転生先は日本です。

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第1話 安心・安全の異世界転生サービス¥(※ご利用は計画的に¥)

人間の波に押し流されるようにして建物から出ると奇っ怪な光景が広がっていた.


「ここは……どこだ?」

思ったことが声に出てしまったが,周囲の誰も気にかけた様子は無い.


第一印象は色彩が極端に少ない社会.行き交う皆がモノトーンな同じ服を着用し,生気の宿らぬ虚ろな目で歩いている.どこかに目的地があるのか,同じ方向に流れていく.


多少のばらつきはあるが,20~30台の男女がほとんどだ.子供の姿は見えない.訓練された軍隊には見えないが,それでも明らかに存在する動作の規則性という中途半端さが余計に不気味さを際立たせている.


少し目線を上げると,周囲は形容し難い不気味な建物に囲まれていた.材質は判然としないが妙につるっとした表面の建築物が空高く伸び,そして不自然に青色をした空を削り取っている.


背後から聞こえる合成音声のアナウンスに耳を傾けると,自分が出てきた建物はどうやら駅らしい.駅名はよく聞き取れなかったが聞き覚えの無い地名のようだった.


それでも日本語のアナウンスが流れていること,周りに日本語で書かれた看板があることを鑑みるに,ここは日本のようだ.


さらによく観察すると案内の標識や看板の多くに,日本語と一緒に見たことが無い言語の文字が併記されているのが気になった.


(本当にここは日本なのか?)


いや,そもそも……と先程から頭の中に引っかかっていた重要な何かを手繰り寄せようとする.


(……そもそも,俺はなんでこんな場所にいるんだ?)


頭が上手く働いていないような気がするが,それについて考えることは避けては通れないように思えた.


――――ほんの15分ほど前の出来事だ.


そのとき俺は真っ白い部屋に立っていた.


『それでは,同意を確認いたしましたので,処理を開始致します』


目の前に存在する厚みの無いディスプレイの画面以外に,一切の色彩がない.


テクスチャの無い壁のせいで遠近感が狂いそうだが,部屋は一辺3mくらいの立方体.それほど広くはない部屋だが自分以外誰もいなければ出入り口も見当たらない.


画面には何の感情も伺えない表情の女性が微動だにせず映っている.よくできたCG……ではなさそうだな.実写の映像だった.


その女性の口から,なにやら良くわからない台詞が聞こえたのは気のせいだろうか.


「えっ?今なんて……」


『転生条件,転生処理に付随するリスク,転生後サポートに関する取り決めにご同意頂けたため,ただいま転生処理を開始しています』


さらにわけの分からないことが先程とおなじ事務的な口調で説明される.短い説明の中に日常の中で使われることは皆無に近いであろう単語が何度も現れたのは気のせいだろか.


転生?あれか,小説とかでよくあるやつか.唐突に知らない異世界に飛ばされたりするやつだろうか.


(そんな馬鹿な)


あまりにも現実味がないせいか,目の前の女性が言っていることがどうにも頭に入ってこない.


「転生なんて初耳だし,何かに同意した覚えも無いんですが…….気づいたらこの部屋にいて,何の説明も無しにそんなこと言われてもわけがわからない」


この女性が言っていることが本当かどうかも分からないが,いきなりどこかの世界に飛ばされても困る.とても困る.


『同意した覚えがないのは,記憶の消去処理が完了したことによるもので問題ありません.現在,転移先の世界の肉体を構成中ですのでご安心ください』


何を言っているんだこの女は.全く安心できないし,看過したら大変なことになりそうな予感しかしない.


「記憶を消去!?……聞いてないぞ.いったい俺が何に同意したっていうんです?」


『ご同意いただいた契約書や転生設定については,契約上開示出来ません.また消去した記憶を復元することもできません.それらについても同意いただいたはずですが』


ディスプレイ越しの女性が微かに苛ついた顔になった気がした.初めて見せた人間味のある反応のおかげで,逆にこちらは少しだけ落ち着くことが出来た.


まず,重要なのは記憶だ.


確かにこの部屋に来るまでのことが全く思い出せない.なんで俺はこんなところにいるんだ?考える時間がほしい.


「つまり俺が同意したから記憶を消して,これからまだ何かするんだな? とにかく,ちょっと待ってくれませんか」


『転生をキャンセルなさいますか?その場合は,通常の死亡扱いとなり,再契約に応じ兼ねますがよろしいですか?』


物騒な話になる.


というか,俺,死ぬの?死んだの?


『まもなく処理が完了します.転生後の生活に必要な知識や能力については契約内容に従いすでに転送済みですのでご安心くださ――あれ?もしかして……あ』


途中で言葉を切って,何か画面外にあるキーボードを叩くような動作をしている.


『――いえ,何も問題ありません』

ゴホンと咳払いが聞こえた後に何食わぬ顔で問題ないという口には全く信頼感はない.


「なあ.何が起きたんだ?」


『許容範囲内の誤差です.問題ありません』


「許容範囲?それはあんたにとってだろ,俺にも知る権利があるんじゃ」


『あーーもう!だいたいこの転生設定なんなんですか!普通こんなの受理されないでしょう.そりゃわたしは単なるオペレーターですから指定されたとおりやるだけですけれど!お給料のためならいくら面倒な案件でも!!』


壊れた.顔が画面外に見切れてしまっていて表情はうかがえないが,聞こえる声は最初の印象より若そうだと感じた.もしかしたら自分と同年代かもしれない.


「だいたい,転生っていったいどこに送られるのかすら聞かされてないんだが」


『それは心配しなくて大丈夫.転生先はニホンだから』

もう言葉遣いを気にかけるつもりも無いようだ.別にどうでもいいんだが.


「え?俺,日本に転生するの?」


剣と魔法が飛び交う異世界とかじゃなくて?知っている地名が聞こえて安心したような,拍子抜けしたような.


『間もなく処理が完了します.これより先,一切のサポート要求には応じかねますのでご了承ください』


一方的に早口に読み上げられる.


「えっ,ちょっ……」


『では,良い新しい人生を』


―――― そして俺はニホンに転生した……らしい.

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