が?

「こんな不気味な場所が首都……」


「不気味?まぁ,首都と言っても政権交代と共に遷都してからの時代は浅いし何様だよって話だけど……はははっ」男は冗談めかして笑う.


政権交代と遷都.思いもよらぬ情報だった.


(そもそも今はいつだ?)

新たな疑問が湧いてくる.男は笑ってはいたが,目にはこちらに対する不信感が現れている.いきなりこんなことを聞かれたら不審に思うのも分かるが話が続けにくい.


「見回りの警備員だ.話の途中だけど失礼するよ」


男はそう言い残すと,予想外の軽い身のこなしで走り出すと,足音を立てずに素早く公園から出ていった.猫背で座っていたから小さく見えていたが,立ち上がった後ろ姿はかなり屈強そうな体格だった.もし襲われてたら駄目だったかも…….


そうだ,警備員.


男が出ていったのとは逆方向にある公園の入口を見ると,紺色の制服を着た,これまた屈強そうな体つきの男が入ってくる.


(ここから逃げないと)


反射的にそう思ったときには,もう警備員がこちらに向かってきていた.


「おい!待てっ」


駆け出すとやはり追ってきた.薄々気づいてはいたが,いまの自分は目立つ格好をしている.


さきほど話しかけた男を含め,男女問わずモノトーンの服を着ていた.対して,さっき確認した自分の服は,白を基調とした生地に赤いラインが入っていたり,何かのシンボルのようなものが縫い付けられていたりと,とても目立つ.


公園の外に出ても警備員は,待て!とか,止まれ!と叫びながら追いかけてくる.


必死で走ったおかげで少し距離を稼げた.

銃器は持ってないようなので,遠くから撃たれることは無さそうだが,振り返ってみると,走りながら何処かに連絡している素振りを見せる.仲間を呼んでいるのかもしれない.


それから,どれだけ走ったか分からないが,気づいたときには周りの風景がだいぶ変わっていた.先程の警備員も,いつのまにか追ってきていない.


息を整えながら,周りを見渡すと,道行く人の服装も例のモノトーンの服以外を着た人もいる.不思議な建物は並んでいるが,街並みと呼べる程には不気味さが薄れている.


(お腹が減ったな……でもお金ないしなあ)


少し落ち着いたせいか,目の前にあるのが飲食店だと気づくと,空腹に襲われる.改めて,これからどうしようかと考えていると,視界の端に見たくないものが写った気がした.


恐る恐る,そちらをみると,警備員がこちらを見ていた.


いや,先程の警備員ではない.拳銃のようなものを装備しているのが見えた.その男は,明らかにこちらに向かって歩いてきている.


なんでもないふりをして,逆方向に歩きだすと,向こうは早足になった.どうしよう.さっきまでの全力疾走のせいで,いまは走る体力がない.すぐに追いつかれてしまうだろう.


「きみ,こんなところで何やってるの?」

数mの距離まで追いつかれると,声をかけられてしまった.

仕方なく立ち止まって振り返る.


「ちょっと,来てもらえるかな」


先程の警備員より温厚そうな口調だったが,目は笑っていない.手帳のようなものを取り出しながらさらに距離を詰めてくる.警察?


逃げられそうにない以上,おとなしく捕まるしか無さそうだ.抵抗したりしたら最悪の場合,腰に装備している拳銃で射殺されると思った.


そもそも,ひどい扱いを受けると決まったわけではない.もしかしたら,単に困っていそうな俺を保護しようとしているだけかもしれない.この世界とは違うところから転生してきたとか信じてもらえるだろうか.可能性は低いが.


恐怖心に耐えなががらなんて説明しようか考えていると,すぐ後ろにも何者かがいるのに気づいた.


「こっち」

声が聞こえた方向から,なんとなく何か良い匂いの空気が流れてきたと感じると同時に肩を掴まれる.

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